第1138話、スティグメ帝国十二騎士


 スティグメ帝国、広大なる地下帝国の帝都グランドパレス。

 その中枢であるプロフォンドゥム城は、古風な城塞と近代的兵器工場の融合ゆうごうした、いびつな外観をしている。


 城内、一等区画にある騎士の間。そこには円卓と十二の席が置かれている。

 十二騎士第六将デェーヴァは、大変不機嫌だった。

 第五将であるウィクトルは、無表情ながら獣の眼光と称される目を向けた。


「……それで、艦隊を全滅させたのか?」

「地上人にあんな強力な武器があるなど、報告になかった」


 デェーヴァは、その豊満な胸もとを持ち上げるように腕を組んだ。


「鬼神機で出てなければ、ワタシも危なかった」

「ならば貴様は運がいい。旗艦もろとも沈んだ者もいる」

「それ本当?」

「……」


 ウィクトルの視線が、とある席に向く。第九将、シュッツェの席だ。デェーヴァは鼻をならす。


「ワタシよりツイてない奴もいたわけね」

「地上侵略は、想定よりもよろしくない」


 ウィクトルは苦虫を噛み潰したような顔になる。


「地上人の戦力が思いの外、強化されていた。兵器に関しては、旧アポリト文明程度のものを有している」

「それ以上よ。少なくとも。ワタシが戦った連中はね」


 もし、直属の全兵力を連れていっていたらどうなっていたか。あそこまで無様な負けはなかったか? それとも全兵力を一挙に喪失していたかもしれない。


 ――運がいい、か。


 デェーヴァは苦笑した。ウィクトルは手元の紙を見やる。


「地上で最大勢力を持つと考えられているディグラートル大帝国の戦線は、それなりの戦果を上げている。敵は広すぎる国土を持つ故、戦力を集中できぬのだろう。第3、第8、第10艦隊は善戦しているが、こちらの進軍ペースも落ちている」

伊達だてに地上最大戦力ではない、ということね」

「うむ。三個艦隊で戦線を膠着こうちゃくさせつつ、他方を速やかに制圧する――その予定だったのだが」


 ウィクトルが資料から顔を上げた。デェーヴァは肩をすくめる。


「はいはい、ごめんなさいね。世界樹の制圧に失敗して」

「失敗したのは貴様だけではない」


 バッサリと言うウィクトルである。


「よもや一年でこうまで地上の戦力が充実するとはな。昨年の地上偵察が、現在と違い過ぎる」


 それがデェーヴァの第6艦隊、シュッツェの第9艦隊の喪失に繋がっている。

 地上人など、大帝国を除けばあっという間にねじ伏せられる――それが一年前に行われた地上偵察におけるスティグメ帝国上層部の判断だった。


「直前の偵察を進言したのだがな……。却下された挙げ句、このザマだ。誰が責任を負うのだろうな」


 ウィクトルは他人事のように言った。デェーヴァは口を閉ざす。

 事前偵察を怠った件はともかく、艦隊を失い、作戦を遂行できなかった点は、デェーヴァにとっても穏やかではない。


「失礼いたします、閣下!」


 騎士の間に、吸血鬼士官が現れた。ウィクトルが頷くと、士官は彼のもとに電文を提出した。

 さっ、と目を通すウィクトルだが、眉がピクリと動くのをデェーヴァは見逃さなかった。士官が退出すると、デェーヴァは口を開いた。


「何かあったのかしら?」

「カンセルが戦死した」

「!?」


 第4艦隊を指揮する十二騎士のひとりがやられた。デェーヴァは目を見開く。


「確か、連合国とやらを制圧する任務だったわよね? 情報では、魔人機すらない雑魚のはずでは――」

「だから、その情報はあてにならないと言った」


 ウィクトルは淡々と言った。


「第4艦隊は、橋頭堡きょうとうほを確保したものの、海上からやってきた新手の艦隊と交戦し、やられてしまったらしい」

「新手の艦隊?」

「連合国とは違うところから進撃してきたらしいが、詳しいことはわからない」

「情報局の連中!」


 デェーヴァは思わず立ち上がった。


「あいつら仕事しているの!?」

「残念ながら、機能しているとは言い難い」


 ウィクトルは冷淡だった。


「今回の侵攻計画の遅れは、全部、情報局が引き受けてくれるだろう。……我らが皇帝陛下が、彼らを全滅させないことを祈るばかりだ」

「あの方を怒らせて、無事で済むとは思えないけれどね」


 デェーヴァは息をつくと、腰を下ろした。


「それで、これで三カ所が攻略失敗。帝国の侵攻計画が大幅に狂ってしまったわけだけど、今後の行動は?」

「ディグラートル大帝国攻略については想定の範囲内。これについては現状維持いじだろうな。他方については、改めて情報収集と分析を優先する」

「あら、再度、戦力を送って報復と制圧をするんじゃないの?」

「やられ方がよろしくない」


 ウィクトルは、デェーヴァの古傷をえぐるように言った。


「何も考えずに攻め込んで落とせるなら、再攻撃で済んだのだがな。……それで上手くいくなら、貴様やシュッツェ、カンセルはとんでもない無能だったということになる」

「……」

「だが現実は、そうではない。迂闊うかつに飛び込んで、戦力を失う愚は犯せない」


 デェーヴァは顔を歪める。

 その時、騎士の間の扉が開いた。


「あらあら、艦隊がやられてしまった無能ちゃん、生きていたのぉ?」


 あからさまにあざける女の声がした。デェーヴァは振り返る。


「レイヒェ!」


 十二騎士第一将レイヒェ・タンツォー。小柄だが、頭に悪魔の角を持つ美女である。傍目に少女に見えたのは、傍らにいた十二騎士第二将のタルヴという大男がいたせいだろう。


「ブハハ、負け犬ー!」


 そのタルヴは豪快に笑った。


「ウィクトルー、カンセルがやられたそうだなー!」

「そう報告を受けた」


 ウィクトルの返事に、タルヴは『ガハハ』と笑った。


「では、この第二将であるおで・・が、返り討ちにしてくれるわー!」

「報復、あるいは仇討ち、でしょう、タルヴ」


 レイヒェは、はあ、とため息をついた。タルヴという吸血鬼は十二騎士一のパワーファイターだが、同時に一番、頭の出来が悪い。


「ウィクトル、ワタシも早々に報復ほうふくに出るべきだと思うわ。下等な地上人どもを図に乗らせるわけにはいかない」


 レイヒェの発言にウィクトルは押し黙る。彼女は言った。


「皇帝陛下は地上の奪還を望まれている。速やかに、それを実行するのが、十二騎士の務め。ワタシたちに撤退も敗北もない! 突き進むのみ!」

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