第1145話、大帝国本国、南部戦線


 ディグラートル大帝国は、ここ数年の拡張により広大な領土を得ていた。

 西方遠征と東方遠征は、ウィリディス軍の活動なければ、おそらく大陸全土掌握しょうあくも時間の問題だっただろう。


 現実には大遠征は足止めを余儀なくされ、予定された支配域の拡大とはならなかった。

 そしてここへきて、スティグメ帝国なる新勢力が現れ、大帝国に牙を剥いた。


「南部からもきたか!」


 大帝国本国南部守備軍、グラッドン大将は南部守備軍司令部にいた。

 エルフの里攻略に大軍が遠征。手薄になった時に敵の出現。そしてこれがまた強力ときている。

 すでに大帝国本国は東から現れたスティグメ帝国艦隊による攻撃を受け、本国艦隊と守備軍が応戦している。


 グラッドン大将の南部守備軍は東部守備軍に増援を送った。だが大帝国近くに現れた別のスティグメ帝国軍が、南方から本国に進出してきた。

 こちらも戦艦1とクルーザー5を主体とする艦隊を繰り出したが、元より戦力を分派した影響で敵艦隊に対して圧倒的に劣勢であり、事実あっさりと撃破されてしまった。


「帝都から援軍がこなければ、地上にいくら兵力があっても連中を阻めんぞ……」


 グラッドン大将は焦燥に駆られる。

 南部要塞も、空中艦隊が相手では迂回うかいされてしまう。敵は大帝国に匹敵する魔人機や航空兵力を有していて、まったく油断ができなかった。

 グラッドン自身、南部守備軍指揮官に就任して以来、ここまでの緊張を感じたことはなかった。


「敵魔人機! 空から接近!」


 観測員からの報告。

 背中にコウモリのような翼状の推進機を積んだスティグメ帝国製魔人機が飛来する。

 迎え撃つ大帝国陸軍の主力はドゥエルタイプと、Bクラス機のカリッグなどの陸戦機だ。


「あれで対抗できるのか?」


 グラッドンの呟きに参謀長は答えた。


「はっ、一応、飛行できるリダラ・タイプやセア・フルトゥナといった機体もあるにはあるのですが、配備数が圧倒的に少数です」


 地上から牽制けんせいの対空射撃を行うドゥエルやカリッグだが、スティグメ帝国のヴァンピール、デビルナイトは、魔人機特有の防御障壁しょうへきを持っているので、その程度の飛び道具は通用しない。

 ランスやブレードを持ったスティグメ帝国機は高速で低空を飛び、地上の大帝国機に一撃離脱を仕掛ける。


 上からの攻撃に対応しようと動きが鈍くなる大帝国機は、障壁貫通の近接武器に次々に切り裂かれていった。

 ドゥエル機も障壁貫通槍や剣を持っている。しかし攻撃しようとすれば、吸血鬼魔人機は上空へ逃げ、逆に左右、背後などからすきをついて攻撃した。


「我が軍の魔人機は、まるで素人のようではないか!」


 望遠鏡で前線をのぞきながら、グラッドンは憤慨ふんがいする。


「敵のほうが上手うわてでしょうな。撃破は困難のようです」


 参謀長も顔をしかめた。

 南部守備軍は苦戦を強いられ、その数をすり減らしていく。


「これでは防衛線はあってないようなものだ……」

「防衛初期の段階で、集結した歩兵が蹴散らされたのが誤算でした」


 敵襲に備え、平野に歩兵や騎兵部隊を整列させたら、スティグメ帝国のブラックバット戦闘爆撃機による急降下爆撃を食らってしまったのだ。結果、守備軍は大損害を受けた。

 東方遠征などで、敵航空兵力の爆撃に戦列歩兵はカモだと判明した。こういった戦訓は、本国にも報告されていたが末端の兵にまで行き届いていなかった。


「急激な兵器や戦術の進化に、現場の人間の意識が追いついていないのです」


 だから危険だと口を酸っぱくしても、経験していない者たちはこれまでの習慣や思想を切り替えることができなかった。

 前線の各部隊の悲痛な援軍要請や報告。司令部からも見える範囲で、部隊がやられていく。グラッドンの焦りは加速する。


「このままでは南方を突破されてしまうぞ!」


 大帝国本国は現在、東からの攻勢で手一杯と聞いている。もしここで南方防衛線が抜かれれば、帝都を含む中央に敵の侵入を許してしまうことになる。

 それだけは阻止しなくてはならない。

 だが、それがわかっていても、時間と共に手駒は容赦なく失われていく。


「敵艦隊後方に新たな艦影を捕捉せり!」


 魔力レーダー施設より届けられた一報に、司令部幕僚ばくりょうたちの顔は曇った。


「敵に援軍か……!」

「もはや、これまでか」


 その時、司令部に通信士官が飛び込んだ。


「閣下! 援軍です! シェード将軍の遊撃隊が戦域に到着しました。敵艦隊後方の部隊は友軍です!」

「おおっ!!」


 友軍という言葉に消沈しかけた雰囲気が吹き飛んだ。


「おお、常勝将軍と名高いシェード将軍が来たか!」


 グラッドン大将も思わず声を弾ませた。

 その卓越した功績から、妬まれることの多いシェードだが、この劣勢下で、しかも敵と思われた部隊が味方だったことも相まって、司令部では勝ったような空気になった。



  ・  ・  ・



「敵の目をこちらに向けさせろ」


 遊撃隊旗艦、インスィー級戦艦『ラプトル』の艦橋で、マクティーラ・シェードは指示を出した。


「魔神機、発進。空の敵と艦隊はエーアールに任せる」

『あいよ、大将。任された』


 セア・エーアールの操縦者であるグレーニャ・エルは不敵な調子で応答した。シェードは続けた。


「地上の敵は、セア・ゲーを中心に進撃。敵部隊を掃討せよ」

『はい、閣下』


 セア・ゲーに乗るセラスが魔力通信機で応じた。

 いつもそばにいる副官がパイロットとして前線に出る。シェードはこみ上げてくる不安を押し殺しながら言った。


「敵が向かってくるなら無理に突出する必要はない。待ち構えて迎撃げいげきだ。やれるな?」

『了解です』

『何ならアタシが引き受けてもいいぞ、セラス』


 グレーニャ・エルが口を挟んだ。口下手なセラスに代わり、シェードは言う。


「エルには敵旗艦を叩かせてやる。早々にケリをつけろ」

『あいあい。精々オトリになってくれよ、大将。――グレーニャ・エル、セア・エーアール、出るぞ!』


 旗艦の魔人機用カタパルトから風の魔神機が飛び立つ。四枚の翼を持つエーアールは、あっという間に飛び去る。

 すぐに援護機が随伴ずいはんするだろうが、グレーニャ・エルのことだから、ひとりで突出するだろう。

 だが、それでいい。シェードは確信していた。彼女は、そのほうが活躍する、と。


 その間にも援護のセア・フルトゥナが発進し、セア・ゲーほか地上部隊も順次発進する。

 旗艦『ラプトル』に従うは戦艦が2隻のみ。他はエルフの里から撤退した揚陸ようりく艦隊を護衛して別行動中だ。

 シェード遊撃隊と、スティグメ帝国艦隊との戦いが、間もなく始まる。

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