第1179話、大帝国の未来


 戦艦『バルムンク』艦内のゲストルーム。

 マクティーラ・シェードは、セラス、ルンガー艦長と、先のジン・アミウールとの会談について話し合う。


「どう思った、ルンガー君?」

「……どうもこうも、全てに圧倒されましたね」


 ルンガー艦長は苦笑する。


「どこまで信じていいのか……。突拍子がなさすぎて、全部うそのように思えて、しかし周囲の口ぶりや態度を見ていると、嘘ではないと感じさせる」


 信じられないのですが、と困惑するルンガー。

 例えば、あの場でオブザーバーとして参加していたグレーニャ・エル。彼女が大帝国から寝返ったのは、フアル城脱出からのわずかな間。ジン・アミウールと詳細な打ち合わせを行う時間もなかったはずなのに、旧知の仲らしくポンポン話が進んだ。


 彼女が魔法文明時代の生き残りだけあって、ジン・アミウールが誰も知らないだろう魔法文明の話をしても出任せと言い切れなくなってしまうのだ。生き証人が否定しないから。


「ジン・アミウールは大帝国にとって宿敵ですよ。なのに、我々の知らないところで、陛下はあの魔術師と懇意こんいにしていて食事や相談をする仲だったと……。信じられますか?」

「普通は信じられない」


 シェードも認めた。


「しかし、先日の陛下に呼ばれた時の話の意味が、彼によって理解できてしまったからな。嘘とも思えない」

「そうです。将軍はジン・アミウールの話を信じざるを得なくなってしまっている」

「これが嘘だったなら、恐るべきペテン師だよ彼は」


 苦笑いするシェード。ルンガーは肩をすくめた。


「普通に聞いたら、嘘臭い話なのですがね……」


 魔法文明、師弟、いや上官と部下。不老不死――などなど。


「セラスが、彼の娘であることも驚きだった」


 セラスに視線を向ければ、彼女もうつむいた。


「覚えていません。ですが――」


 セラスはお守りとして持っている指輪を見た。


「これと同じものを彼の息子という少年が持っていました……」

「魔法文明時代の魔法人形」


 シェードは天を仰いだ。


「魔法軍の研究所で言われた。セラスには魔法軍の知らない人工的な処置が施されていた、と。……ジン・アミウールの言葉を信じるならば、その謎が解けたな」

「では、彼女が魔法文明時代の生き残りであるというのも事実と」

「他に証明できる情報もないからな」

「全部、真実ということですか」


 ルンガーは腕を組んだ。


「彼が我々に真実を明かさなくてはならない、ということはありません。シーパングと大帝国は戦争状態。我々も本来なら敵同士です」

「本来なら……か」

「微妙な立場ではありますね。内輪もめで拘束されていたところを彼によって解放されたわけですから。わけがわかりません」

「セラスを……自分の娘を助けるためだろう?」

「まさか、その言葉を本気にしているのですか?」


 ルンガーは眉をひそめた。


「娘のために、一部隊を動かしたと? 正気とは思えませんが」

「そうだろうか?」


 シェードは皮肉げな表情を浮かべた。


「我らを疎んじる上級貴族なら、個人的な理由で軍を動かすことは珍しくないだろう?」


 世界を見れば、まったくないわけではない。

 ルンガーは声を落とした。


「……これから、どうしますか?」

「ジン・アミウールは私に隠居を勧めた」


 シェードはセラスを見た。


「私の心からの願望を見抜いていたのなら、彼は恐るべき魔術師だよ」

「……本気で田舎暮らしを?」

「戦争が終わったら……そのつもりだったんだがね」


 しみじみとシェードは言った。


「だが今の大帝国を見るに、忠義を尽くすに値するかわからなくなってしまった」

「確かに。内輪もめの最中ですからな」


 ルンガーは顔をしかめた。


「それもこれも陛下が後継を用意しておかなかったのが原因ではありますが」

「あの人は不老不死なのだ。事実であるなら、後継はいらないというのもわからんでもない」

「……そしてあなたは、皇帝陛下の隠し子である」

「証拠はない」


 シェードはきっぱりと告げた。


「もちろん、ジン・アミウールとの話でそうかもしれないと思うが……誰がこの話を信じる? 私がディグラートル皇帝の息子だと名乗り出て、この混沌とした大帝国が鎮まると思うか?」

「……無理ですね」


 ルンガーは渋い顔になった。


「軍部の主流派と貴族派はあなたをうとんじていた。間違いなく権力争いの敵として混乱が拡大するでしょう」


 ただ――


「皮肉なことに我らを拘束した議会派は、もしかしたらあなたを後押ししたかもしれません。今の大帝国に新しい風を吹かせるという意味では、あなたは民から信頼されていたし、皇帝の息子であるなら、議会派に足りないシンボルにもなりましょう」

「体よく利用されるだけ、とも思えるがね」


 乗り気ではないのは、シェードの口ぶりからもわかる。ルンガーはため息をついた。


「もし、将軍が大帝国をどうこうするとしたら、選択肢は二つです」

「拝聴しよう」

「ジン・アミウールは陛下が生きていると言った。その所在を探し出して合流する」

「二つ目は?」

「あなたが皇帝の息子であると名乗り出て、大帝国を統一するのです」


 ルンガーはさらりと言ってのけた。


「皇帝陛下の息子であるなら、今の混沌を鎮めるために動く大義ができます。皇帝の後継者に従わないなら、それは反逆なのですから」

「……大帝国を統一して、その後は?」


 ディグラートル皇帝の意思を引き継いで、大陸統一でもすればいいのか?


「それはあなた次第ですよ、将軍」


 淡々とルンガーは言った。


「先代の跡を次いでもいいですし、拡張路線をやめてただの一国家にしてもいい。いっそ、スティグメ帝国という吸血鬼どもがいるうちに、連合国やシーパングなどと和平を結んで、これまでの戦いをうやむやにしてしまってもいいかもしれません。陛下は生きているという話ですが、あなたがするならきっと容認されるのでないでしょうか?」


 何せ帝位をゆずってもいい、とディグラートル皇帝は言っていたのだから。


「よく喋るな、ルンガー君」

「私は一艦長ですから。間違ってもトップに立つことはありません。言いたい放題言えます」


 皮肉げにルンガーは笑う。シェードも苦笑した。


「気楽なものだ。実にうらやましい」

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