第1156話、イスタス王子と会談


 勝手にやってきたので、長居せずにさっさと帰ります、と俺は宣言しておいた。

 そりゃそうだ。知らない人間が土足で家に上がっているようなものだ。まともな人間なら、できるだけ早くお引き取り願いたいところだろう。


「待て、待ってくれ、ビショップ侯。貴殿らはここを早々に立ち去るというのか?」

「そのつもりですが」


 王子の側近と護衛がざわついた。


「貴国は、あの強大な吸血鬼の軍隊を蹴散けちらしてみせた。おそらくかなりの力を持った大国なのだろう。……この国を占領せんりょうしないのか?」


 占領?


「しませんよ。そんな面倒なこと、我がシーパングはしておりません」

「め、面倒と申すか?」

「はい。なにせ、シーパングはここより遥かに遠方。支配するには遠すぎますし、そもそも人様の土地を奪わなくても豊かに生活できますから」


 意外だ、と言わんばかりの王子と御一行様。


「で、では、我が国と友好関係を結ぼう」

「はい?」

「ここで会ったのは何かの縁だ。今後のことを含めて、話がしたいのだが――」


 うん、嫌な予感しかしないね。とはいえ無視するわけにもいかない。相手は王族だからね。礼儀はわきまえないといけない。


「失礼ながら殿下。いま、この国を統治される立場にあらせられるのは殿下でございますか?」

「王である父は殺された」


 イスタス王子は瞑目した。


「兄たちも戦死した。もし貴国が我らにこの国を任せていただけるなら、次の王は私ということになる」


 なるほど。この王子が国家元首になるわけか。


「わかりました。では、会談と行きましょう」



  ・  ・  ・



 王城は奪回された。スティグメ帝国軍は巨人機と防衛戦力を失って逃走。その結果、城はあっさりと陥落した。

 とりあえず本格会談の前に王都の住民たちに食料などの物資援助を行った。イスタス王子からは速やかな支援を感謝された。


 手早く王城の確認作業が行われ、会議室を洗浄。そして会談となった。

 まずはスティグメ帝国軍による侵略により、王国はかなりの損害を受けた。王都以外でも敵が襲撃したのは、俺も諜報部からの報告で知っている。


「細かな調整は今後詰めていくとして、まずこちらの考えを聞いてもらいたい」


 イスタス王子は真っ直ぐだった。二十代前半くらいの青年だが、実に堂々としている。


「復興と共に、スティグメ帝国なる敵を排除しなくてはならない。国をまとめねばならないが、残念なことに我が国単独では敵を撃退することもできない」


 そうだろうな。俺は黙って頷いておく。


「私個人としては、あなた方シーパング国のお力にすがるしかないと思っている」

「現状それが最良でしょう」

「だがこの手のことを要請するとなると、それなりに見返りがなければならない。貴国も益にならぬことはしないだろう」


 スティグメ帝国軍という厄介者を潰せればそれでいい――というのは俺の考えだ。国家間の話し合いとなると、そう単純にはいかない。


「こんなことを言うと臣下に叱責されようが、正直に言ってしまえば、もうシーパング国が我が国を制圧し、その支配下に置いてくれたほうがいい」

「殿下!?」


 予想通りというべきか、彼に従う配下の者たちが慌てた。王子は冷静に言った。


「わかっている。本来、王族が口にすべきことではないことくらい。だが、こちらからシーパング国に頼める立場なのか? 彼らからすれば、この国を支配するのは容易かろう」


 吸血鬼に支配されるよりマシ、ということか。俺が自国の領土拡大を目指して西進しているなら、喜んで制圧もしただろうが、あいにくとそういうつもりはない。自分のところで手一杯なのに、面倒を見る国が増えるなんてとんでもない。


 ヴェリラルド王国の者として来たのなら、ここは本国に持ち帰ってエマン王にご相談、という状況なのだが、俺は自分の作った架空国家の代表という立場でここにいる。

 要するに俺の一存で決めてしまえるということだ。……後でエマン王たちに話したら、どうこう言われてしまうだろうけど。


 まあ、もうすでに面倒を見ることになるんだろうな、という予感はあった。


「殿下、本音を言ってもよろしいですか?」

「構わない」


 占領したい、そうだろう? と言わんばかりの王子。


「あなたの本音を言えば、我が国が使っている兵器が欲しい。違いますか?」


 スティグメ帝国を追い払った軍備。普通なら欲しいよな? 自国を脅かす脅威と戦える力は、その国の統治者なら求めて当然だ。


「むろん、もらえるモノなら欲しい」


 いささか拍子抜けしたようだが、イスタス王子は真面目な顔で頷いた。


「しかし、貴国はその軍事力をもって支配すれば簡単なのではないか?」

「うちはディグラートル大帝国と違いますから。領地を広げることにあまり関心がありません」


 俺は営業スマイルを浮かべる。


「友好国としてなら、我が国と交易もできるでしょう。資源やお金と引き換えに、復興支援、兵器の提供などなど」


 つまり出すもの出すなら、兵器も売りますよってことだ。


「買えるのか!?」

「もちろんです。ただ兵器ゆえに、かなりお高いですが」


 安くないと牽制けんせいはいれておく。もっとも剣だろうが鎧だろうが、武具は高いものという常識があるから、そのあたりはお察しいだけると思う。


「それと、大陸に勢力を伸ばしつつあるディグラートル大帝国に対抗する同志を我が国は求めております。東の連合国とは同盟関係にあり、西方でもヴェリラルド王国、リヴィエル王国なども加わっております」


 それらの国々の名を挙げてトドメ。


「もし対ディグラートル大帝国連合に加わってくださるなら、提供兵器の大幅な値引きもしております」

「その連合に加われば、かの大帝国が攻めてきた場合、支援や援軍を期待してもよいのか?」


 王子は笑みを浮かべるが、かなり引きつっていた。思いがけないお宝を目にして、半ば自分を抑えきれないといったところか。


「その通りです、殿下。大帝国が貴国に侵攻するようなことがあれば、今回のように我がシーパングが救援に駆けつけましょう」

「否が応でもない。かの大帝国の侵攻は頭の痛い問題だった。貴国のような頼もしい同盟者がいるのは心強い」


 イスタス王子は席を立つと俺に握手を求めた。


「子細についてはまだ先になるだろう。だが私としては、貴殿とシーパング国と出会えた今日を生涯忘れない」


 たとえ代償が大きかろうと吸血鬼に支配されるよりマシだ――王子の顔にはそう書いてあった。

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