第1157話、地下世界、スティグメ帝国


「よろしいのですか、殿下」


 側近のひとりが言った。イスタス王子は、城の窓から立ち去る機械人形――シーパング国の魔人機を眺める。


「いかに彼らのおかげで危機を脱したとはいえ、まだ信用に値するか定かではありません」

「そうだな。友好関係を結んだとはいえ、いざ条約を締結する際に、とんでもなくふっかけてくる可能性はある」


 イスタス王子は肩をすくめた。


「だがこちらの状況が状況だ。生き残った王族で、次の王は継承権の順位を見ても私だ。速やかに国を立て直さないといけない」


 すべてが滅茶苦茶である。憎むべきは、吸血鬼の軍勢、スティグメ帝国。


「まだ脅威が去ったわけではない。今は友好的な彼らを頼りにするしかないのだ」

「はい」


 側近は頭を垂れた。王子は微笑する。


「なに、初会合があれだったのだ。そう無理難題は突きつけてくることはあるまいよ」

「何故、そのように?」


 疑問に思う側近。イスタス王子は窓に向き直った。


「ビショップ侯爵……いや、あれはおそらく偽名だろう。少なくとも、彼は侯爵ではなく、おそらくシーパング国の王族、それもかなりの有力者だ」

「!?」

「何故わかるのか、という顔をしているな? わかるさ。あの男、私との会談中に、一度も『国と協議する』とは言わなかった」


 非公式の会談とはいえ、何の相談の様子もなく、その場ですべてを決めていた。

 一王族を相手に、一貴族がすべてを決断などできない。全権をゆだねられていた、とするなら、それはそれでシーパング国の指導者から絶大な信頼を寄せられていることになる。どう転んでも、国の有力者で間違いはない。


「シーパング国がどれほどの規模かはわからん。彼らについてわかっていることなど皆無に等しいが、支配できる力は持っている。にもかかわらずしなかったのだ。信じてもいいだろう」

承知しょうちいたしました、殿下」


 側近は頭を下げた。

 シーパング国、果たしてどのような国なのだろう――イスタス王子は遠く空へと消えていく機械兵器を見送った。



  ・  ・  ・



 スティグメ帝国の攻撃第一弾は、とりあえず頓挫とんざさせた。

 ディグラートル大帝国と交戦している分については、連中に任せる。互いに潰し合ってくれれば、こちらは楽になる。

 バルムンク艦隊はヴェリラルド王国に帰還した。


「状況を整理する必要がある」


 会議室には、俺はアーリィーと、ディーシー、ダークエルフのラスィア、シェイプシフター杖ことスフェラがいる。


「まず、スティグメ帝国――報告を頼む」

「承知しました、主様」


 スフェラは、シェイプシフター諜報員が集めてきた情報を披露した。


「地下世界の主な住人は吸血鬼です。その他種族は少数であり、すべて奴隷階級となっています」


 基本、吸血鬼たちの世界ということか。

 アーリィーが挙手した。


「その奴隷というのは? 地上からさらわれた人とか?」

「はい、吸血鬼たちは定期的に地上の人間や亜人種族を拉致らちしています。ただ、地下世界にいる人間の大半は、連れ去られた人間が交配して生まれた者たちで、吸血鬼の資源として利用されています」

「資源……」


 アーリィーの表情が曇る。ラスィアもまた眉をひそめた。


「それはつまり、家畜みたいなものですか」


 コクリ、とスフェラは首肯した。吸血鬼どもは何とも胸くそなことをしているらしい。


「こちらが地下世界と形容するスティグメ帝国は、9つのコロニーが存在し、それらは転送装置によって行き来しております。世界の広い範囲に分かれているため、物理的な繋がりはありません」

「9つ。……確か、敵が出てきた場所は――」

「8カ所。アンノウン・リージョンや秘境などにある大穴は、それぞれのコロニーに繋がっています」

「1カ所、まだ確認されていない穴がある?」


 アーリィーが聞けば、スフェラが頷いた。


「はい、コロニーの中で唯一、地上に通じている穴がない場所こそ、スティグメ帝国の本国があります」


 それはつまり――


「地上から本国を直接攻撃することができない、ということか?」

「そうなります、主様。本国に行くには、他コロニーの転移装置を利用するしかありません」

「敵の本拠地を叩くには、8つのコロニーのうち、最低ひとつを攻略して転送装置を使えるようにしないと駄目ってことか」


 面倒だ。というより――


「やっぱ他のコロニーも全部どうにかしないと、吸血鬼軍の野望を阻止できないか」


 俺は世界地図を見下ろした。


「わかっている地上への出入り口を、大帝国領にあるもの以外塞いでしまおう」


 ゴーラト王国近くと辺境国家群の穴はぶさいだ。大帝国とドンパチやっている場所以外の大穴を封鎖ふうさして、出入り口の数を減らす。


「ただ、スティグメ帝国軍を打倒するには、8つのコロニーの、とりわけ転送装置をどうにかする必要がある。本拠地攻略に使うもの以外は、装置ごと破壊するなり使えなくして逃げられないようにする」

「かなりの地上部隊が必要になりそうだね」


 アーリィーは考え込む。ディーシーが口を開いた。


「どうかな。転送装置のもとに少数の工作部隊を送り込んで破壊してしまえば、それでそのコロニーを封鎖もできよう?」

「しかし、ディーシー。閉じ込めた吸血鬼たちはどうするのです?」


 ラスィアが問うた。


「結局、制圧のために部隊を送らねばならないのではないでしょうか?」

「それなんだが……」


 俺は前に研究させていたアレを思い出していた。


「アポリト文明を終わらせた魔力消失装置。あれで吸血鬼はほぼ滅ぼせた。あれを作れないかと研究を進めていたんだが、それをコロニーに設置して作動させれば、敵を殲滅せんめつできる」


 不死身のディグラートル皇帝を無力化できないか、と研究していたやつだがな。魔力消失空間が吸血鬼にとっての天敵であるなら利用しない手はない。


「俺たち人間は魔力がなくなっても生きていけるが、吸血鬼は魔力がなければ生きていけない」

「なるほど! それなら地下世界で使っても、吸血鬼以外の種族は傷つかずに済むね」


 アーリィーは声を弾ませた。下手に爆弾やら破壊兵器を使わずに、吸血鬼だけを始末できるというのは、実に効率的と言える。


「とはいえ、確実に倒したか確認は必要だとは思う。あの時代から、少数ながら吸血鬼は生き残っていたわけだからね」


 だが、それでスティグメ帝国の戦力をほぼ壊滅かいめつさせられるなら、やるべきだろう。

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