第1172話、バンネン・ルンガー
「さて、どうしたものか」
バンネン・ルンガー中佐は、戦艦『ラプトル』の艦長席に腰掛けたまま首を傾けた。
シェード遊撃隊、
その足元では、フアル城を
シェード遊撃隊指揮官であるシェード将軍が拘束され、部隊は議会派に取り込まれた。
各艦の艦長以下、乗組員は所属艦にて待機するよう命令が下された。部隊を正式に議会派兵力に組み込むまで大人しくしていろ、というわけである。
要は、シェード将軍を助けようと反抗されても困るということだ。
だがルンガーは、やってきた見張りの議会派将校を挨拶の直後に銃殺した。
これにはクルーたちも驚いた。とぼけた顔をして射殺――そんな兆候もなかったから、
「あの、艦長?」
「なんだ、副長」
「どうしたものか、というのは、射殺してから言うセリフではないと思いますが……」
「まさか生きているうちに寝返ろうか、などと聞かせるつもりかね、副長」
ルンガーは艦長席に座ったまま淡々と言った。
「その場合、私が殺されていたよ」
「……」
反逆の意図があれば逮捕ないし処刑する、というのが派遣された監視役の役目なのだから、ルンガーの発言に嘘も間違いもない。
副長はためらいがちに聞いた。
「艦長、これからどうしますか?」
議会派の監視将校を殺したのだ。もう議会派からは『敵』と見なされるだろう。
「どうしようか」
ルンガーは真顔だった。副長も、聞いていた艦橋クルーも困惑を深める。
「私の立ち位置を説明しておこう。私はルンガー伯爵家に縁がある。このルンガー家は、現在の大帝国では貴族派に所属している」
ざわっ、と艦橋に緊張が走った。
軍部、貴族派、議会派の三勢力がしのぎを削る中、いまシェード遊撃隊を
それで射殺したのか、と副長は理解した。……納得はしていないが。
「もっとも、私にルンガー家の血は入っていないがね」
ルンガーは無表情に告げた。
「むしろ、私はあの家が嫌いだ。では軍部につくべきか? しかし軍部は、三大勢力の中で最大戦力を持っているが、スティグメ帝国や例のシーパングに対抗できるとは思えない」
この人は独り言を言っているのだろうか――副長らは困ってしまう。ルンガーは続けた。
「皇帝の後釜にふさわしい者がいないのだ。では誰が一番かと問われるなら、残念ながら、いま拘束されているシェード将軍しかいない。いっそあの人が皇帝になってくれれば、我々は終戦まで生き残れるのではないか、と思う」
ルンガーは、手に持つ魔法銃を弄んだ。
「このまま大帝国にすがって死ぬか、あるいは我々が生き延びるために行動すべきか。……君はどう思うね、副長?」
「それは……大帝国を、軍を脱走するということですか?」
副長の表情が険しくなる。むりもない。脱走、逃亡は重罪であり、銃殺もやむなしである。
「我々は大帝国の軍人です。国のため、皇帝陛下のために忠義を示すのが本分――」
「その皇帝陛下は今、いないのだが?」
ルンガーはあくまで冷めていた。
「いないものにどう忠義を示せというのだ?」
「……しかし!」
脱走兵になり追われたくないのだろう。最悪、銃殺も普通とされる重罪だから
「君はこの状況を楽観しているようだから、尻に火をつけてやった。選択肢はシンプルだ。私に従うか、あるいは私を裏切り者として議会派に突き出し、その議会派と心中するか、だ」
さあ、あまり時間はないぞ、とルンガーは鼻をならした。監視将校の死亡は、いずれ基地を抑えている議会派部隊に知れる。そうなれば彼らは押し寄せてくる。
ルンガーは、魔法銃のグリップを副長に突き出し、その手に持たせた。
「決断しろ。これからどうする?」
「……」
副長はしばし考える。沈黙が艦橋を
やがて、副長は大きくため息をつくと、受け取った魔法銃の銃口をルンガーに向けた。
「艦長。祖国への裏切りを看過することはできません。あなたを、正常な判断力を喪失したと見なし、指揮権を
「議会派と心中を選ぶか」
ルンガーは嘆息した。心中する相手は間違えたくないものだ、と心の中で呟いた。
・ ・ ・
「……というわけで、やってきたのですが」
議会派部隊に、監視将校を射殺した犯人として突き出されたルンガー中佐は、フアル城の牢へと収監された。
「ずいぶんと広い部屋ですな」
「それは皮肉か、ルンガー艦長」
シェードが肩をすくめた。複数人を収容できる牢には、シェードとルンガーしかいなかった。
「上級将校では我々だけということですかな? それとも、あなたに忠義を尽くそうとしたのは遊撃隊では私だけだったとか?」
「私は嫌われ者だからね」
自虐するシェード。だがすぐに表情に険しいものが混ざる。
「セラスが別の場所に囚われている。……心配だ」
「魔神機のパイロットですな」
シェードの副官であることも、ルンガーも知っている。将軍が彼女と個人的に親しかったというのも。
「将軍、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「あなたは、これからどうされるおつもりですか?」
「どうとは?」
シェードが首をかしげると、ルンガーは淡々と聞いた。
「このまま議会派に利用されるか、他の行動を取られるのか、です」
「……我々は今、捕虜なのだが?」
「しかし脱出の機会を窺っていらっしゃる」
ルンガーは表情ひとつ変えずに言った。
「その後どうされるのか、それが知りたくてここに来ました。私は議会派も、貴族派も、今の軍部にも未来はないと考えます。それはあなたも同じではありませんか? あなたの未来の話を聞きたい。これからどうするのか」
「……君は私に何を期待しているのだ?」
「新しい大帝国を」
ルンガーはきっぱりと告げた。
「もし、次の皇帝を選べるならば、私はあなたがなるべきだと愚考いたします」
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