第1172話、バンネン・ルンガー


「さて、どうしたものか」


 バンネン・ルンガー中佐は、戦艦『ラプトル』の艦長席に腰掛けたまま首を傾けた。

 シェード遊撃隊、暫定ざんてい旗艦となっている『ラプトル』艦長である。三十代、えない顔つきの男は、手に最近下賜された魔法銃を持っていた。


 その足元では、フアル城を掌握しょうあくした議会派部隊から派遣された監視将校の死体がある。

 シェード遊撃隊指揮官であるシェード将軍が拘束され、部隊は議会派に取り込まれた。


 各艦の艦長以下、乗組員は所属艦にて待機するよう命令が下された。部隊を正式に議会派兵力に組み込むまで大人しくしていろ、というわけである。

 要は、シェード将軍を助けようと反抗されても困るということだ。


 だがルンガーは、やってきた見張りの議会派将校を挨拶の直後に銃殺した。

 これにはクルーたちも驚いた。とぼけた顔をして射殺――そんな兆候もなかったから、度肝どぎもを抜かれたのだ。


「あの、艦長?」

「なんだ、副長」

「どうしたものか、というのは、射殺してから言うセリフではないと思いますが……」

「まさか生きているうちに寝返ろうか、などと聞かせるつもりかね、副長」


 ルンガーは艦長席に座ったまま淡々と言った。


「その場合、私が殺されていたよ」

「……」


 反逆の意図があれば逮捕ないし処刑する、というのが派遣された監視役の役目なのだから、ルンガーの発言に嘘も間違いもない。

 副長はためらいがちに聞いた。


「艦長、これからどうしますか?」


 議会派の監視将校を殺したのだ。もう議会派からは『敵』と見なされるだろう。


「どうしようか」


 ルンガーは真顔だった。副長も、聞いていた艦橋クルーも困惑を深める。


「私の立ち位置を説明しておこう。私はルンガー伯爵家に縁がある。このルンガー家は、現在の大帝国では貴族派に所属している」


 ざわっ、と艦橋に緊張が走った。

 軍部、貴族派、議会派の三勢力がしのぎを削る中、いまシェード遊撃隊を掌握しょうあくしつつあるのが議会派だ。そしてルンガー艦長は、その議会派に敵対している貴族派なのである。

 それで射殺したのか、と副長は理解した。……納得はしていないが。


「もっとも、私にルンガー家の血は入っていないがね」


 ルンガーは無表情に告げた。


「むしろ、私はあの家が嫌いだ。では軍部につくべきか? しかし軍部は、三大勢力の中で最大戦力を持っているが、スティグメ帝国や例のシーパングに対抗できるとは思えない」


 この人は独り言を言っているのだろうか――副長らは困ってしまう。ルンガーは続けた。


「皇帝の後釜にふさわしい者がいないのだ。では誰が一番かと問われるなら、残念ながら、いま拘束されているシェード将軍しかいない。いっそあの人が皇帝になってくれれば、我々は終戦まで生き残れるのではないか、と思う」


 ルンガーは、手に持つ魔法銃を弄んだ。


「このまま大帝国にすがって死ぬか、あるいは我々が生き延びるために行動すべきか。……君はどう思うね、副長?」

「それは……大帝国を、軍を脱走するということですか?」


 副長の表情が険しくなる。むりもない。脱走、逃亡は重罪であり、銃殺もやむなしである。


「我々は大帝国の軍人です。国のため、皇帝陛下のために忠義を示すのが本分――」

「その皇帝陛下は今、いないのだが?」


 ルンガーはあくまで冷めていた。


「いないものにどう忠義を示せというのだ?」

「……しかし!」


 脱走兵になり追われたくないのだろう。最悪、銃殺も普通とされる重罪だから躊躇ためらうのもわからなくはない。


「君はこの状況を楽観しているようだから、尻に火をつけてやった。選択肢はシンプルだ。私に従うか、あるいは私を裏切り者として議会派に突き出し、その議会派と心中するか、だ」


 さあ、あまり時間はないぞ、とルンガーは鼻をならした。監視将校の死亡は、いずれ基地を抑えている議会派部隊に知れる。そうなれば彼らは押し寄せてくる。

 ルンガーは、魔法銃のグリップを副長に突き出し、その手に持たせた。


「決断しろ。これからどうする?」

「……」


 副長はしばし考える。沈黙が艦橋をおおい、クルーたちが固唾かたを呑んで見守っている。

 やがて、副長は大きくため息をつくと、受け取った魔法銃の銃口をルンガーに向けた。


「艦長。祖国への裏切りを看過することはできません。あなたを、正常な判断力を喪失したと見なし、指揮権を剥奪はくだつ。拘束させていただきます」

「議会派と心中を選ぶか」


 ルンガーは嘆息した。心中する相手は間違えたくないものだ、と心の中で呟いた。



  ・  ・  ・



「……というわけで、やってきたのですが」


 議会派部隊に、監視将校を射殺した犯人として突き出されたルンガー中佐は、フアル城の牢へと収監された。


「ずいぶんと広い部屋ですな」

「それは皮肉か、ルンガー艦長」


 シェードが肩をすくめた。複数人を収容できる牢には、シェードとルンガーしかいなかった。


「上級将校では我々だけということですかな? それとも、あなたに忠義を尽くそうとしたのは遊撃隊では私だけだったとか?」

「私は嫌われ者だからね」


 自虐するシェード。だがすぐに表情に険しいものが混ざる。


「セラスが別の場所に囚われている。……心配だ」

「魔神機のパイロットですな」


 シェードの副官であることも、ルンガーも知っている。将軍が彼女と個人的に親しかったというのも。


「将軍、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「何だ?」

「あなたは、これからどうされるおつもりですか?」

「どうとは?」


 シェードが首をかしげると、ルンガーは淡々と聞いた。


「このまま議会派に利用されるか、他の行動を取られるのか、です」

「……我々は今、捕虜なのだが?」

「しかし脱出の機会を窺っていらっしゃる」


 ルンガーは表情ひとつ変えずに言った。


「その後どうされるのか、それが知りたくてここに来ました。私は議会派も、貴族派も、今の軍部にも未来はないと考えます。それはあなたも同じではありませんか? あなたの未来の話を聞きたい。これからどうするのか」

「……君は私に何を期待しているのだ?」

「新しい大帝国を」


 ルンガーはきっぱりと告げた。


「もし、次の皇帝を選べるならば、私はあなたがなるべきだと愚考いたします」

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