第1173話、脱走


「新しい大帝国……」


 シェードは、ルンガー中佐の言葉に眉を潜めた。


「ずいぶんと買いかぶられたものだ。何故、私が皇帝などと……」

「もしもの話ですよ。真に受けないでください」


 ルンガーは唇の端を吊り上げた。


「ただ、今の大帝国に未来はないのは間違いない。それならば一番可能性のある方を選んで、その人と心中するほうがよい……と私は考えております」

「心中とは穏やかではないな」

「それだけの覚悟をしている、と解釈かいしゃくしていただければ」


 悪びれる様子もなく、ルンガーは言った。


「あなたは、どのような未来を思い描いているのですか?」


 未来――そう言われて、シェードの思考は飛ぶ。大帝国とか、大陸の制覇とか、戦争など微塵みじんもなくて、ただそこに小さな家があるというもの。


「……それは、君にとっては退屈なものになると思うよ」


 シェードは自嘲した。

 その時、遠くで爆発音と震動が発生した。


「何だ?」

「どこかの馬鹿が、やらかしたのかもしれないですな」


 ルンガーは牢の外へと視線をやった。見張りの兵たちが慌ただしくなる。何が起こったか確認しようとしているようだ。


「もしかしたら、将軍、あなたを慕う部下たちが乗り込んできたのかも――」


 どーんっ、と牢のある部屋の入り口が吹っ飛んだ。吹き抜けた風。すっと影のようなものが入り込むと、閃光が走り、見張りの兵たちが瞬きの間に倒されていた。


「何者だ……?」


 思わず漏れた言葉。注視するシェードとルンガーの牢の前に、それがすっとやってきた。

 漆黒の軽鎧――いや戦闘スーツと形容すべき、ぴっちりとした服に、あまり動きを妨げない程度の装甲や装備。顔はフルフェイスの兜――ヘルメットに守られていて中身はわからない。

 しかし体型は女だった。


『目標、発見』


 その女は言った。向けられていた魔法銃らしきものを下げる。


『マクティーラ・シェード将軍でしょうか?』

「……貴殿は何者だ?」


 シェードは問うたが、頭の中では閃くものがあった。


 ――これは、例の反乱者たちではないか……?


 漆黒の装備を身にまとい、大帝国に対して様々な奇襲攻撃を敢行かんこうしてきた武装集団。それが何故ここにいるのか?


『連邦宇宙軍特殊戦闘部隊、ソニックセイバーズ指揮官、リアナ・フォスター中尉です』


 ――え、連邦? う、ちゅう軍?


 さすがのシェードにも理解が追いつかなかった。


『救出にまいりました。我々と行動を共にしてもらいます』


 リアナ・フォスターと名乗った女中尉は牢の鍵を銃で吹き飛ばした。彼女の後ろには、同じような格好の女戦士たちがいる。


 ――特殊戦闘部隊と言ったか?


「すまないが、貴殿がどこの組織なのかわからないが……何故、助けに?」

『命令を受けました』


 リアナは素っ気なかった。銃口が、シェードの隣のルンガーに向いた。


『この者は、あなたの敵ですか?』

「い、いや、私の部下だが」

『将軍閣下、同行させる者なら警護対象に加えますが、如何しますか?』


 つまり置いていくという判断を下せば、ルンガーは放置するというわけか。シェードが見れば、ルンガーは皮肉げに言った。


「お供しますよ、将軍。ここに残ってもいい目はなさそうなので」

「わかった。すまないが、フォスター中尉。彼も同行する」

『承知しました。セイバー1より各員。保護対象1名追加』


 ヘルメットで素顔はわからないが、リアナは耳あたりに手を当て喋った。ここではないどこかと交信しているのだ。通信機の類がヘルメットに仕込まれているのだろう。

 大帝国以上、古代魔法文明並みの技術を持っているようだ。


『CP、保護対象を確保。これより脱出する』


 行きましょう、とリアナは、シェードたちに促した。


「脱出と言ったが、どこへ行く?」

『船があります。それでこの城の外へ出ます』


 すぐそばの通路で銃声らしき音が連続した。城の兵士が迫ったが、反撃したというところだろうか。


「我々はどうなる?」

『その質問については私の任務の外です。のちほど指揮官とお話ください』


 シェードとルンガーは顔を見合わせる。


「……ついていって大丈夫ですかね?」

「他に選択肢はないと思うが?」

「確かに」


 ルンガーは頷いた。


「しかし見事なものですな。動きが洗練されている」

「ああ、大帝国にはこのタイプはないな」


 これが反乱者たちというのであれば、なるほど大帝国が勝てないわけだと思う。敵地のはずなのに、迷いなく進んでいる姿はむしろ感心すらおぼえる。


「フォスター中尉、ひとついいか?」

『手短に、閣下』


 これだ。仕事に忠実かつ熱心。いかにも前線できたえられた古参兵だ。


「私の部下がひとり捕虜となっている。彼女を救出できないだろうか?」

『愛人ですか?』


 唐突なワードに、シェードは面食らった。他にも言葉はあったと思うが、何故よりにもよって愛人なのか。好意はあったが、そういう露骨な言われ方をするとは思わなかった。


「どこから愛人などという言葉が……いや、そのことはいい。彼女は魔神機のパイロットなのだが――」

『そちらはすでに回収済みです。ご安心を』


 あっさりとリアナは答えた。

 回収済み? 救出ではなくて?――シェードは困惑したが、それ以上確認することはできなかった。

 屋外に出たのだ。遠かった爆発音が、より身近に聞こえた。

 戦闘状態なのは一目瞭然りょうぜんだった。


「港のほうも燃えてます」


 ルンガーは、遊撃隊艦艇が駐留しているドックのほうを見た。ただ城壁のせいで、よく見えなかったのだが、立ちのぼる黒煙で、そこで何が起きているのか見当はついた。


 ――こちらより向こうのほうが激しくやられているようだ。


 シェードは、リアナにうながされるまま進みながら思う。こちらの目的を果たすためにドックのほうに囮攻撃を仕掛けたのかもしれない。


「むっ?」


 見慣れない魔人機が頭上を通過した。

 重厚な騎士のような白い機体だ。以前、目を通した『魔神機』の資料にあったそれを思い出した。


「まさか、魔神機リダラ・ダーハ……?」


 十二騎士と呼ばれるアポリト帝国の団長専用の魔神機。何故ここに?

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