第1167話、艦隊は離脱する
「新たな戦艦!」
スティグメ帝国第1艦隊の旗艦『トゥレラ』で、レイヒェは驚愕していた。
突然現れた敵と思われる未知の戦艦により、戦艦1隻が轟沈させられた。大帝国の新型かと思い反撃したら、さらに別方向からこれまた交戦記録のない戦艦が1隻現れた。
その主砲火力は
スティグメ帝国が誇る主力戦艦は、旧アポリト帝国流用の大帝国の戦艦を
さらに――
『左舷方向の敵艦! 向かってきます!』
見張り員の声が響く。艦長が
「むうっ、突っ込んでくるのか!?」
まるでそれ自体が砲弾であるように、300メートル超の戦艦がクルーザーをも上回る速度で突進してくる。
「主砲、接近中の敵戦艦に急速指向! 撃ち落とせェ!」
パライナ級戦艦の40センチ魔法加速砲が右から左へと回り出す。
しかし漆黒の戦艦――『レーヴァテイン』が速かった。迎撃位置につくクルーザーが、その主砲によって砕かれ、第1艦隊戦艦群、その三番艦へ体当たりするが如く肉薄した。
「本当にぶつかるのか!?」
あっ、と誰かが声をあげた瞬間、漆黒の戦艦はパライナ級三番艦に突っ込んだ。体当たりされたほうは、艦中央から真っ二つに折られて次に爆発した。
「!?」
レイヒェは言葉を失う。
巨艦同士の衝突である。ぶつけられた方はもちろん、ぶつけた方もタダでは済まないはずだが、漆黒の戦艦はほぼ無傷のまま突き抜けたのだ。
「あの角付き……!」
本気で体当たり戦法をする戦艦として作られたのか。狂ってる、とレイヒェは思った。
「艦長、反転しなさい! 第1艦隊は攻勢中止、ただちに戦場を離脱する!」
「は、ははっ!! 急速回頭! 戦線離脱!」
司令官は撤退を選択した。
あっという間に戦艦が半分に減らされてしまった。敵戦艦の火力は、こちらの想定以上。留まれば大損害確定だ。
・ ・ ・
『敵艦隊、反転!』
戦艦『バルムンク』艦橋。俺は観測報告を受けた。
「シャドウ・フリートへの追撃を諦めてくれたかな?」
スティグメ帝国艦隊が艦首を振り、元来た方向へ引き返し始めている。
俺とベルさんの二大戦艦が参戦して、まだ時間がさほど経っていない。それを思えば意外に早い撤退の判断だ。
まあ、そのさほど経っていない時間で、戦艦を三隻も失えば戦意だって喪失するわな。
「こちらは避難民を乗せた揚陸艦が無事に離脱できればいいんだ。『バルムンク』はシャドウ・フリートに合流、護衛につく」
『了解』
戦艦『バルムンク』は変針すると、退避しつつある黒の艦隊を追いかける。
「ベルさんはどうするつもりかな……。通信士、『レーヴァテイン』との通信回線を開け」
せっかくの新戦艦のお披露目だ。ベルさん的には暴れ足りないんじゃないかな?
『――通信、繋がりました』
シェイプシフター通信士が教えてくれた。俺はスイッチを押した。
「ベルさん、どうだい『レーヴァテイン』は?」
『うむ、悪くない』
自分の艦隊が欲しいと言っていたベルさんだ。自分専用の戦艦を作り、艦隊で最初に完成したそれをテストも兼ねていきなり実戦に投入したようだが、特に問題はなさそうだな。
『オレはもう少しコイツを慣らしておきたい』
「了解した。適当にやってくれ。ただし、何かトラブったら連絡してくれよ」
『はいよ。お前も難民のお守を頑張れよ』
ベルさんとの通信が切れた。
漆黒の超戦艦『レーヴァテイン』は、スティグメ帝国艦隊の追撃に移る。
一方、俺の『バルムンク』はシャドウ・フリート残存艦隊と合流した。艦橋から黒き艦隊を見やり、
旗艦『キアルヴァル』は健在。しかし、クルーザーとコルベットは全体の半分にまで減っていた。
亜人難民と強襲揚陸艦は無事だったが、護衛の軽空母に炎上している艦がある。
俺の出した命令に従い、劣勢の中、民間人を守り通したのだ。
「シャドウ・フリートは何気に強敵とぶつかるな」
大帝国近辺で、幾多の作戦に従事した歴戦の艦隊である。しかし犠牲もまた少なくなく、一度は艦隊壊滅を経験している。
初期からいて、途中異動になった艦を除けば、高速クルーザーの『キアルヴァル』とコルベットの『
「青の艦隊に続いて、シャドウ・フリートも再編成が必要だな」
シャドウ・フリートは三度蘇る。新しい技術、新しい装備を取り入れたニュー・シャドウ・フリート……。
今回、生存した艦艇は改装か、あるいは別艦隊に異動になるだろう。
俺の中では、新しいシャドウ・フリートの構想が組み上がりつつあった。
・ ・ ・
漆黒の戦艦『レーヴァテイン』は、撤退するスティグメ帝国第1艦隊を痛打した。
主砲のつるべ打ち、艦首から突っ込むラムアタック――それらは容易く帝国艦艇を叩き、沈めていった。
「いったい何なの!? あの戦艦はッ!」
旗艦『トゥレラ』の司令塔でレイヒェは声を荒げた。
こちらからの攻撃がまるで通用しない。敵戦艦は攻撃力のみならず防御力でも、スティグメ帝国戦艦を
「遊んでいるというの!?」
帝国クルーザーよりも漆黒の戦艦のほうが速度に勝っていた。恐るべき高速戦艦だ。
まさにやりたい放題で、第1艦隊の艦艇がその数をすり減らしていく。
――鬼神機で、あの戦艦を……。
レイヒェが十二騎士の機体で直接挑もうかと司令官席を立ちかけた時、漆黒の戦艦は戦闘をやめて引き上げていった。
何かのトラブルか、あるいは航続距離の問題か。あれだけ高速で動き回れば航行用のエネルギーもドカ喰いするだろう。
ホッとしたのもつかの間、わずか1隻の戦艦に、スティグメ帝国第1艦隊が半数以上を失ったことに怒りをおぼえた。
地上人の戦力も馬鹿にできない――先に敗北した無能な同僚の冷めた表情を思い出し、レイヒェは苦虫を噛み潰したような顔になる。
その時だった。
「高速飛翔体! 急速接近!」
報告とほぼ同時に、艦に振動が走った。爆発――これは攻撃を食らった?
「ダメージリポート!」
艦長が叫ぶ中、いったい何が起きたのかレイヒェにはわからなかった。
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