第1119話、所属不明艦隊の正体


 世界樹の上空には、青の艦隊、エルフ小艦隊が待機し、睨みをきかせていた。

 ウィリディス第二艦隊は、先の大帝国艦隊との戦闘で損傷した艦を、アリエス浮遊島へ撤収てっしゅうさせていた。

 古代樹の森を進む大帝国陸軍の正面上空を陣取っている第二艦隊は、戦艦12、巡洋艦14、空母3、駆逐艦18からなる。戦艦は7隻が離脱していたが、中小艦艇はさほど変わっていない。


『所属不明艦隊より、艦載機が展開!』


 エルフ軍浮遊島司令部にいた俺は、その報告にため息をついた。


「この動きは、敵かな」

「大帝国のものと見るべきか」


 ディーシーも嫌そうな顔をした。


「第二艦隊ならびに防衛艦隊に、迎撃げいげき指示」


 俺は命令を発しつつ、観測ポッドや偵察機からの、敵の航空兵器の情報をにらむ。


「……ますます闇の勢力じみてるな」

頭蓋骨ずがいこつが飛んでいる!」


 ディーシーが失笑した。


「空飛ぶサメに、コウモリ……我にも見覚えがあるぞ」


 闇の勢力が飛行サメを使っていた。コウモリは、ブラックバット戦闘爆撃機だろう。


「大帝国は、アポリト兵器だけでなく、闇の勢力側兵器まで採用したのか?」

「かもしれんな。しかし、解せんな。大帝国は何故、攻略艦隊とこいつらを分けたのだ?」


 ディーシーは首をひねった。


「特殊部隊的な扱いとか?」


 とはいえ、こいつらを迎え撃たなくてはならない。


「嫌な予感がするな」

「……あいつらは絶滅した」


 ディーシーは表情を引き締めた。


「そのはずだ」


 吸血鬼のことを言っているのだろう。ディーシーは俺の知らない三年の間で、吸血鬼の軍勢と戦った。俺以上に思うところがあるに違いない。



  ・  ・  ・



「ふうん、あの世界樹は、白エルフのテリトリーとなっているわけね」


 所属不明艦隊、その旗艦の艦橋で、灰色肌の美女は億劫おっくうな声を発した。長い白髪、黒い軍服をまとう美女は司令席の肘かけに肘をついている。


「地上の連中も、なかなかどうして有力な艦隊を持っているじゃないの」


 戦術モニターに表示されるエルフ艦隊の数は、彼女の手持ちの艦隊よりも多い。


「でも、中身はどうかしらね」

「デェーヴァ様!」


 艦長席の、灰色肌の男性軍人が振り向いた。


「宣言は如何いたしましょうか? すでにエルフどもはこちらを迎撃するようですが」

「うーん、まあ、一応やれ、という決まりだしね。……自分たちが何を相手にしているのか、わからせてやりましょう」


 家畜ども――デェーヴァと呼ばれた美女は獰猛どうもうな笑みを浮かべた。


「音響!」

「マイクよし、音響魔法準備よーし!!」


 準備ができたことを聞き、デェーヴァは頷いた。すっと息を吸い、デェーヴァは口を開いた。


『白エルフならびに地上人に告げる。我々はスティグメ帝国! かつて世界を支配した大帝国アポリトの子孫なり!』



  ・  ・  ・



 所属不明艦隊から発せられた音声によるメッセージは、魔法によって広範囲に届けられた。

 浮遊島ギルロンドの集音装置もその音を拾い、俺たちは聞いていた。


「スティグメ帝国……!」


 何の冗談かと思った。周りで聞いていたエルフたちは『アポリトの子孫』というワードに戦々恐々としていた。

 エルダーエルフが教えた、かつてエルフを虐げていた悪しき魔法文明の敵と耳にしていたからだ。


「要するに、吸血鬼帝国だろう」


 俺は、近くのデスクをリズムよく指先で叩いた。

 メトレイ・スティグメ。アポリト帝国の大公の側近だった男であり、吸血鬼と統合された新生アポリト帝国にいたとされる。

 王の忠臣にして、帝国のナンバー2だった男だ。その男の名を冠した帝国が、いま再びこの世に姿を表したのだ。


「9900年の時を超えて、蘇ったとでもいうのか」


 吸血鬼は魔法文明の終焉しゅうえんとともに滅びたはずだった。だが――


「しぶとく生き残っていた奴もいたということか」


 あのまま滅びてくれればよかったのに。

 スティグメ帝国と名乗った艦隊からのメッセージによれば『世界は我らの物であり、下等なる地上人と家畜の亜人どもは、血の一滴に至るまで我らの支配下にある』とのことだ。


『我々は征服を開始する! 降伏せよ。逆らう者は絶滅させる』


 つまりは、宣戦布告だな。

 このクソ忙しいところにさらに追い打ちをかけやがって。


「主よ」

「言うなよ、ディーシー。わかってる」


 この苛立ちは、空気の読めない吸血鬼にぶつけよう。いまだ地上を下等と見下し、一方的かつ傲慢ごうまんに支配しようとする連中め!


「スティグメ帝国の宣戦布告だ。防衛艦隊、ただちに敵を迎撃しろ!」


 俺の断固たる意思は、エルフたちにもすぐ伝わった。


 新たな存在に対処をどうすべきか迷っただろうエルフたちも『敵』として処理すべく、行動を開始した。


「ジン様」


 エルフ魔術師のヴォルが声をかけてきた。


「女王陛下より通信が入っています。おそらく――」

「吸血鬼帝国への対応についてだろう?」


 俺は通信機のもとまで移動し、エルフの空中都市、精霊宮との回線に出た。


『ジン様、先ほどのスティグメ帝国とやらですが……』

「陛下、あれは吸血鬼どもです。エルフにとっては先祖の敵と言えます」


 魔法文明時代末期を知る俺は、間違いなく断言できる。


「奴らは地上を支配すると言った。いまある文明の意思などお構いなく宣戦を布告してきました。正直、大帝国より始末が悪い……。我が軍はこれより殲滅せんめつ行動に移ります」


 迎撃ではない、出てきた奴を全部滅ぼしてやる。それだけの強い言葉が出た。魔力通信の向こうで、カレン女王も頷くような気配を感じた。


『わかりました。我がエルフは、スティグメ帝国と戦争状態に突入いたします。つきましては、ジン様とウィリディス軍に共同戦線をお願いしたく……』

「もちろんです。吸血鬼どもを討ち滅ぼしてやりましょう!」


 俺に迷いはない。人類全体を敵に回した宣戦布告をのたまったのだ。事はエルフだけの問題ではない。

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