第1126話、炎上する町


 ところ変わって、ノイ・アーベント。

 スティグメ帝国の尖兵は、この規模が拡大し続ける町を襲った。ゾンビ兵や巨大ワームの軍勢は、パワードスーツ、魔人機ソードマンを中心にした防衛隊によって撃退された。


 しかし、敵はヴァンピール、ドゥエルカスタムといった魔人機を投入し、さらにブラックバット戦闘爆撃機による空爆も実施した。

 結果、防衛隊は苦戦を強いられ、拡張中だった将来の住宅街に被害が出た。建物は破壊され、迎撃のソードマン部隊が倒されていく。


 ノイ・アーベント地下、第七研究所にヴィルはいた。かつてオブリーオ村出身の木こりだった彼は、ウィリディス軍の少年兵として軍服姿である。しかし、表の戦災をくぐり抜けてきたせいで、服はすす汚れが目立った。

 そんな彼は、鎮座する巨人――スーパーロボットことT-Aのコクピットハッチに手をかけた。


「いいですね!? この巨人、動かしますからね?」

「ええ、敵にこれを渡すわけにはいかないわ」


 答えたのは、魔術師ユナ・ヴェンダートだった。かつて魔法教官でもあった銀髪巨乳の女魔術師はインカム型魔力通信機に言った。


「プリム、少年のサポートをお願い」

「えー! わたし一人でやれるのにぃ」


 不満を漏らしたのは、ピンク髪をポニーテイルにした少女、プリムだった。魔法文明時代、ジンに保護された魔法人形の子供たち、そのひとりである。年齢は12歳であるが、彼女はウィリディス軍に所属しており、階級は軍曹である。


「動かしたこと、ないでしょ?」


 ユナの言葉に、プリムは唇を尖らせる。


「マニュアルは読んだし」


 彼女はパイロットスーツ姿で、軍服姿のヴィルを蹴るようにコクピットに押し込んだ。


「いい? 一度これを動かしたことがあるから、あんたに譲ってあげるだけだかんね?」


 ヴィルにとっては年下だろう少女に、怒られるように当たられる。これにはムッとくるヴィルである。


「これは僕の――」

「あー! 違うからね。これ、あんたの巨人じゃないから! ママ・ツーさんが作ったやつだから!」


 ママ・ツーとは、ディーツーのことである。魔法人形の子供たちを保護したジンを、お父さん。ディーシーをお母さんないし、ママと読んでいるので、ディーツーのことは、ママ・ツーなのだそうだ。

 ヴィルはT-Aのコクピットを見やる。オブリーオ村の守り神――操縦した経験がある彼だが、以前とは配置が違うことに気づき驚く。


「椅子が増えてる!?」

「複座!」


 プリムは語気を強めると、さっさとサブシートにつく


「メインは譲ってあげるって言ってるんだから、さっさと動かしなさい!」

「上から!」

「わたし軍曹、あんた二等兵!」


 軍服の階級章を見たのだろう。

 軍隊というのは階級社会だ。歳はさほど変わらないのに、階級一つでこの有様である。


『エレベーターを動かす』


 ユナの声がコクピットに響いた。


『表に出ることになるわ。でもそこには敵がいる。このノイ・アーベントを襲撃している謎の敵がね』

「敵……」

『新技術の塊であるT-Aを、敵に渡すわけにはいかない。動いている限りは水晶結界もあるし敵に奪われることはない。街の外へ逃げるだけでいい』

「えー、ユナさん、反撃ダメなのー?」


 プリムが不満そうな顔になった。


『誘導して町に被害が出ないところからなら一部許可する。ただし、流れ弾は許さない』

「はーい。……だってさ、二等兵」


 プリムは、メインシートに座るヴィルを睨んだ。


「逃げ回って町の住人に被害を出さないのが絶対条件よ。被害出したら殺すー! いいわね、二等兵」

「ヴィルだ!」

「はぁ?」

「僕の名前!」

「生意気。上官に盾突くとは、軍人の自覚がないんじゃないの? あんたの上官はどういう教育してんのよ」

「わかりました、軍曹殿! 申し訳ありませんでした!」


 半ばヤケクソである。謎の敵で町は攻撃され、ヴィルの所属していた部隊は防衛任務にあたり、大打撃を受けていた。それもあって、ヴィル自身の精神状態は平静とはほど遠かった。


『少年、T-A、歩かせられるわね?』

「できます!」


 ユナの確認に、ヴィルは応え、スーパロボットを歩行させる。初めて乗った時はなすがままだったが、今は自分の意思で動かしているという実感が強かった。前よりスムーズだ。


『キャスリング基地から増援が来るわ。それまで、逃げ回りなさい』

「了解です。……えっと――」

『ユナよ。ユナ・ヴェンダート。終わったらお菓子を奢ってあげるわ』


 別にお菓子はいらないが――ヴィルは、T-Aの巨体を貨物搬出用エレベーターに乗せた。


「そちらも気をつけて」

『あなたもね少年。プリムの言うことはよく聞きなさい。それとくれぐれも、町を攻撃しないようにね。それは危ない兵器なんだから』


 町を攻撃なんてするものか――ヴィルは操縦桿そうじゅうかんにぎる手に力を込める。

 町には同じ村から来ている幼馴染みのリオがいる。敵の襲撃から避難はしているだろうが……。


 ゲートが開き、全高10メートルを超えるT-Aが地上に現れる。ヴィルのいるコクピットの全天モニターが、燃える町の姿を映し出す。


 ――逃げるんだ、少年!


 ふと、ヴィルの脳裏に、部隊に所属する伍長の顔がよぎった。

 寮を『脱走した』ヴィルを追いかけ、説得にきてくれた面倒見のいい軍人先輩。敵の襲撃の際、近くに爆弾が落ちた時、ヴィルをかばって負傷したのだ。


 ――いいかい、ヴィル少年。自分の思う通りに生きるんだ。君には、軍隊は合わないよ。真面目過ぎるからね。


「オント伍長……」

「ほら、二等兵、ボサッとするな!」


 プリムが怒鳴る。


「さっさと逃げるんだよ! ユナさんに言われたでしょ!?」


 この超兵器を敵に奪われてはならない。


「……戦ったら、ダメかな?」

「ダメって聞いたでしょ! 耳が腐ってるの?」

「僕は……」


 燃えるノイ・アーベント。それがオブリーオ村と重なる。この町のことは日が浅くてよくわからない。でもそこに人がいて、その人たちには生活がある。

 だが理不尽な攻撃で、それが奪われ、破壊される。

 ドクン、とヴィルは心臓の音を聞いた。


「僕は! こんな光景みたくないから戦いを選んだんだ!」

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