第1180話、共通するモノ


「何だかんだで同年代みたいになっちまったなぁ、リムネよぅ」

「わたくしも、またこうしてあなたに会えるとは思っていなかったわ、エル」


 グレーリャ・エルは、リムネとハイタッチを交わした。

 戦艦『バルムンク』艦内、その格納区画。こっちの世界にきて、魔神機パイロット同士の再会である。


「あんたは前と変わんないねぇ。あたしのほうが年下だったのにさぁ」

「これからは、同じ主様に仕える同僚として仲良くしましょう」

「よろしく。まあ、話せる相手がいるってのはいいもんだよなぁ」


 グレーリャ・エルは格納庫をキョロキョロと見回した。


「ざっと見たところ、あんたの魔神機がないみたいじゃないか。エルフの里で大帝国からヒュドールを奪ったんじゃなかったのかい?」

「聞いてないの?」

「なにを?」

「わたくし、もう魔神機には乗れないのよ」


 リムネは微笑した。リムネは一瞬目を見開き、しかし察した顔になった。


「限界がきたのかい?」

「そう。わたくしは無理に無理を重ねて改造された口だから……」


 研究所出身の魔法人形である――グレーリャ・エルは、リムネ・ベティオンがそれであることを知っている。

 女神巫女になるだけの能力を得るために、自らの寿命を犠牲にした――双子の姉グレーリャ・ハルからそう聞かされたのだ。


 ――姉貴は、研究所出身を嫌っていたもんなぁ。


 自ら願って改造されたのなら自業自得と言える。しかし研究所出身の者は周囲の大人たちから強制されているのを知っていた。それに対し、ハルは嫌悪感を抱いていた。


「あとどれくらい生きられるんだ?」

「それについては、かなり長生きできそうよ」


 リムネがニッコリと笑った。

 おや、とグレーリャ・エルは思った。もとから笑みを浮かべている印象が強いリムネであるが、昔はどこか作り物めいて怖いと思うことがあった。

 だが今のリムネの笑みに、その力みというか、別の感情を感じない。自然な笑みに、エルはしばし目を奪われる。


「魔神機を扱える力を失った代わりに、生きる時間をもらったの。ジン様のおかげで」

「……そっか」


 グレーリャ・エルは視線をリムネから整備されている兵器へと向けた。


「でも、いいのかよ? 女神巫女であることがあんたにとっても生きる目的だったんじゃないのか?」

「かつてのわたくしは、それしか自分の存在価値がないと思っていた。でもそれは、周りの大人たちが勝手に決めたこと。決めつけたこと、押しつけたことなのよ」


 リムネは遠くへと視線を伸ばした。


「ジン様のおかげで、わたくしは型にはめられていたことに気づけた。自分の形は誰かに押しつけられるものじゃなくて、自分で決めていいんだって」


 そう言って、しかしリムネは苦笑した。


「それでも相変わらず、軍でパイロットをやっているのだけれど」

「いいんじゃね? しょせんできることしか人間はできねえんだから」


 グレーリャ・エルは淡々と呟いた。


「あたしには、あんのかな。そういうやつ」



  ・  ・  ・



 個人的に話がしたい――そうシェード将軍から申し出があった。

 要するに一対一で、ということなのだろう。俺は了承し、晩餐ばんさんに招待することにした。

 ウィリディス産食材を使った料理を振る舞えば、シェードは思いのほか食が進んだようだった。


「大変、美味しい食事でした。食材からして上質のものに思えます。それにこの味付けも独特だ」

「お口にあってよかった。……ちなみに、これらの食材は、魔法文明時代と同じく魔力から生成されたものです」

「ほう、魔力から食材が」


 シェードは感心したようだった。


「いつもこのような食事を?」

「ええ。食事は士気にも関わりますからね」


 そんな感じで雑談を交えての会談。ワインをたしなみ、世界の情勢などを世間話感覚で話し合った。

 シェードは問うた。


「この戦争は、これからどうなっていくと思いますか?」

「クルフ・ディグラートルが介入しないのならば、スティグメ帝国は滅び、大帝国は対大帝国同盟軍に敗北。その領土は戦勝国の手によって分割統治されるでしょうね」


 俺は率直に言った。


「すべては、あの不老不死の皇帝がどう出てくるか。それに関わってきます」

「もし、ディグラートル皇帝が再び現れたら?」

「その時は、この大陸に大きな犠牲を覚悟しなくてはならないでしょうね。何せあの男は、世界の終焉しゅうえんを望んでいる」


 忘れていない。俺に向かってクルフ・ディグラートルは、そう宣言したのだ。この世が退屈だから、世界をリセットする、と。


「本当に皇帝はそのようなことを……?」

「ええ。大陸統一など人を動かす方便に過ぎない。彼には高邁な理想はなく、ただ自らの退屈を紛らわせたいだけなのです」


 力を手に入れ、それを振るうことに愉悦ゆえつを感じている。自分がよければそれでいい。彼の思想はつまりはそれなのだ。


「そのために、世界を滅ぼすと?」

「人は、やってはいけないことに魅力を感じ、その禁を破ることに一種の快感を見いだすものです」

「……では、我々はディグラートル皇帝の欲求を満たすために戦い、そして死んでいくのですか?」


 シェードは沈痛な表情を浮かべている。それはそうだ。命をかけて戦い、多くの命が失われているのを目の当たりにしてきた。

 友人の死に心を痛め、戦死者を思い、手をかけた者の恨みの声に心を削られる。その苦しみが、たったひとりの退屈を紛らわせるためだなどと認めたくない。


「彼の掲げた野望、いや理想を信じて戦うことはできます。……もっとも真実は残酷ですが、目を背けて戦い続けることもできるでしょう」


 だが一度知ってしまったら、どれだけ目を逸らそうとも手遅れかもしれない。


「私はディグラートルの隠し子かもしれない、という」


 シェードは天を仰いだ。


「高邁な理想がないのは私も同じです。国のためと信じて戦い、最近では守りたいと思った娘のために戦ってきた。それさえ守れるなら、他は大した問題ではない……そう思っていました。なるほど、私は彼の息子かもしれませんね」


 自嘲するシェード。


「私には守りたい人がいる。だがディグラートルが世界を滅ぼそうというのなら、私は彼女との平穏を手に入れることはできないでしょう。そのために、私はあなたに人生を賭けようと思う。ジン・アミウール殿」

「……わかりました。あなたが私に力を貸してくれるなら、私もあなたに力を貸しましょう。マクティーラ・シェード」


 どちらともなく差し出した手。交わされた握手。

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