第1147話、我が拳は、吸血鬼を討つためにあり


 ドゥエル・シュヴェーアトを駆る大帝国騎士ザイドゥルは怒りに燃えていた。

 神聖なる大帝国の領土を攻撃された。祖国を深く愛する男にとって、それは我慢のならない事態である。

 まして、住民を虐殺する悪辣あくらつな者どもは、まとめて地獄へと送ると息巻く。


 1機だけ他と異なる指揮官機らしい魔人機。騎士の鎧じみた外装だが、フォルムは中々屈強くっきょうに見える。だが――


「我が超硬度振動剣が、すべてを両断する!」


 ザイドゥルは、シュヴェーアトを突撃させた。

 渾身こんしんの一撃! しかし敵指揮官機は、ひょいと飛び退いた。がっちりした外見の割に身軽なその動き。


『おっとぉ~!』


 相手の機体の拡声器から聞こえるは、人を小馬鹿にしたような軽薄けいはくな声。


『地上人ってのは愚かなのは本当だなぁ。そんなウン千年前の旧型を使ってるんだからなぁ! 新しいものを作る頭はないらしい』

「抜かせ!」


 ザイドゥルはシュヴェーアトに剣を構えさせる。


「民に危害を加える人道なき蛮族よ。真に愚かなのは貴様らだ!」

『うーん、おたくの機体が古すぎてボクちゃん、覚えてないわ。なんつったっけぇ?』


 まるで話が通じない敵指揮官の嫌味な言い回し。安い挑発だ。しかし、生真面目なザイドゥルは吠えた。


「ならば、その腐りかけの脳に刻め! 我が名は大帝国騎士ザイドゥル! ドゥエル・シュヴェーアトが貴様を討つ!」

『ありゃ、騎士に名乗られちゃあ、答えんわけにもいかんなぁ。スティグメ帝国十二騎士、第三将、ジェモー/ゲモニー。鬼神機ディディモスが相手をしてやんよぉ!』

「覚悟!」


 シュヴェーアトは踏み込んだ。獣足――瞬時に肉薄するそれは、敵の予想を超え、必殺の距離に迫る。

 その速度、稲妻の如し!


「大太刀、雷光ォォッ!」


 脳天から真っ二つに引き裂く一撃。それはディディモスと名乗る鬼神機を左右に一刀両断――


「ぬっ!?」


 振動剣が地面にぶつかった。ザイドゥルは敵を切った手応えを感じず、一瞬、息が詰まった。

 左右に真っ二つ――否、ディディモスは分離したのだ!


『ばぁ~かぁ~めぇ~!』


 中心から割れたディディモスは、それぞれ変形して2体の人型マシンに変形した。


『ふははぁ! 残念だったなぁ~! ディディモスは双子機なんだよぉ~!』

『つまり、2機が合体、分離する鬼神機だってことだぁ!』


 それぞれの機体からパイロットの声が聞こえる。


『行くぜ、兄者!』

『ゆくぞ、弟よ!』


 パッと左右に散る2機のディディモス。1機が正面、もう1機がシュヴェーアトの後ろへと回り込む機動を見せる。


「2対1かっ!」


 ザイドゥルは正面の敵をまず攻撃。ひらりと躱す正面のディディモス。すぐに後ろの敵が来る――


『おせぇよ!』


 後ろのディディモスのジャンピンクキックが炸裂さくれつした。シュヴェーアトは吹き飛ばされる。


『そらそらぁ! どうしたよ、大帝国の騎士さんよぉ!』


 2機のディディモスは素早く動き、絶妙なタイミングで連続攻撃を繰り出す。一度攻撃が入ってしまえば、もはや為す術なし。

 殴る、蹴る、で障壁を貫通した打撃がヒットし続け、シュヴェーアトのダメージが増えていく。コクピット内のザイドゥルもまた、その衝撃に意識が飛びそうになる。 


『威勢はどうした? 地上人?』

『おれら兄弟には勝てんとわかったか? あっはっはっー!』

『トドメを刺してやるよぉ~!』


 ディディモスが一歩踏み出した時。


『ジェモー様! 敵がもう1機――』


 部下からの通信。ジェモーは憤る。


『んだよ! こちとらフィニッシュってところを――』

『2対1とは、卑怯というものではないか、吸血鬼』


 新たな声が響いた。朦朧もうろうとしかけたザイドゥルにもその声は届いた。


「レオス!」


 それは悠然ゆうぜんと廃墟の町並みを歩いてきた。旧アポリトの十二騎士専用魔神機。その名をドゥエル・ファウスト。

 アポリト最後の十二騎士のひとりである、レオス・テルモンが駆る機体である。


 スティグメ帝国魔人機が、ドゥエル・ファウストに挑む。まるで無防備に歩くファウストに、迫るドゥエル・ペンテだったが――


 ガシャン、と、突然ドゥエル・ペンテは跳ね飛ばされた。

 何が起きたのか、一瞬のことでわからなかった。だが吹っ飛んだ魔人機の胴体には穴が開いていた。

 そしてそれは、ドゥエル・ファウストに近づく魔人機に次々と発生した。胴がえぐれ、腕や足のパーツが飛ぶ。


 ドゥエル・ファウストは何事もなく歩いている。傍目にはドゥエル・ペンテが勝手に吹っ飛んでいるように見えたことだろう。

 あまりに速すぎるドゥエル・ファウストの拳。目にも留まらぬパンチとはこのこと。まばたきのスピードで繰り出された拳が、迫り来る魔人機を破壊し弾き飛ばす。


『なんなんだ……おめえはよぉ~!」


 ディディモスが駆ける。しかし、やはりあと数歩の距離で見えない鉄拳を食らい、動きを止められる。


『兄者!』

『ぐぉ!? み、見えねぇ!?』


 さながらお手玉をされているように、ディディモスのボディが浮いた。ファウストはただゆっくりと歩いているだけにしか見えず、それに合わせてディディモスが動かされている。そして跳ねるたびに、鬼神機が壊れていく。


『おのれぇ!』


 もう片方のディディモスがジャンピンクキックで、ドゥエル・ファウストに飛びかかった。しかし――


『遅い!』


 ドゥエル・ファウストは横に一歩動いて飛び蹴りをかわすと、はっきり見える形で拳をその胴に打ち込んだ。

 ディディモスのボディがくの字に折れ曲がった。そしてまるで地面を割るかのごとく、片割れが真っ二つに破壊された。


『ぐぉぉぉ――っ!?』

『ゲミニーィィィ!』


 ジェモーが弟機が爆発するのを目の当たりにする。だが感傷にひたる間もなく、ドゥエル・ファウストが視界を覆った。


『我がけんは、吸血鬼を滅ぼすために研鑽けんさんを重ねてきた。父を、母を、我が師を奪った者たち! 吸血鬼、滅ぶべし!』


 ドゥエル・ファウストの回し蹴りが、ジェモーのディディモスを大空高くへ吹き飛ばした。

 そしてついに機体の限界を迎えたディディモスは爆発四散した。


 スティグメ帝国十二騎士、第三将、墜つ。

 東部戦線でのスティグメ帝国の攻勢が弱まる契機となり、やがて戦線は膠着こうちゃくしていく。

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