第1170話、議会派の使者
ディグラートル大帝国本国、フアル城基地。
軍港設備をもつ城塞都市は、いまシェード遊撃隊が隊の補給を兼ねて駐留していた。
皇帝が戦死してから、大帝国内は次の指導者を巡って内部分裂を起こしている。スティグメ帝国という
だが政治には関わらないという考えを持つシェード将軍は、海軍同様、スティグメ帝国とは戦うが、権力争いについて不干渉の立場を取っていた。
彼の遊撃隊が強力な魔神機を2機も保有している以上、その戦力を求める者もまたいる。
「故人をあまり悪く言うべきではないが、皇帝陛下は敵を作りすぎた」
そう語るのは軍学校時代にシェードの先輩だったアーロン・トフトである。なお現在の階級は准将。西方方面軍司令官にもなったシェードからすると完全に下である。
「このままでは大帝国が駄目になってしまう。今こそ新しい風を吹かせて、大帝国を健全な国へと改革する時なのだ!」
一応先輩なのだから無礼講とは言ったが、やはり中将と准将では格が違う。知らない者が見れば、この准将の口調は睨まれても当然と言えた。
「マクティーラ、今こそ議会軍に参加してこの国を作り直そう! 無能な貴族が幅を利かせているのはやはり間違っている! そう思うだろう?」
「……」
無能な貴族――その表現に、シェードは眉をひそめた。
将軍となってからも、貴族からは何かと目の敵にされてきた。働きぶりが皇帝の目に止まり、出世街道に乗ったが、それは貴族たちにとって大変面白くないことだったのだ。
もちろん、すべての貴族がそうではない。だが大半から目障りに思われているのはシェード自身理解していた。
「真の改革が必要だ。貴様を認めぬ貴族連中を討ち、大帝国の民たちをその支配から解放しようじゃないか! そうなれば貴様は英雄だ!」
――何故、彼は私を英雄などと持ち上げようとするのだ……?
シェードは、じっとかつての先輩を見据えた。
――何故、自分でその英雄になろうとは思わない?
おそらく知名度がないからだ。大帝国でも常勝の将軍と言われ、西方方面軍の指揮官にもなったシェードと、彼では民のウケが違うのだろう。
要するに、民にもわかりやすい有名人でもあるシェードを自陣営に取り込むことで、ライバル勢力を牽制しつつ、民の支持を得ようとしているのだ。
いまいちパッとしない議会勢力の拡大のために、民を抱き込もうというのだ。
――賢しい。自分たちの権力掌握のために民を巻き込むか。
力のない者が多数を取り込んだとて、力で潰されるのがオチだ。
――そのために、俺と魔神機を取り込もうとしているのか。
民うんぬん関係なく、単純にシェードと魔神機が加われば、それで戦力アップは間違いない。それだけの力があるのだ。
「トフト先輩。私があなた方議会派についたとして――」
「おおっ、ついてくれるか!?」
「――私が皇帝の座を欲したら、どうされますか?」
大帝国が欲しいか――以前、ディグラートル皇帝本人から聞かれた問い。彼の口ぶりでは、まるでシェードが自分の息子であると言わんばかりの調子だった。
「え……?」
トフトは固まった。
「マクティーラ……? どういう――」
「以前、陛下より言われたのです」
シェードは笑みを浮かべた。
「大帝国が欲しいか、と。もし欲しいなら、お前にくれてやると言われました。……あなた方は、それに匹敵するものを私に差し出せるのですか?」
ただで利用されるのは面白くない。相応の代価をもらはなくては。
「貴様が何を言っているのかわからない」
トフトは、ふっと小さく息をついた。
「皇帝の地位を欲するのか? ここにきて、貴様は貴様で皇帝の後継者と名乗りを上げるのか?」
「どうでしょう。少なくとも他の後継者を自称する方々は、皇帝ご本人より後継の打診を受けた者はいないと思いますが?」
苦虫を噛み潰したような顔になるトフト。
「そんなことがあるはずがない。縁もゆかりもない一介の将に、皇帝がそのようなことを口にするなど! すでに民から信用されているからと図に乗っているのではないか!?」
トフトは席を立った。
「口から出任せを吐きおって! 協力する気がないなら! 貴様を逮捕する!」
ドタドタと部屋に武装した兵士たちが踏み込んでくる。同席し、壁際に控えていたセラスが武器を構えたが、多勢に無勢である。
「それで、私を逮捕して、どうするというのですか、先輩?」
「貴様の部隊を我ら議会派に組み込む。魔神機が手に入れば、貴様が加わらなかったとしても強力な戦力になる!」
「魔神機を動かすには特別なパイロットが必要ですが?」
「むろん、我が議会派に協力してもらう」
「すると思いますか?」
シェードが冷ややかに告げた。
「いまここでそのパイロットにあなた方は武器を向けているのに」
ちら、とトフトの視線がフードで顔を隠している魔術師へと向く。
「ふん、それは困るな」
そういうと、トフトは剣を抜いて、シェードの額に向けた。
「魔術師、抵抗せず
――なるほど、とっさにしてはいい判断だ。
シェードは心の中で呟いた。
――俺などは放っておいて、彼女が助かるほうがいいんだけどな……。
だが、現状敵のほうが多くて、他の部下たちが動いてくれなくては、状況は好転しないだろう。
さて、どうしたものか。シェードは思案する。
皇帝の座などと口にしたものの、本当のところシェードはそれを望んではいない。それは皇帝本人に問われた時にも言っている。
こんなことになるなら、もっと早くセラスと隠居すればよかった――とは思うが、このご時世、シェードの退役は認められなかっただろう。彼を嫌っている貴族でさえ、失脚を望んでいたとしても、だ。
世の中、ままならないのだ。
「俺はこのまま人質か?」
「貴様には利用価値があるからな。従わないなら、従うようにするまでだ」
「ほう、どんな風に?」
「マクティーラ、世の中には奴隷とそれを従わせる魔法がある」
トフトは
「議会派はもっとクリーンなイメージがあったんだがな」
「正しいことをするには邪道も必要なのだ。将たる者ならば、わかるだろう?」
――それを平然と言ってしまう連中に、鞍替えはさすがにできんな。
シェードは心底うんざりした。大帝国の後継者争いも、何もかもどうでもよくなってくる。
これまで国のために戦い、多くの兵が犠牲になるのを見た。その果てがこれでは、死んでいった者たちも報われない。
シーパング勢力との戦い、スティグメ帝国との戦い。精神的に張り詰めていたものが切れたのをシェードは感じた。
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