第1127話、僕が戦う理由


 ヴィルが軍に志願した理由は、故郷であるオブリーオ村を攻撃し、家族を奪った大帝国への復讐である。

 その思いで、ウィリディス軍に入隊したが、現実は思っていたものと違っていた。


『軍人たるもの、読み書きできねばならん!』


 マニュアルや注意書きを理解するのも、命令書の内容を頭に入れるのも、報告書を書くためにも、読み書きは必須である。

 特にウィリディス軍では機械やそれに関係する道具や兵器があって、それを使いこなすためには、一般兵であっても学が必要になるのだ。


 世間では受けられない高度な教育を受けられる反面、復讐を急ぐヴィルのような人間には、足止めを食らったようで、何ともじれったいことだった。

 そういう焦りは、周囲との足並みを乱す。軍は連帯だ。当然、周りを無視したり、勝手な言動をとるような人間は、よく思われない。


 ヴィルは、早く大帝国に復讐をしたかった。だから、周囲から生意気と取られる発言も少なくなかった。……それは彼が子供で、組織というものを理解していなかったからでもあるが。

 どこか馴染なじめない――そんなヴィルの面倒を見てくれたのがオント伍長である。


 どこかの貴族の次男だったらしいのだが、自分の無学と浅慮ゆえに勘当されたのだという。

 そこでジン・トキトモ侯爵に拾ってもらい、軍に入隊した。


 ヴィルの見る限り、彼は背筋がピンと伸びていて、歩く姿は実にスマートさを感じた。


『君は家族を失ったか。それはつらいな。だが、周りには関係ない』


 焦りを指摘され、自分の過去を話したヴィルに、オント伍長はそう言った。


『私も家には帰れんし、家族の縁も切られた。ひとりぼっちになってしまったが、やはりここでは関係のない話だ』


 同僚たちにとって、仲間の過去はそれほど問題ではない。色んな人間がいて、不幸だった奴もいただろう。


『だが私たちは家族であり、兄弟だ。大事なのは過去ではなく、今とこれからなのだ!』


 オント伍長は、そう言って、軍隊の空気に馴染めないヴィルの肩を叩いた。


『彼女がいるんだろう? 羨ましいことだ。大事にしてやれよ』


 ――オントさん……。


 ヴィルは、面倒を見てくれた先輩を思い出して口元を引き締める。

 謎の敵によるノイ・アーベント襲撃。大帝国ではないらしい。だが町に被害が出て、オント伍長も、ヴィルを庇ってやられた。


 炎上する拡張区画。建てられていた建築物が破壊される光景が、ヴィルのいた村を重ねさせた。


 逃げろ? とんでもない。


 ――僕は、もう逃げない! 今度こそ、守るんだ!


 スーパーロボットT-Aのコクピット。ヴィルは、この巨大な鋼鉄巨人の中にいるのだ。


 敵――悪魔の翼を持った騎士のような黒い魔人機に、照準!


「ミサイル、発射!」

「――ってぇ! 何してんの!?」


 同乗している少女軍曹――プリムが怒鳴った。


 T-Aが、魔力生成式ミサイルを生成。それが十数発、一気に発射された。


「うそっ!? 水晶結界をすり抜けた!?」


 T-Aは攻撃を防ぐ結界を展開していた。この結界は外からの攻撃を阻止する一方、内側からも攻撃を通さない……はずだった。


「なんで!?」

「ミサイルを、結界突破用に切り替えたんですよ!」


 ヴィルは吠えた。


 オブリーオ村でT-Aを動かした時、大帝国の魔人機が防御障壁でミサイルを無効化しているのを目の当たりにした。


 その後、ウィリディス軍に保護されたヴィルは、事情聴取を受けた際に、ディーツーに会って、ミサイルと結界についての説明を聞いていたのだ。

 だから、自分は守りを固めていても、攻撃しようと思えばやり方次第でできる。


 放たれたクリエイトミサイルは、飛行する悪魔騎士に命中し、その四肢ししを吹っ飛ばした。まずは2機撃墜!


「何にせよ、上出来よ。ヴィル!」


 プリムが言った。


牽制けんせいはそれくらいにして、さっさと逃げるわよ!」

「はっ? 逃げる? 町が攻撃されてるんですよ!」


 逃げないと決めたのだ。このT-Aなら戦える。そう思い振り返ったヴィルだが、プリムは声を張り上げた。


「バカ! 町中で戦ったら、もっと被害が大きくなるでしょうが! ユナさんから、町の外で戦いなさいって言われたでしょ!」


 サブシートのコンソールを叩くプリム。


「ほら、さっさと動く。それでなくても、この子トロいんだから! 敵に囲まれるわよ!」


 ヴィルはT-Aを反転させた。

 町の外へ。拡張区画の崩れた建物や作りかけの物を尻目に、魔人機の倍以上の巨体を誇るT-Aが走る。

 ズシン、ズシンとその巨躯どおり、重々しくあり、同時に力強くある。以前乗った経験があるせいか、前よりスムーズに動いている気がした。


「ヴィル、後方から敵!」


 プリムが報告する。ヴィルは回避しようと思ったが、すでにT-Aの足回りで爆発が起きていた。


「あんたは、そのまま走り続けなさい。水晶結界張ってるんだから、近接されなければ無傷よ」


 ――言われなくたって、そんなヒラヒラ避けられないよ。


 この子トロいんだから、というプリムの発言に、ジワジワと納得し始めているヴィルだった。


『どこへ行こうというのだ、デカブツ!』


 知らない男の声がした。そしてT-Aの進路上に、翼を持った敵魔人機が舞い降りる。


「敵がしゃべる!?」

「わざわざスピーカーをオンにして、生意気」


 プリムが眉をひそめた。


「ヴィル! 構わないわ、そのまま潰しちゃって!」

「で、でも……」


 ヴィルは躊躇ためらう。


「あれに、人が乗ってる……!?」

「はあ!? 当ったり前じゃない! 馬鹿なの!? あれがゴーレムじゃなきゃ、人が動かしているに決まってるじゃない。いいから突っ込め!」

「ぐっ!」


 T-Aはそのまま直線で突っ込む。当然のように、敵魔人機は飛び上がってかわした。


 ――あれに人が乗ってる。


 ヴィルの心にのし掛かる不安。よく考えればわかったはずだ。魔人機にパイロットがいる。味方がそうなのだから、敵だってそのはずだ。


 ――僕は、もう人を殺している……!


 それを今さら気づかされた。何故、気づかなかったのか。それを考えた時、簡単な事実に気づいた。

 村を破壊され、いままで住んでいた思い出も壊されたから。いっぱい人が死んで、両親も殺されたから。だから……。


 ――僕は戦えるんだ!


 大事なものを奪われた苦しみ、痛みを忘れることができないから。

 そしていま、燃え上がるノイ・アーベントには、お世話になった人たちや幼馴染みのリオがいて、その生命の危機にさらされている。


「お前たちが、悪いんだっ!」


 T-Aは右手を突き出した。

 ブーストパンチ! 鉄拳が空を飛び、敵魔人機――ヴァンピールを打ち抜いた。

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