第1150話、混沌の大帝国
ディグラートル大帝国本国、帝都カパタール。
皇帝死去の
大帝国民に正式発表はされていないが、伝え聞いた者たちは近くの者にそれを話した影響で、その悲報は広がっていった。
噂が歯止めがきかない状態で広がり続けるのは、大帝国が抱えていた大問題にも影響する。
つまり、後継者問題である。
皇帝ディグラートルには、かつて妻がいて息子が二人いたが、すでにこの世にいない。側室を抱え、女を抱きまくった皇帝であるが、何故か子はできなかった。
否、実はディグラートル自身、作る予定がなかったから作らなかっただけだ。隠し子がいたから、作る気にならなかったのかもしれない。
だが、周りにとってはとんでもないことだ。
そして
後継者がいない、と公式に思われていたことが対立を加速させた。
争いは軍部と議会の間で発生した。
皇帝の手足として力を持つ軍部に対して、大帝国貴族たちの集まりである議会。貴族たちはより権力を求め動きだす。
それは軍部上層部にいる高級貴族たちもそうであり、結局、貴族による帝位争奪戦が始まったのだ。
「身内で争うことになるとは!」
大帝国陸軍元帥であるケアルトは
海軍長官であるアノルジと通信装置を通して会談中である。
『頼むからうちの海軍を巻き込んでくれるなよ。例のスティグメ帝国とやらの対応に船が足らんのだ』
海軍と空軍が統一され、『海軍』となった大帝国だが、空中艦隊はエルフの里侵攻に加え、スティグメ帝国との戦いで大きな損害を受けていた。
『とにかく、生産拠点が生きているから順次艦艇を投入している格好だが、権力争いで供給が滞れば、戦線は崩壊するぞ』
アノルジの声には苛立ちがこもっていた。
『うちの海軍の中にも、貴族連中に尻尾をふって原隊離脱が相次いでいる。敵前逃亡で撃ち殺してやりたいくらいだ』
「なんだ、まだやってなかったのか」
ケアルトは真面目な口調で言った。
「私のところではすでにやっている。皇帝陛下の御威光に逆らった反逆者は誅されて当然だ」
『……どいつもこいつも、自分こそが陛下の後継者とのたまっているんだがな。誰が敵で、誰が味方なのだ?』
「私が味方であり、私以外が敵だ」
ケアルトは無骨なその顔と同様、まったく冗談の欠片もない表情で言った。もっとも、通信機にモニターがないので、どんな顔をしているかなどわからないが。
現在、大帝国は皇帝の後釜を狙って有力貴族らが活発に動いている。アマド侯爵を首魁とする議会勢力。今は亡き皇帝の妃だったイーアナを出したコルバ侯爵家。そして軍部はケアルト元帥の勢力が、中心となって動いている。
スティグメ帝国との戦争があって、その防衛も担わなくていけない大帝国軍であるが、混沌を極めていた。
指揮官には貴族出身の将校も多く、自身の部隊を引き連れて所縁のある勢力に参加する事例が多発。
貴族と関係の少ない者も、各勢力から『お前はどの勢力の味方だ?』『出身は我が領であろう?』と脅迫めいた連絡がきて参加を求められる始末だった。
いずれは武力を伴ったクーデターめいた事態に発展するだろうと予想された。
自分こそが皇帝陛下の後継である――アピール合戦が繰り広げられる中、海軍長官のアノルジはいち早く声明を出した。
『我が海軍は、侵略者への対応に忙しいため、参加要請に応じない。後継者が決まったら、その方に従うので、そちらで後継者を決められたし』
要するに、やりたい奴らで勝手に決めてくれ。オレたちを巻き込むな、ということである。
同時に海軍内に対しても――
『我が海軍は内政に関与せず、ただ命令を遂行せよ。この決定に従わず離隊する者は脱走と見なし処分する』
そう宣言した。だが貴族連中を抑えることはできなかった。ケアルトが離隊者を処分していないのかと言ったのはこれが原因である。
『同胞に弓を引くのは嫌なんだよ。組織のトップが言っておけば牽制になると思ったんだがな。……海軍長官が聞いて呆れる』
アノルジは自嘲するように言った。ケアルトはつい同期に同情してしまう。
「仕方あるまい。統合されたとはいえ、元空軍の連中は海軍と馴染めないのかもしれん。すべて戦中に起こったことだ。事態の目まぐるしさに追いついていないのだろう」
『優しい言葉をかけるじゃないか』
アノルジは皮肉っぽく言った。
『だが貴様の魂胆はわかってるぞ。海軍を自陣営に取り込みたいんだろう?』
「貴様がそうしてくれるなら、皇帝の後継問題も早々にケリがつく」
『その間にスティグメ帝国にやられて、大帝国はおしまいだ!』
通信機の向こうでアノルジは叫ぶように言った。
『正直、本国でゴタゴタをやっている状況じゃないんだよ。さっきも言ったが、スティグメ帝国の連中の対応で海軍は手一杯だ。内部闘争が長引けば、後継者が支配する大帝国そのものがなくなるぞ』
本国においては東部戦線、南部戦線とも持ち直した感があるが、広大なる大帝国領に目を向ければ、スティグメ帝国が
『このままだと外地がどれほど奴らに食われるかわかったもんじゃない』
「外地より本国が優先だが、貴様の言い分は理解した。こちらも早急に決着を図ろう」
ケアルトはアノルジから欲しかった味方になる、という言葉を諦めた。少なくとも敵に回ることもないのがはっきりしている以上、手前の戦力で何とかする。
『そうかい。せいぜい急いで始末をつけてくれ。……あー、そうだ、ひとつ忠告しておくがな』
「なんだ?」
『事を急ぐからって、シェード将軍への対応は間違えるなよ』
「シェード?」
あまり聞きたくのない名前だった。常勝将軍であるマクティーラ・シェードではあるが、大帝国の貴族には成り上がりの彼を嫌う者が多い。それはケアルトも同じだった。
『海軍が外敵に手一杯な現状、あやつの部隊は、かなりの有力な戦力だ。先の南部戦線でもひと働きをしたからな。自陣に引き込めれば、かなり有利になるだろうよ』
「私に奴を引き入れろというのか?」
『いや、無理だろう』
アノルジはあっさりと言った。
『あやつは皇帝陛下の命令で動いていた。オレ同様、後継問題が解決するまでは内政に関わらないだろう。……だが、あやつは魔神機を保有している。狙っている奴も多い』
「シェードから魔神機を取り上げる?」
『逆だ、逆。あやつには関わるな。下手にちょっかいを出さなければ、敵にはならんだろうが、手を出せば――』
アノルジの声が低くなった。
『オレと違って、敵に回るかもしれん。……いいか? 手を出すなよ。わかったな?』
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