第1128話、戦火の跡


 ノイ・アーベントが燃えている。

 トロヴァオン戦闘攻撃機のコクピットで、マルカス・ヴァリエーレは唇を噛んだ。


 アーリィー指揮の第三艦隊から、急遽トキトモ領救援に飛び立ったトロヴァオン中隊は、ポータルを経由して、ノイ・アーベントを目指していたのだ。

 侯爵自ら、無から作り上げた町、その一角から火の手が上がっている。町全体は、本来なら夜にもかかわらず明るいのだが、いまは戦闘の結果かそれらは消えていた。


「これ以上はやらせん!」


 マルカスは、操縦桿を握る手に力を込めた。

 この町の前身は、クラスメイトだったサキリスの故郷である。またも敵の攻撃を受けるなど許容し難い。


『トロヴァオン・リーダー。町の上空に敵機!』


 未確認の機体――いや、機体に搭載されたコアが敵味方を識別して、その正体を明らかにする。

 ブラックバット戦闘攻撃機――他に未確認機アンノウンとされた機体もあるが、エルフの里に現れたスティグメ帝国とやらの兵器と一致した。


「トロヴァオン・リーダーより、各機! 敵機を始末しろ!」


 トロヴァオン中隊は、一気に戦闘スピードへ加速した。

 ミサイル……ロックオン! 頭蓋骨のような敵機の姿は、不気味だ。


 マルカスは発射ボタンを押し込んだ。トロヴァオン戦闘攻撃機から、空対空ミサイルが放たれる。

 続いて僚機りょうきもミサイルを撃ち込む。のんきに町の上を飛んでいた頭蓋骨ずがいこつの横っ面にミサイルが突き刺さり、バラバラに四散させた。


 いくつもの火球が生まれた。先制の目標から外れていた残存の敵機が、トロヴァオン中隊へ機首を向ける。

 いや、正面に向き直ったというべきか。


『生首が飛んでるみたいで、気味が悪いぜ』


 部下の発言は、おそらく中隊パイロットたちも同じ気持ちだっただろう。そもそも首から上だけで空を飛ぶなど、幽霊の類いと言われても仕方がない。

 何事にも、慣れは必要だと、マルカスは思った。


「まだコウモリのほうがやりやすい!」


 距離を詰めて、プラズマカノンを連射。プラズマ弾はたちまち標的と定めたブラックバットを穴だらけにして爆発させた。


 ――こいつは、識別されているんだな。


 マルカスたちトロヴァオン中隊員にとって、初めての敵機なのに、コアはすでにそれのデータを持っている。

 エルフの里での初遭遇から、データがアップデートされたのか? いや、それにしては生首機はアンノウンのままだ。


「とりあえず、ここから追い払うのが先決だ」


 マルカスは思い直す。これ以上、町に被害を出すわけにはいかない。

 いずれはノイ・アーベントに家を建てようと考えている手前、いまここで町を滅ぼされてはたまらないのだ。



  ・  ・  ・

 


 戦艦『バルムンク』の艦橋に俺はいた。ディアマンテが報告をまとめた。


「ノイ・アーベント、およびリバティ村を襲撃したスティグメ帝国は守備隊ならびに、援軍の到着により撃退されました」

「被害は?」

「ノイ・アーベントは拡張区画に被害が出ました。時間が夜で、まだ本格的居住前の区画でしたから、死傷者はごく少数の模様です。しかし守備隊に損害が出ており、再編成の要ありと認めます」

「町の被害は最小限なのはなによりだ」


 俺は頷いた。


「リバティ村は?」

「こちらの損害は軽微です。敵を外壁で押しとどめたことにより、非戦闘員の犠牲は出なかった模様です」

「それはよかった」

「村の防衛には、冒険者であるクズタニ・ゴウとその仲間が参加し、敵魔人機を撃退したそうです」


 九頭谷か。同じ日本人にして、俺の後輩。この世界で半分悪魔と合体させられてしまったキメラ・ウェポンの犠牲者でもある。


「あいつは、あの村の近くに屋敷を建てたんだったな」


 そのおかげで、町を守れた。さすがに魔人機までは、今の村の守備隊では一溜まりもなかった。防衛協力に感謝、そして謝礼も出しておかないとな。


「またノイ・アーベントでは、T-Aが防衛戦闘に参加。味方増援が到着するまで敵の撃破に貢献こうけんしたとのこと」


 あのスーパーロボットを戦線に投入したのか。あれはノイ・アーベントの地下第七研究所にあったはずだが。


「誰が動かしたんだ? ユナか? それともプリムか?」

「ヴィル二等兵です」


 ディアマンテが答えた。ヴィルというと……あぁ、木こりの!


「オブリーオ村の少年か。しかし何故だ? 彼は基礎きそ訓練所で、研究所とはまるで配置が違うが……?」

「わかりません。確認しましょうか?」

「……いや、問題になっていないなら後回しだ」


 今は他にも確認すべき事項が山ほどあるのだ。スティグメ帝国という新たな敵の登場で、余計な面倒が増えた。


「王国で、他に被害は?」

「現在のところ、報告はありません。王都をはじめ。北方領、南方領ほか、各地にスティグメ帝国の攻撃はありませんでした」


 つまり王国東領、うちのトキトモ領だけか、襲われたのは。


「出てきたのは、アンノウン・リージョンからか」

「はい、閣下」


 トキトモ領が攻撃されたのは、それがあったから、だけか。


「サキリスを呼べ。彼女は、ここの出身だ。アンノウン・リージョンのことを聞こう」


 以前、彼女からあの謎領域からは魔物の群れがスタンピードよろしく出現することがあり、旧キャスリング領はその防衛に当たっていたと聞いた。

 入った者で帰還した者は皆無ということで放置していたが、今回、敵が出てきたことで、詳しい調査が必要になったわけだ。


 そのサキリスは、今、エルフの里にいて、空中都市ギルロンドを守る最終防衛線に派遣されていた。

 ベルさんたちが前線で決着をつけたために、最終防衛線の出番はなかったが、スティグメ帝国の出現で、あわや出番となるところだった。


「で、そのエルフの里はどうなっている?」


 俺がディアマンテに質問すれば、彼女は答えた。


「大帝国は撤退しました。スティグメ帝国の第二波は、現在のところ確認されていません」


 俺がトキトモ領に引き返した後、スティグメの増援は現れなかったか。

 そして、大帝国は第三勢力の乱入を幸いと、一気に撤退してみせた。この機を逃がさないあたりは、さすがシェード将軍といったところか。


 強力なスティグメ帝国を警戒し、こちらが里から離れられないと見たのだろうな。

 これについては仕方ない。大帝国を叩くのを優先して、世界樹をやられては意味がないからな。


 エルフの里を防衛する、という作戦目的自体は果たされたのだ。二兎を追う者は一兎をも得ず。欲張ってはならない。


「それともう一件、ご報告が。水の魔神機を鹵獲ろかくしました」

「ああ、コントロールを奪ったやつな」


 大帝国から魔神機を一機、手に入れたわけだ。敵本隊は逃したが、それに匹敵ひってきするレベルの戦果はあげたわけである。不幸中の幸いだ。

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