第1129話、対スティグメ帝国戦略


 俺は戦艦『バルムンク』にて、ディアマンテから、一連のスティグメ帝国の動きの報告を受けていた。


「トキトモ領、エルフの里近辺を除くと、六カ所で、スティグメ帝国艦隊が出現。各地で戦端せんたんが開かれております」


 艦橋後部の作戦ボードに、世界地図が表示される。


「うち三カ所がディグラートル大帝国領です。本国にひとつ、その近くでもうひとつ。最後が大帝国東方領……」

「クルフも大変だな」


 俺は皮肉った。


「領土をやたら広げたせいで、スティグメ帝国と三カ所で戦う羽目になるとは」


 ここで、こう言うべきか。ざまあみろ、と。


「大帝国は今回のエルフの里の遠征でかなりの兵力を投入しましたから、スティグメ帝国との衝突で、しばらく外征は困難と思われます」

「もしかしたら、俺らの代わりに、スティグメ帝国が大帝国を滅ぼしてしまうかもな」


 冗談めかしたが、ディアマンテはそうは受け取らなかった。


「仮にスティグメ帝国が、ディグラートル大帝国を打倒してしまったら、こちらが進めていた大連合計画は――」

「その大連合はスティグメ帝国打倒に向くだけだ」


 東の連合国をはじめ、多数の国を巻き込んだ大帝国打倒連合。その準備に、ウィリディスはシーパングと名乗り、機械兵器を供給してきた。

 ひとえに、ディグラートル大帝国を倒すためだったが、その相手がいなくなったとしても、今回現れたスティグメ帝国は戦わねばならない敵だ。


 連中は結局のところ世界征服に動き出したわけで、ディグラートルとやっていることは変わらない。むしろ、吸血鬼であるだけ始末が悪い。


「大帝国以外で、スティグメ帝国が侵攻している場所は……」

「大陸西方にひとつ。連合国は……セイスシルワですか。そして大陸東端の辺境国家群」

「連合国で、ドンパチやられるのは困るな」


 思わず眉間にしわが寄るのを感じた。


「大帝国戦に向けて、東からの連合国軍進撃のために準備している段階で、その戦力を削られるのは痛い」


 むしろ大帝国より強いスティグメ帝国である。連合国に提供した装備では劣勢は免れず、最悪、用意した兵力を本番前に失うことにもなりかねない。


「特に、攻撃されたのがセイスシルワだろ? あそこ、大帝国から一番遠いから、軍は送れど戦争の感覚が一番薄いところじゃないか」


 後方支援が主だった地が最前線になるなど、あそこの国民も貴族も、動揺が凄まじいことになりそうだ。

 下手したら、スティグメ帝国にあっさり攻め落とされ、そこから他の連合国の崩壊に繋がる可能性すらある。


「早々に軍を派遣して、連合国のスティグメ帝国を駆逐しよう」


 これは自国、エルフの里の防衛に続く優先事項と言える。


「大帝国は自前の戦力で、スティグメ帝国の連中と潰し合いをしてもらうとして……。大陸西方は、俺たちヴェリラルド王国に比較的近いから、これも早めに駆除しておきたい。大陸東端の辺境国家群についても、連合国の後ろだから……」


 うん、結局、帝国外のスティグメ帝国は、俺たちで引き受けないと、以後の予定も作戦計画も大きく狂わされる。……クソッタレだ。


「地盤を固められると、どれだけ長引くか見当もつかない」


 それでなくても、スティグメ帝国に対応という時点で、計画遅延は確定している。


「そのためにも――」


 ディアマンテが口を開いた。


「目の上のこぶである、トキトモ領のアンノウン・リージョンの調査が必要です」

「スティグメ帝国の艦隊は、あそこから出てきた」


 俺は腕を組んだ。


「それ以外、ほとんどわかっていないスティグメ帝国の所在地の鍵となる。アンノウン・リージョンの先に、連中の地下帝国があるのかもしれない」


 自分で言って嫌になる。地下帝国なんて存在したら、その攻略と鎮圧にどれだけの時間と戦力を消耗することになるやら。

 トキトモ領だけならともかく、世界複数カ所で同時に攻撃が行われたわけで、その規模も小さくないだろう。


 ひょっとしたら、大帝国と停戦して、人類対吸血鬼なんて展開もあるかもしれない。

 普通に考えたら、そうあるべきなのかもしれない。

 人類共通の敵が現れたのだから、争っている場合ではない……という流れは自然だ。


 だが、クルフは――この状況を面白おかしく静観せいかんするのではないか? 大帝国防衛に注力し、他国が滅びるのを見ているかも。

 そのあたりは、国家間でどう考えるか、なんだけどな。つまりは国の指導者がどう考えるか、だ。


 うちでいうところのエマン王が、どう判断を下すか。または相手の指導者……つまりクルフ・ディグラートルがどう考えるかに左右されるということだ。

 休戦しましょう、となって指導者間で納得してしまえば、俺たちがどう思おうと、そういう流れになってしまう。

 まあ、エマン王は俺の意見を大いに参考にするだろうけどね。実質、国防を担い、大帝国戦の大戦略を練っているのは、俺なのだから。


 さて、そのエマン王に、エルフの里防衛とスティグメ帝国出現の顛末てんまつを報告しなくてはならない。

 正直、邪魔者の出現は頭が痛い問題ではあるが、今後の方針を定め、それに向かって行動するためにも、指導者に相談しておく。勝手をやって後ろから刺されるのは、二度とごめんだからね。



  ・  ・  ・



 ウィリディス白亜屋敷。俺は、エマン王に報告のため出頭していた。

 ノイ・アーベントが襲撃されたという第一報は王の耳に入っている。報告は大事だからね。

 さらにジャルジーにも伝わっていて、会議室には早朝にもかかわらず彼らは集まった。


「スティグメ帝国。吸血鬼の軍団」


 エマン王とジャルジーは顔を見合わせた。


「兄貴が前に話してくれた魔法文明時代の敵が、いまここに蘇った」

「しかし、吸血鬼は滅びたのではなかったのか?」

「生き残った奴らがいたようです」


 俺は淡々と告げた。


「その名のもととなった人物、メトレィ・スティグメ……吸血鬼と化した彼が、生きているのか、スティグメの名を継ぐ者かはわかりませんが、地上支配を企む以上、打ち倒さねばなりません」


 そう、奴らは宣戦を布告した。話し合いなどするつもりもなく、下等な地上人と宣言し攻撃してきたのだ。


 当然、武力で仕掛けてきたからには、武力でやり返す。彼らの地上人への考えからすれば、相応の返礼をしてやらねばなるまい。


「で、兄貴。具体的には、どうするんだ?」


 ジャルジーが問うてきた。俺は答える。


「第一に、王国のアンノウン・リージョンの封鎖。第二に調査だが、同時に、地上に出ているスティグメ帝国の軍を撃滅し、敵の勢力拡大を阻止する」

「まずは封鎖なのか。こちらから攻め込まないのか?」

「情報が足らない。アンノウン・リージョンの先がどうなっているのか、それを探らないことには、攻撃のしようがない」


 魔力さえあれば動ける吸血鬼である。その環境は、生身の人間では活動できない世界になっている可能性だってあるのだ。無闇に軍を突っ込ませて、貴重な戦力を失う愚は冒せない。

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