第1155話、ゴーラト王国の王族


 時間は少し巻き戻る。

 王都上空での交戦が激しさを増す中、地上の市街地でも戦闘が拡大していた。

 そんな中、王城にほど近い場所にある兵舎の立ち並ぶ一帯は、吸血鬼兵が監視する捕虜収容所となっていた。


 ゴーラトの住民の生き残りたちは、こちらに人数の上限を無視して放り込まれて、暑さと共に強いストレスに苛まれていた。

 王都で爆発音が連続して響き渡った時、住民たちは恐怖に震えた。


 そもそも、これまで圧倒的な爆発音や戦闘など経験したことがなかったからだ。王都が攻め込まれた時、まるで神話の世界の魔法が繰り出され、天変地異が起きているのではないか、と錯覚さっかくする者が後を絶たなかった。


 だから、外の戦闘音が吸血鬼と戦う人類勢力だと想像できなかったし、そもそも戦闘とすら思っていない。神罰か、あるいは悪魔の暴虐ぼうぎゃくが繰り出されていると、半ば本気で考えていた。

 そんな住民たちを下級の吸血鬼兵が見張っていた。


 周辺を警戒する魔人機は敵の迎撃に向かった。王都内でも敵兵が侵入して交戦しているが、まだ敵の姿はなかった。

 むしろ来るなら司令部となっている王城だろうと、どこか気がゆるんでいた。


『……やれ』


 その合図の直後、監視塔にいた吸血鬼兵が脳天を撃ち抜かれて倒れた。

 歩哨ほしょうに立っていた吸血鬼兵も次々と対魔力消滅弾頭の銃弾を食らい、倒れていく。


『GO!』


 敷地への門を守備していた兵が地に伏したと同時に、黒い戦闘服姿のシェイプシフター兵が一斉に突入を開始した。

 素早く、音もほとんど立てず、周囲の建物や障害物のそばを駆け抜ける。数名のチームを組んで浸透しんとうするシェイプシフター兵。


 彼らは敵と見るやサプレッサー付きの銃で、その頭や胴などの急所を撃ち抜いていった。さながら特殊部隊のそれで、吸血鬼兵は出会い頭に射殺されていく。


「侵入者! あうっ」


 銃声らしからぬ消音された攻撃を連続で浴びて、吸血鬼兵がドサリと地面にぶつかる。

 さすがに、敵が侵入されたことに気づく者が現れたが、それらが警報を流すことはなかった。


 兵舎を囲む外壁の兵を狙撃された後、一気に登ってきたシェイプシフター狙撃兵たちが射線内の吸血鬼兵を次々に撃ち殺していったからだ。

 そして警備の兵が倒されていくと、収容されていた王都住人たちもそれを知ることになる。


 突然、自分たちを見張っていた吸血鬼兵が頭を吹っ飛ばされるのだ。悲鳴が上がり、何が起きたかわからず周囲を見回す。

 敵が死体となり、黒い戦闘服の集団が彼らに告げる。


『ここの敵は片付けた。ここから逃げろ。ただし、こちらの邪魔はするな』


 逃げろ、と聞いても動きはにぶかった。

 シェイプシフター兵たちが敵か味方かわからなかったこと。集団の心理として、誰かが動かないと動けなくなるという現象が起きたからだ。


 周りの様子を窺い、誰かが動くまで自分では判断が下せなかったのである。

 が、外の様子を見て本当に敵兵が倒れているのを確かめたら、外に近い者たちから押し込められていた兵舎から出ていく。


 一人、二人――外に出て安全とわかると門まで走って脱出。その流れができてしまえば、捕虜たちの大脱走は始まった。

 小さな水の流れが、やがて川に合流するように、人々は逃走を開始した。


 シェイプシフター兵たちはその様子を見たが、特に何をするでもなく敵兵の掃討を優先した。

 彼らは捕虜を収容所から脱出させるように命じられたが、住民を保護しろとは言われていなかったからだ。


 辺境国家群の時と同様、スティグメ帝国を叩いたらさっさとおさらばする。進駐や駐留もなし。

 その予定だったのだが――


「そこの黒い者よ。貴殿らは何者か?」

『……』


 話し掛けてくる者が現れた。やや薄汚れているものの、着ているものは上等。若く長身の青年だ。


「私は、ゴーラト王国第三王子イスタスである。貴殿らは何者かと聞いている!」



  ・  ・  ・



 ゴーラト王国の王子が地上部隊と接触した。

 その報告が俺のもとに届いた。収容所まですぐそこなので、タイラントでそのまま乗りつける。


 敷地の開けた場所に、王子とその護衛と思われる数人がシェイプシフター兵と共にいた。まずはご挨拶。


「お待たせしました、殿下! 機上からのご無礼お許しいただきたい」

「貴殿が、指揮官か?」

「如何にも!」


 俺はコクピットから降りて、王子とやらの前まで行くと略式の敬礼をした。


「シーパング国、ビショップ侯爵でございます」


 偽名である。ヴァリラルド王国とは国交がないゴーラト王国である。突然やってきてドンパチやった件が、どう転ぶかわからない以上、ヴェリラルド王国に迷惑をかけるわけにもいかない。

 まあ、バルムンク艦隊は独立艦隊。架空国家シーパングを名乗ったところで実害はない。


「貴族だったか。ゴーラト王国第三王子、イスタス・カルヴィアン・ゴーラトである」


 青年王子は背筋を伸ばした。


「この度は、貴殿らに命を救われた。まずは礼を言わせてもらう」

「恐悦至極にございます」


 俺が頭を下げると、王子は言った。


「結果的に助けてもらったわけだが……貴国、シーパングだったが。こちらに来た理由を聞かせてもらってもよいだろうか?」


 当然の疑問だ。見知らぬ軍隊が、人の敷地内で暴れまわったわけだから。


「スティグメ帝国……この国を制圧しようとした吸血鬼の軍隊ですが、それを排除するために来ました」


 ここは嘘をつく必要もないので、そのまま伝える。


「吸血鬼……!」


 王子の表情がゆがむ。


「あやつらも言っておった。我ら人を下等な種族と呼び、好き放題しておった。父は殺され、命惜しさにへりくだった叔父も、虫けらのように殺された!」


 へりくだった、とか……。まあ、気にいらない人間は容赦ようしゃなく殺したのだろうと思う。たとえば、貴族の権威で威張いばりちらしたり、大口叩いて無礼極まりないやからも、真っ先に処理されただろうな。


「吸血鬼どもはこの大陸征服を目論見、さまざまな場所で災厄をまき散らしております。我々はそれらを叩くためにやってきました」


 俺は事務的に告げる。


「なので、連中を駆除した後はこの国からも早々に退去いたします」

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