第1122話、バルムンク


 観測ポッド――浮遊石を搭載し、高高度を無人で飛んでいる観測装置である。世界の至るところにバラまいたポッドにより、空を移動する存在の早期探知が可能になっている。

 アリエス軍港司令部に戻った俺に、ディアマンテはこれらの観測ポッドの収集した情報を報告した。


「現在のところ世界の八カ所にて、所属不明艦隊が確認されました。ひとつはエルフの里に現れたものです。そしてトキトモ領内のアンノウン・リージョンにも同様のものが」


 ほかに連合国や大帝国にも現れたらしい。


「すでに交戦が始まっているものもあります」

「誰彼かまわず襲っているというわけだな」

「はい、閣下。これらは照合の結果、ギルロンドからの報告にあったスティグメ帝国のものと一致しました」

「スティグメ帝国」


 俺は腕を組んで、ホログラムマップを睨む。


厄介やっかいな連中が現れたものだ」


 まずは、俺の領地に現れたやつを排除はいじょしないとな。


「敵艦隊は? まだ動いていないのか?」

「はい。現在、アンノウン・リージョンから艦艇が出てきているところで、おそらく集合ののち、進撃を開始すると思われます」


 ディアマンテはマップを指し示した。


「ですが、地上の魔獣集団は、街道に沿って西進中。ノイ・アーベント、リバティ村がその攻撃圏に入ると思われます。現地守備隊には通達済で、キャスリング基地からも増援を送っています」

「よろしい。だが、艦隊が動き出したら、現有兵力では厳しいだろう」

「王都の第一艦隊を動かしますか?」

「いや、今出ている連中で全部と判断するのは早計だ。王都の戦力を引っ張り出したところを隠れていた奴らが奇襲なんてことも考えられる」


 まさか、と思うところを攻撃するから奇襲である。面白くないことに敵に先手を取られている状況だ。何でも可能性はある。

 だが、第一艦隊も動かせないとなると、艦隊に対して戦力不足は否めない。エルフの里に戦艦戦力の大半を送り込み、アリエス軍港に戻ってきた艦は修理が必要ときたもんだ。


「よし、ディアマンテ。状況が状況だ。アレを動かそう」

「アレ、とは?」

「『バルムンク』だ」


 俺が言えば、ディアマンテは眉をひそめた。


「しかし、閣下。『バルムンク』は最終確認作業が済んでおりません」

「背に腹はかえられない。最悪、全力を出せなくてもいいし、射撃管制がいかれたとしても囮役くらいにはなるだろう」


 エルフの里遠征には、それで出撃できなかったからな『バルムンク』は。だが物自体は、もう出来ている。


「承知しました。ただちに『バルムンク』を起動させます」

「俺も『バルムンク』に向かう。指揮はそこで執る!」


 俺が宣言すると、ディアマンテは姿勢を正した。


「お供します。艦の制御は、私にお任せください」


 かくて、場所を移動。俺とディアマンテ、そしてディーシーは、アリエス軍港建造ドックに向かった。


 バルムンク――超戦艦計画にて、俺がお遊びと称して、さまざまな技術を投じて作った超戦艦である。

 世界樹の種子を素材に、無限の魔力を生み出すシード・リアクターを搭載した超級戦艦は、すでに外観は完成していた。


 全長271メートルと、ディアマンテ級巡洋戦艦と同じ長さの巨艦は、その主砲配置を真似ている。

 しかし艦の中央から左右に張り出した防盾付き艦載機運用デッキにより、ディアマンテ級などのおよそ倍の全幅を誇っていた。


 俺たちは戦艦『バルムンク』へと乗り込む。内装はテラ・フィデリティア式――つまりは多くのウィリディス艦艇と共通で、新品の匂いがする以外、見慣れた雰囲気をまとっていた。

 艦橋に入ると、その座席配置やコンソールなども、ディアマンテ級と同じテラ・フィデリティア仕様となっていた。


「基本的なシステムのチェックは終了しています」


 ディアマンテは、シップコア端末に移動する。しかしすでに、そこには旗艦コアのコピーがすでに収まっている。バルムンク専用コアである。


「あとは実際に動かしてみないとわからない、と言ったところですね」

「ぶっつけ本番というわけだな」


 俺は、キャプテンシートへと向かう。


「最悪、動くだけでいい。こいつの防御性能は、世界最高を自負しているからな」


 ブァイナ鋼とDW材の合金に、水晶結界、強力な防御シールドなどなど。採算度外視の超防御性能を誇る。


「まあ、攻撃システムが使えなかったとしても、我がフォローしてやる」


 ディーシーが、彼女用に作られた専用席につく。


「ミサイルでも自動砲台でも出して、制御してやるさ」

「頼もしいね」


 さて、キャプテンシートは……と、ここは他の艦長席と違い、コンソールにはスイッチやら計器がいっぱいであり、どこか航空機のコクピットにも見えた。


「あなた専用のシートです、トキトモ閣下」


 ディアマンテが俺を見つめる。


「この『バルムンク』は、あなたの剣であり、魔法の杖です」


 そう。基本的に、クルーを乗せて操艦そうかんさせることも、シップコアが制御することもできるが、この艦長席で、艦をある程度操作できるようになっている。

 シップコアやディーシーのサポートがあるとはいえ、言ってみれば、戦闘機や魔人機を動かすが如く、艦長席で俺が動かすこともできるのだ。


「まあ、俺が動かすのが必要な時は、だな」


 戦況を見て、艦隊指揮を執るには、操艦は他のクルーやコアにやってもらうのがいい。席に座っているだけ、と言っても、指揮をするというのはとても頭を使うのだ。

 シェイプシフタークルーが、それぞれの担当席につく。ディアマンテがコア用端末を見ながら言った。


「シード・リアクター起動。艦内各システムに魔力供給を開始します」


 無限の魔力を作る世界樹の種子をコアに据えた機関が、独特のうなりを発して、艦全体に命を吹き込む。

 各担当クルーが、それぞれのシステムの起動や異常なしを報告する。


「閣下、本艦には艦載機がまだ搭載されていませんが、如何いたしますか?」


 ディアマンテが問うた。


「アリエス浮遊島の防空基地から、航空隊を派遣することもできますが」

「格納庫のポータルは使える」


 ディーシーが口を開いた。


「待機している『倉庫』の航空機を呼べばよかろう」


 魔法文明時代からの遺産。ディーツーらが現代に残した千を超える航空機を保管する航空基地――通称『倉庫』はポータルで、このバルムンクと繋げることができる。


「なら、艦載機については、それでいい」


 俺は頷くと、ディアマンテを見た。


「他に問題がなければ出撃しよう。こうしている間にも敵さんは、我らの町を襲おうとしているからね」

「はい、閣下。――アリエス軍港へ、こちら戦艦『バルムンク』、これより出港する!」

『艦の固定解除』


 操艦担当のシェイプシフタークルーが報告した。


『浮遊システム、問題なし』

「微速前進」

『微速前進、宜候よーそろー!』


 超弩級戦艦『バルムンク』は、ドックからゆっくりと動き出した。

 エルフの里防衛戦には参戦を見送ったが、結果的にそれで出番が回ってくるとは、ずいぶんと皮肉なもんだ。

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