第1171話、いっそ誘えないものか
シェード将軍、拘束される――
この報告は、俺の中では正直、ディグラートル皇帝崩御よりも驚きが大きかった。
シェイプシフター諜報部からの正確な報告を聞くべく、俺は作戦室に向かった。
「状況は?」
「指揮官のシェード将軍と魔神機パイロット1名が拘束されました」
シェイプシフター杖こと漆黒の魔女姿のスフェラが、俺に資料を手渡した。
「パイロットはセラス……アリシャか」
まずいことになった。救出対象だったから準備は進めていたが、ここにきて大帝国の名将まで逮捕されるとは。
「シェード将軍は相当、身内に嫌われていたらしいな」
俺が皮肉ると、黒猫姿のベルさんが口を開いた。
「まあ、一番の敵が退場なら喜んでいいんじゃないか?」
これまで何度か、彼の指揮する部隊との衝突はあった。大体大きな打撃を与えてやったが、こちらにも損害が出ていた。
大帝国軍の中でも、要警戒の相手だった。
それが皇帝を失った大帝国の内輪もめに巻き込まれて、前線からいなくなるとは。
「……」
「ジン?」
「もう少しスティグメ帝国の戦力を削ってもらいたかったんだがな」
敵と敵をぶつけさせる。スティグメ帝国の軍備にも、シェード将軍の部隊なら互角以上に渡り合えると俺は思っていた。それが潰し合ってくれれば、こちらとしても楽ができたのだが。
「果たして、シェードのいない大帝国に未来はあるのかな」
俺は腕を組んだ。
「
「どうするつもりだ?」
「アリシャを助けるつもりだったけど、シェード将軍もついでに救出する」
「本気か!?」
ベルさんが素っ頓狂な声を上げた。
「うん、ワリとマジ」
「マジか……」
黒猫は首をひねった。
「理由を聞いても?」
「まず、シェード将軍を、俺たちの敵から除外させられる」
「助けたお礼に、オレたちと一緒に戦え、と?」
「そこまでは無理だろう。大帝国の将軍様だぞ」
よっぽど所属している組織に愛想がつかない限りは、救出されたからといって同胞と戦う選択はしないだろう。
「ただ、俺たちの敵にならないだけでこちらの損害が減る」
シェードがこちらに与えてきた損害分が今後無くなると思えば、彼を大帝国から引き離すだけでも充分な成果と言える。
「殺しても同じじゃないか?」
「あわよくば共闘してくれないかなとも考えてる」
ウィリディス軍に対抗してみせた手腕が味方になったら鬼に金棒だろう。
「でも、協力は無理なんだろう?」
「直接話し合ってみたら、ひょっとしての可能性がある」
俺はマクティーラ・シェードという人物に直接会ったことがない。宿敵と手を結べられれば最高、なんてフィクションを鵜呑みにはしないが、もし話が通じる相手であるなら期待してもいいのではないか。
……もちろん、性格の不一致という場合もある。殺戮が三度の飯より好きなんて人物はノーサンキュだ。
「ベルさんは反対か?」
「別にどっちでもねえよ。どうせ助けるついでに魔神機も掻っ払うつもりなんだろう?」
「当然だ。あれも敵に渡したままというのも面白くないからね」
シェード遊撃隊が所有しているのは風と土の魔神機。エルフの森で水の魔神機も奪取したから、この二体も回収したいな。
・ ・ ・
フアル城への攻撃のため、部隊の選定からはじめる。
シャドウ・フリートは再編成中。大帝国近辺で即時投入できる艦隊はない。
となれば、俺のバルムンク艦隊を主軸に使う。
どのように救出するか、それに合わせて投入する兵力と編成を考えよう。
普通は投入できる兵力を見て、その中でどういう作戦が採れるか考えるのかもしれないが、再編成しているもの以外は俺が自由に選べるから問題ない。
フアル城基地は、守備隊のほかシェード遊撃隊の兵力も駐留している。
ベルさんが問うた。
「シェードは拘束されたんだろ? 部下どもはどうしたんだ?」
「スフェラ」
「指揮官更迭という形で、議会派兵力に取り込まれました。現在、議会派の指揮下に入っています」
シェイプシフター魔女の報告に、俺は頷いた。
「末端の兵にとっては指揮官が交代した程度の話なんだろうな。そもそもどの派閥に属するかは、だいたいはその部隊の指揮官次第なわけで、全員がそれに志願しているわけじゃない」
「不満な奴は不満のまま、それでも隊と行動するってわけだ」
ベルさんが皮肉げに笑う。
「まあ、どうしても
投入する戦力はシェードとセラスことアリシャ救出のための陸上歩兵部隊が必須。あとは城や基地の防衛部隊の無力化――これには航空隊や魔人機部隊、艦艇群の出番だろう。
「厄介なのは魔神機か」
ベルさんは首をかしげた。
「1機は出てこないんだっけ?」
「アリシャがシェードと同じく拘束されているからな。動かせる魔神機がセア・エーアールのみというところだ」
グレーニャ・エル――風の女神巫女だった少女。シェイプシフター諜報部により、今もエーアールのパイロットが彼女だとわかっている。
「昔の仲間のよしみで、こっちへ誘えないものかな」
「大帝国にいるんだろう?」
「元は古代文明人。アポリト帝国の人間だ」
俺はスフェラを指さした。
「彼女の大帝国の評価を読み上げてくれ」
「はい、マスター。『高い魔力適性を持ち、魔神機の操縦技術は神業の領域にある――』」
「ほーん。そういや、風の魔神機に護衛艦隊がひとつやられたっけな」
ベルさんが昔の話をした。白騎士と黒騎士――2機の魔神機を回収した時だったな。
「『ただし、人格に少々問題あり。周囲に対して攻撃的であり、傲慢な言動が目立つ』」
「要するに、大帝国の人間を好いていないということだ。案外、こっちへ来てくれるかも」
「自分のやろうとしていることのハードルを高くしていないか?」
ベルさんがたしなめるように言った。ただ救出するだけならまだしも、魔神機の奪取までやろうとすれば、当然その分の労力と手間がかかるわけで。
「どのみち、魔神機を放置はできんさ」
遅かれ早かれ、どうにかしないといけないのだ。
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