第1118話、混沌とする戦況


 マクティーラ・シェードにとって、セア・ヒュドールの反逆は、まったく想定外だった。

 親衛隊にいたサフィール元将軍が裏切るなど、まったく考えられなかったし、今でも信じられなかった。


「皇帝陛下への忠義に厚かった彼女が……」


 ここのところの失敗による降格人事がサフィールを狂わせたのか。あるいは、シェードの指揮下につくことが、我慢ならなかったのかもしれない。

 将軍として先任だった彼女が、自分より後に将軍になった者の部下になる。……プライドが高い人間なら屈辱ものだろうか。


 だがそれでも、大帝国に弓引く行動をとるとは思えなかった。

 皇帝への忠義や、将軍への復帰を願うなら、独断専行してでも戦果を得ようとするはず。そこで裏切るとは、とても思えない。

 ……さすがのシェードも、魔神機が9900年以上前に仕込まれたプログラムによって乗っ取られたなど、わかるはずもなかった。


 シェード遊撃隊本営、通信参謀が報告した。


「将軍閣下、フェール中将閣下より通信です!」


 大方、サフィールの反逆とその対応についてだろう。


「シェードです」

『フェールだ。セア・ヒュドールがこちらを攻撃している! やめさせろ!』

「将軍、残念ながら、こちらかの呼びかけにも応答がない。つまり、サフィール元将軍は敵に寝返ったのだ」


 本当にそうなのか、という思いは胸の奥にしまい、現実に目を向ける。

 元親衛隊将軍の名前を出したせいか、通信機からのフェールの声のトーンが少し落ちた。


『裏切りとなれば、始末しなくてはならんな』

「その通りだ、将軍。だが、あの冷気フィールドがある以上、こちらからは手が出ない」


 近づけば凍結して死ぬ。


『では、どうするべきだと思うか、シェード将軍?』

「引くしかない」

『な、何だと……』


 一瞬、フェールは絶句した。


『正気か、シェード将軍!? ここにきて撤退などできるとお思いか!?」

「フェール将軍、今、我々の行動は、氷漬けになって死ぬか、引くかの二択しかない」


 留まれば死ぬ。それが嫌なら下がるしかないのだ。


『……エルフの里攻略は、失敗か』


 苦渋に満ちたフェールの声。しかしシェードは言った。


「一時的に後退だ。森の外まで引き寄せたら、残っている魔神機で対応する」

『手はあるのか!』

「なんとかしよう。今は少しでも戦力を残すため、撤退を推奨すいしょうする」

『了解した、シェード将軍。我が軍はエルフの里近辺より一時的に後退する!』


 あくまで作戦の一環いっかんとしての後退。それならば受け入れられる柔軟じゅうなん性をフェール将軍は持ち合わせていた。

 シェードは、グレーニャ・エルの風の魔神機『セア・エーアール』を通信機で呼び出した。


『はあ? あのサフィールが裏切ったぁ?』


 魔神機操縦士であるグレーニャ・エルは、あからさまな声をあげた。


『なんで?』

「わからん。だが現実問題として、我が軍の前衛は、セア・ヒュドールの冷気フィールドによって後退させられている」

『よっぽど嫌われるようなことをしたんじゃないかい、シェード将軍?』


 からかうようなグレーニャ・エルの声に、周りで聞いていた司令部幕僚たちの顔がゆがむ。しかしシェードは涼しい顔だった。


「嫌われるのには慣れている。私を好いてくれる人間など、この世界では極一部だろうよ」

『アッハッハ、いいねぇ将軍。潔くてアタシは好きだよ』


 グレーニャ・エルの声が真面目なものに変わる。


『要するに、あの氷女を取り押さえればいいんだろ? 面倒だが、本場の魔神機操者の年季の違いってのを教えてやるさ』


 魔法文明時代の生き残りであるグレーニャ・エル。魔神機の操縦にかけては、サフィールとは格が違う。

 通信機を切ったシェードに、オノール参謀長が言った。


「閣下、森から撤退しましたら、揚陸ようりく艦隊のところまで戻り、引き上げるのも手だと思いますが……」

「それはつまり、エルフの里攻略を完全に断念するということか?」

「すでに我が方の損害が大き過ぎます」


 空中艦隊はすでになく、上陸した陸軍部隊もすでに過半数以上を失った。まだ総兵力でエルフ軍を上回っているが、それもあてにならないと、オノールは指摘した。


「仮に世界樹を制圧しても、敵の空中艦隊が残っています。占領せんりょう維持は不可能と考えます」

「だろうな」


 シェードはあっさりと認めた。


「でしたら、揚陸艦隊が手つかずで残っているうちに撤収しませんと、全滅しますぞ」

「オノール君、まだ生きて帰れる気でいたのか?」


 シェードは冷徹に言い放った。


「揚陸艦隊が、この期におよんで手つかずなのは、我々が船に乗って撤退するのを、敵が待っているからだ。揚陸艦隊に乗り込んだら最後、敵は空中艦隊、航空機を大挙動員して、我々を全滅させるだろう」


 そのほうが敵も楽に叩けるだろう。森にいればこそ、これら空の脅威は薄れる。


「ラプトル艦長のルンガー君が言っていただろう。『我々は、すでに詰んでいる』と」


 幕僚たちの間に沈黙が下りる。

 だが、この時、思いもがけない事態が発生した。



  ・  ・  ・



 エルフ軍浮遊島ギルロンドの司令部にいた俺は、その報告に耳を疑った。


「所属不明艦隊?」

『はい、観測ポッド、ならびに偵察機もそれを確認しました』


 シェイプシフター通信士の報告は、ただちに戦術モニターに表示された。


「これは……」


 エルフたちが驚いた。俺もディーシーも眉をひそめる。


「空中戦艦か……?」


 大帝国が使っている魔法文明時代のインスィー級戦艦……とは、どこか似ているようで、かなり違う艦艇が飛行している。


「大帝国の新型か?」

「しかし、諜報部にはこの型は確認されていないぞ」


 ディーシーが言った。

 戦艦級3、クルーザー級8、フリゲート級30と、それなりの規模だ。


「なあ、ディーシー。俺、こいつら見て、ふと思い出したんだが……」

「何だ、主よ?」

「こいつらのシルエット……どこか飛行クジラに似てないか?」

「飛行クジラ、だと?」


 ディーシーも、モニターに移る正体不明艦隊の艦艇をそれぞれ見やる。クルーザーは、翼を広げたドラゴンのようにも見えるが、フリゲートが上面から見るとクジラのような形に見える。


「まさか、闇の勢力の飛行クジラを模しているのか……?」


 新生アポルト帝国に吸収され、しかし帝国の崩壊ほうかいと共に壊滅かいめつした吸血鬼軍の戦力。


「……まあ、何者であれ、これ以上、世界樹に近づけるわけにはいかんな」


 俺は空中に待機している第二艦隊に、警戒を指示する。

 果たしてこの正体不明艦隊は、大帝国の増援か。それとも、別の何かか――

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