第1162話、コルバ侯爵と貴族軍


 コルバ侯爵の居城ミール城。


 大帝国侯爵であるジェド・コルバは、自分の娘を、かの皇帝ディグラートルに差し出した男である。

 六十歳。そのいかめしい顔は、ただいるだけで周囲を威圧いあつする。

 なお、その娘はジェド・コルバにまったく似ず美女であった……。要するに妻も美女だった。どちらもすでにこの世にいない。


「ブルガドルは、最期まで我が娘への愛を貫いた……」


 壁にかけられた娘、イーアナの肖像画を見上げるコルバ侯爵。

 ブルガドル・クルフ・ディグラートル。我らが大帝国の皇帝は、側室を持っても子供を作ろうとはしなかった。


 唯一、イーアナとの間にのみ子供をもうけた。……その息子たちが生きていれば、皇帝の後継者となっていたというのに。

 その皇帝の一族としてコルバ侯爵は大帝国内でも絶大なる権力を得たことだろう。

 だがそれは叶わない。


 イーアナも、その子供たちもすでになく、皇帝も没してしまった。ディグラートルの血は絶えたのだ。

 しかし、大帝国という国は残っている。世界最強の軍を有する至上最高の国が。そしてその国を導いていくものが必要だ。


 それは誰か? 私だ――ジェド・コルバは確信する。

 何といってもコルバ家は、ブルガドル・ディグラートルと親族となる。これは議会派を構成する貴族や軍部にはない、アドバンテージだ。

 この大帝国をまとめ、ブルガドルの宿願を叶えるのは自分以外にいない――コルバ侯爵はそう思っていた。


「閣下、失礼いたします!」

「何事だ? 騒々しい」


 やってきたのは古くからコルバ家に仕えるイグロー将軍だった。コルバ侯爵率いる貴族派の戦力をまとめる指揮官でもある。


「はっ、緊急事態であります! 例の反乱者が我が軍に攻撃を仕掛けてまいりました!」

「何だと!?」


 コルバ侯爵は目を見開いた。

 かねてより、大帝国に反逆する者たちがいるのは知られていた。どこからともなく現れ、軍の施設を攻撃をしていく反乱者たち。

 ディグラートル大帝国の覇道を邪魔する愚か者どもだ。


「何故だ? ケアルトの軍や議会派の軍も攻撃をされているのか?」

「え……いや、それはわかりませんが、少なくとも、亜人浄化作戦に投入した部隊が、攻撃を受けて、大損害を受けたと報告が……」


 冷や汗をハンカチでぬぐいながら、イグロー将軍は言った。


 亜人!

 コルバ侯爵は、亜人差別を掲げる人間至上主義者である。獣人を二足で立つ獣と忌み嫌い、エルフなどを人間のまがい物と見ていた。

 かつてブルガドル・ディグラートルも、こう言っていた。


『あれは人間が作り出した家畜、番犬、その他の存在。決して我々と並び立つ存在ではない』


 この考えには大帝国の多くの貴族が賛意を示した。亜人嫌いであったコルバ侯爵は、皇帝の考えに深く賛同し、この男ならば――と娘を差し出した。


 ――私こそ、彼の理解者であり、後継にふさわしい!


 皇帝の死後、混沌こんとんと化す大帝国にあって、彼の志を今一度、大帝国臣民に思い出してもらうために亜人排斥を行ったが……。

 結果として、それが裏目に出た。


「反乱者など、さっさと叩きつぶしてしまえ!」


 コルバ侯爵は怒鳴った。


「ブルガドルの志を継ぐ我々の邪魔をする者は、何人たりとも許さん! ゆけぃ!」

「ははっー!」


 イグロー将軍は急ぎ部屋を出て行った。



  ・  ・  ・



 ウィリディス軍第三艦隊、旗艦、装甲空母『アーガス』。

 ディアマンテ型シップコア、アダマースは、司令官席のアーリィーに報告した。


「各攻撃隊、貴族軍に近接航空攻撃を実施。その進撃の停滞に成功しました」

「亜人たちの逃げる時間を稼げるといいけどね」


 アーリィーは戦術ボードを睨んだ。

 旗艦『アーガス』率いる8隻の空母から飛び立った航空隊は、TF-5ストームダガー戦闘機とTA-2タロン艦上爆撃機で編成される。

 これらは、大帝国の言うところの反乱者と思わせるために、シャドウフリートのブラックのカラーリングでの出撃となっている。


 なお、魔力によって色を変える魔法塗装で塗られているため、作戦のために塗り直すなどという手間はかかっていない。

 主な標的は、貴族軍の地上部隊だ。亜人を狩る歩兵部隊が主なので、ピンポイントに標的を撃ち、軽快な運動性で反復攻撃を可能とする機体が選ばれた格好である。


 軽快なタロン艦爆かんばくが緩やかな降下と共に、懸架けんかしてきた対地爆弾やロケット弾を地上に叩きつける。

 貴族派地上部隊は爆風で吹き飛び、四散した破片と衝撃波で殺傷されていく。地上掃射用の12.7ミリ機銃が人体を容易く、血と肉片に変えた。


 地上の兵は逃げまどうばかり。空に向かってクロスボウや、魔法を放つが高速で飛び抜ける航空機にはかすりもしない。

 各所で、亜人狩りどころか自分たちが狩られ、貴族派部隊は崩壊していった。旗艦『アーガス』にも、前線を監視していた観測機から報告が届いた。


「よし、追放部隊を叩いたら、次は貴族軍の主力を叩くよ。これ以上、奴らの好きなようにはさせない!」


 第三艦隊は移動を開始する。観測ポッドや諜報部の情報で、攻撃目標である貴族軍の所在が次々に明るみになる。


「アーリィー様、第二次攻撃隊、発艦準備、完了しました」

「うん。第二次攻撃隊、発艦開始!」


 第三艦隊の空母8隻から護衛の戦闘機が発進。続いて、艦爆隊が飛び立つ。

 そこへ観測機からの通信が入った。


「敵空中艦隊、出現。クルーザー6ほか、護衛艦10」

「おそらく貴族軍の主力艦隊です」


 アダマースは告げた。

 分裂した大帝国派閥の中で、海軍の主要部隊は対スティグメ帝国に対抗すべく前線にいる。本国にいるのは、各地の守備部隊か修理・補給の艦艇くらいだ。

 そしてそれらの中には貴族軍に参加している艦艇もある。


「断固、潰す」


 アーリィーは宣言するように言った。これらの艦艇を用いて、地上の亜人たちに艦砲射撃や爆撃をやらせるわけにはいかない。


「待機中の艦攻かんこう隊に対艦装備! 第三次攻撃隊を編成。目標は敵艦隊!」


 指揮官の命令はただちに実行された。

 空母内で待機していたイールⅡ艦上攻撃機は、艦艇撃沈用の対艦ミサイルを搭載。その獰猛どうもうなる槍を携え、発艦態勢に入った。

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