第1168話、エクソダス作戦、成功


 スティグメ帝国第1艦隊を襲ったのは、大帝国領空に潜伏していた通商破壊フリゲート部隊である。

 これらは監視ポッドが衛星よろしく監視するまで、初期の魔力迷彩によるステルスで偵察、敵輸送船の襲撃を行っていた。


 ふだんは単独行動の多いゴーレム・フリゲートは、シャドウ・フリート主力の難民離脱作戦援護のために集結していた。


 全長75メートル。対艦ミサイルを二発から四発しか搭載していない非力なステルス・フリゲートは、姿を消したままスティグメ第1艦隊を待ち構えていた。

 Ⅰ型である磯波いそなみ型と、Ⅱ型である朝潮あさしお型、それぞれ9隻ずつが、ベルさんの『レーヴァテイン』にこっぴどくやられた敵艦隊を襲撃した。


 この追い打ちで、旗艦『トゥレラ』が被弾し、中破していた僚艦は引導を渡された。クルーザー、フリゲートもさらに数隻が血祭りに上げられ、第1艦隊の残存艦は、とうとう一桁になってしまった。

 襲撃を成功させた通商破壊フリゲート部隊は、ステルス航行のまま戦場を離脱した。


 ミサイルの搭載数から、一撃を与えたらほぼ無力になるのだ。魔力による透明迷彩をしているとはいえ、周囲に手当たり次第に攻撃されたら、装甲もほとんどない通商破壊フリゲートにとっては命取りである。


 ともあれ、通商破壊フリゲート部隊初の大規模投入は、同フリゲート運用の戦果としては最高の記録を叩き出したのだった。



  ・  ・  ・



 亜人難民を収容した強襲揚陸艦を護衛するシャドウ・フリートは、ポータルのある空域まで移動し、そこからアリエス浮遊島軍港へと到着した。

 護衛についた戦艦『バルムンク』も軍港へ入港。俺は慌ただしく亜人難民たちに会いに行く。

 一応、責任者だからね。


 強襲揚陸艦から降りた亜人難民たち――ドワーフに獣人、エルフも少々いるかな? 手に持てるだけの荷物を持った老若男女が、金属で覆われた巨大ドックに驚いていた。

 同時にこれからどうなるか不安なのだろう。そわそわしている者も少なくない。


 水先案内人であるシェイプシフター工作員らに従い、ある程度固まってくれたところに俺が到着。


「えー、皆さん」


 拡声魔法で、お集まりの全員に聞こえるように配慮する。


「私はヴェリラルド王国南方侯爵のジン・トキトモです。まずは、長旅お疲れさまでした。ここは大帝国ではありませんし、今のところ彼らの手が届かない安全な場所となります」


 ホッとしたのか、安堵の声が聞こえた。やはり大帝国から逃れられるのか、というのが彼、彼女らの一番の懸念けねんだったのだろう。


「とはいえ、ここヴェリラルド王国もまた、大帝国と交戦している状態です。幸い、国土への侵攻を幾度も跳ね返しておりますが、絶対に安全とは言い切れないのはまずお知らせしておきます」


 何事も正直に。不安を煽ることになるかもしれないが、嘘はよろしくない。


「もっとも、我々はシーパング国と同盟関係にあり、その優れた軍事技術は大帝国を上回っております。スティグメ帝国という厄介な吸血鬼勢力が現れ、面倒ではありますが、対大帝国同盟は大陸中に広がっています。いずれは、かの国が打倒される日がくるでしょう」


 と、何だか政治家みたいなことを話しているな。そういう話は今はよかろう。難民たちの心配は、新たな土地での衣食住であろう。

 俺は難民たちのこれからについて話した。


 リバティ村という亜人たちの集落への移住。人間とも問題ないというのであれば、ノイ・アーベントへの移住も可。


 また南方領でも亜人の集落がいくつかあるから、そちらの移住か、あるいは新規に集落を開拓するという選択もある。開拓に必要な物資などは、こちらで提供する。やがて自活できるようになれば領民として税金で返してもらえばよい。

 ヴァリラルド王国一の領地持ちの貴族だからね、俺は。



  ・  ・  ・



 グレゴは、ジン・トキトモという若き侯爵の話を聞いていた。

 他のドワーフや他の亜人たちも、みな口を挟むことなく耳を傾けていた。

 ディグラートル大帝国という人間至上主義の犠牲になった彼らは、人間に大して多かれ少なかれ、怒りや恨みの感情を抱いている。


 にも関わらず大人しく聞いていたのは、黒い人や、その仲間たちが大帝国から亜人を逃がすために命を賭けたのを目の当たりにしていること。

 その黒い人のボスであるトキトモ侯爵から、以後の生活についての展望と支援が聞けたからだ。


 だが、一番の信用要素は空を飛ぶ船――強襲揚陸艦内で、難民たちに配られた食事だったりする。

 グレゴと仲間たちは、そこで出された豚汁なる肉と具たっぷりの汁の旨さに感激した。

 普通、余所からきた者たちは歓迎されないことも少なくない。通過するだけの旅人や、人手不足の村に働き手として来たならともかく、長居しそうな集団には存外冷たいものだ。


 だから、ここで配られる食事も硬いパン――パンが出るだけマシと思うべきなレベル――や冷めた味のないスープ程度だと覚悟していた。

 そう思っていたところに、これまで食べたことがない美味なる料理を振る舞ってもらい、難民たちは元気が出てきたのだ。


 最後の晩餐ばんさんなのでは、と不吉なことを言う者もいたが、グレゴは笑い飛ばしたものだ。

 これから殺す奴に旨い料理を出すなんてもったいないことするか、と。


 お腹がいっぱいになれば、そのように手配してくれた黒い人たちのボスであるトキトモ侯爵の話も聞いてやろうという気になるものである。

 この人は人間だけど、信じてもいいかもしれない。――それがこの時、連れてこられた亜人難民たちの大方の思いだった。


 大帝国に徴集され、恐るべき兵器の製造にたずさわった者も多かった。世界を圧倒する力。それを生み出すことに誇りなどなく、ただ虐げられる日々。

 強大な力を得た大帝国に敵う国などなく、このまま世界は大帝国に支配されてしまう……。亜人はきっと滅ぼされてしまうんだ、という絶望。


 だが、トキトモ侯爵率いる黒い人たちの軍備を見て、絶望は希望に変わった。兵器に携わっていたからこそ、大帝国のそれより優秀だと一目でわかる。

 ディグラートル大帝国と正面から戦える国は、存在したのだ! 


 グレゴたちにとって、それは喜びだった。そしてその国は亜人に対して寛容で……いや、それどころか救出してくれたのだ。そんな国が悪いはずがない!

 だから、グレゴは自然と前に出ていた。トキトモ侯爵と目があった。


「あー、侯爵閣下……」

「あなたは?」

「グレゴ。見てのとおりのドワーフだ」


 気づいた時には自然と出ていたからスラスラとはいかなかった。トキトモ侯爵は、特にとがめるでもなく、話を聞く姿勢をとっている。

 グレゴは考えながら言った。


「大帝国と戦っているんだろう……ですよね。オレら、いやオレは、侯爵閣下の戦いに手を貸したい、と思っとります」


 もっと言い方があるだろうと、内心いらだつグレゴだが、周りのドワーフたちも声をあげた。


「おれも!」

「オイラも、手伝わせてくだせぇ!」


 大帝国には痛い目に遭った。仲間を失った。憎むべき敵だ。それと戦う人に力添えがしたい。それがグレゴらの気持ちだった。

 少なくとも恩を受けっぱなしというのが収まりが悪かった。


「わかりました。志願は歓迎いたします。あー、もちろん、強制はしませんので、今後のことは自分たちでじっくりと考えてください」


 トキトモ侯爵は皆にそう伝えた。そこでふと、グレゴは思い出す。

 かつて大帝国を追い詰めた英雄魔術師――彼の名前もジンだった、と。

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