第1148話、訃報


 大帝国本国、南部戦線。

 一時はスティグメ帝国第10艦隊に押し込まれていた南部守備軍だが、マクティーラ・シェード将軍の遊撃隊が駆けつけたことで形成は逆転した。

 風の魔神機セア・エーアール、土の魔神機セア・ゲーを中心にした戦力は、スティグメ帝国軍を圧倒した。


 戦艦『ラプトル』。シェードが司令官席から見守る中、ルンガー艦長は短く命令を発した。


「左舷、敵クルーザーに集中。撃て!」


 30センチ魔法砲が光弾を放つ。翼を広げたドラゴンのような姿をしたスティグメ帝国クルーザーに、インスィー級戦艦の主砲が突き刺さり、爆発、炎上させる。

 オノール参謀長は言った。


「決まりましたな。敵戦艦はセア・エーアールが撃沈。敵残存艦艇は後退しつつあります。ひとまず南部守備隊は持ち直しの時間を得られるでしょう」

「だといいがな」


 シェードの表情は硬い。


「敵がどれほどの戦力を持つ国なのか。今の規模は本隊なのか、あるいは前衛部隊なのか、それすら我々にはわからないのだ」


 エルフの里にも現れた。飛行する艦艇、航空兵力に魔人機など……。その規模、戦力は大帝国に匹敵するか、それを上回るかもしれない。


「これからはスティグメ帝国に対応していくことになるだろう。目下の脅威は、我らが祖国を脅かす勢力なのだからな」


 シーパングという強大なる敵が存在するが、あれはスティグメ帝国と違い、大帝国本国に攻め込んできているわけではない。


 謎の神出鬼没の艦隊が本国やその周辺をウロウロしているが、その活動は最近小規模であり、また民間人には攻撃してこないので、とりあえず後回しにできるだろう。

 シェードが今後の大帝国の行動について想像を巡らせていると、通信参謀が深刻な表情でやってきた。


「将軍閣下、帝都より機密通信が届きました……」

「帝都から?」


 機密通信という単語も気になるが、大帝国帝都からの通信ということがさらに緊張を帯びてくる。

 もしや、皇帝陛下直々の通信ではないか?


 エルフの里攻略に失敗したことに関する事柄の可能性もある。電文を持ってきた通信参謀が、この世の終わりでも見たような青い顔をしているのも、それに拍車をかける。


「……」


 ひと呼吸を置いて、シェードは中身を確認する。そして驚愕きょうがくした。


「これは、本当なのか!?」

「……いえ、私にはわかりかねます」


 通信参謀は口元を引き締めた。


「ただ、帝都よりの機密電ですから、偽装や偽の通信ではないと思われます」

「……」


 シェードは押し黙る。


「閣下、帝都で何か?」


 オノール参謀長や他の幕僚ばくりょうたちが注視してくる。シェードは黙って彼らを見渡す。

 果たして今、言ってもいいことなのか? いや、しかしいずれは彼らの耳にも入ることだ。


 ディグラートル皇帝陛下が崩御ほうぎょされた、などと。



  ・  ・  ・



「戦死?」


 戦艦バルムンクの艦橋で、俺は諜報部のスフェラからの報告に耳を疑った。


「あのクルフが、スティグメ帝国との戦いで戦死したと?」

『大帝国では、上級将校ならびに貴族の間に通達されつつあります』

「ディグラートルがくたばった」


 ベルさんは鼻をならした。


「信じられるか、ジン?」

「信じられないね。……あいつは不死身だぞ」


 死ぬはずがない。だが現実に大帝国では皇帝の死が広がりつつある。

 大帝国本国に攻め込まれ、東部戦線に皇帝自ら出陣したという。攻防の末、大帝国本国艦隊は大きな損害を出しつつもスティグメ帝国軍を撃退に成功した。


 しかし、敵艦隊に斬り込んだ旗艦は味方を鼓舞したが結果的に撃沈されてしまったのだそうだ。

 脱出の余裕もない爆沈だったようで、その場にいた友軍からは戦死間違いなしと判定されたのだった。


「ふん、爆発の瞬間に転移して脱出しているだろうさ」

「しかし、ベルさん。転移したんだろうけど、あいつどこに行ったと思う?」


 少なくとも大帝国の連中はその所在を知らない。知っていれば、崩御うんぬんという話もここまで大きくなる前に収束しただろうし。


「あの野郎、自分が転移魔法を使えるって大っぴらにしてたっけか? 出るに出れないだけじゃねえの?」


 ベルさんが控えめに笑う。

 転移魔法が使えるというだけで大騒動になる。俺たちの前じゃ、バンバン転移してたけど、普通はそんなにやるものでもない。


「案外、ノイ・アーベントで飯食ってるんじゃね?」

「あり得るな。それらしい人物がいないか確認はさせておこう」


 俺はそこで、ふと思った。


「もしかしたら皇帝の姿ではなく、クルフの姿で大帝国にいるのかもな。皇帝の姿しか知らないから、いるのに気づいてないとか?」

「そうする意味あんのか?」


 ベルさんは唇を尖らせた。


「皇帝不在で困るのは大帝国だろうに」


 指導者不在は戦時中であることを考えれば異常事態だ。すぐに後継を決め、国難に当たらなければならない。

 ……そうなんだけど、ディグラートルが死んだという感覚が俺にはなく、ベルさんもまた同じようだった。


 混乱してる、隙ができた、なんて思えないんだよなぁ。何か壮大な罠じゃないかって疑ってるくらいだ。


「世間様はそうは思わねえだろうがな」


 ベルさんは首をひねった。


「大帝国の動向は注視する必要があるだろう。内部分裂してくれたら面白いんだけどな」

「スフェラ、引き続き情報収集を頼む」

『承知しました』


 スフェラが頭を下げた。

 さて、と少しいつもより大人しいベルさんが改まった。


「なあ、ジン。ちょっとオレに兵器の開発スペースを貸してくれねえか。魔力はオレのを使うから、そっちに迷惑はかけねえ」

「ベルさんがそう言うなんて珍しいな。……ブラックナイトか?」


 スティグメ帝国の鬼神機と一騎討ちして大破したベルさんの愛機。相手は倒したが結構ダメージも大きかった。


「それもだがな、オレも専用の艦が欲しくなったのさ」


 黒猫姿の魔王様は言った。


「オレも艦隊が欲しい」

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