第1112話、予定通りにいかないこともある


 大帝国陸軍、エルフの里攻略軍は、エルフ・テリトリーのかなり手前で船団から降りた。そこで部隊を整えると、進撃を開始した。


 古代樹の森は巨大だ。

 数十メートルもの大木は、木と木の間が広く、全高5メートルから6メートルある魔人機ですら、比較的動き回ることができる。

 もっとも、視界は森だけあってあまりよいとは言えない。


『各機へ、エルフどもの待ち伏せに注意!』


 前衛を務める魔人機中隊の指揮官は、一応の警戒を呼びかけた。


『敵は姑息こそく蛮族ばんぞくだ。落とし穴やロープなどの罠があるやもしれん。そんな原始的な罠に引っかかるなよ』

『了解』


 部下たちは返事した。

 ディグラートル大帝国の兵にとって、エルフに対する認識などその程度である。

 正直に言えば、魔人機を前にすればエルフなど敵にあらず、と兵士たちは思っていた。


『シーパング、ファントムアンガーの機動兵器には気をつけろ。奴らはどこにでもしゃしゃり出てくるからな』


 そいつらが厄介だ――大帝国がさんざん煮え湯を飲まされた、恐るべき敵。

 蛮族の住む森を攻め落とすには過剰とも取れる戦力を投入。すべては、それら邪魔者の介入と交戦を警戒すればこそだ。

 大帝国前衛魔人機中隊は、横陣に展開していた。それはさながら、前進する壁だった。


 ただ、さすがに比較にならないほど大きな古代樹に対しては、切り倒す、体当たりでへし折るなど不可能なので、魔人機といえど避ける。


『中隊長、エルフどもは出てきませんなぁ』


 すでに敵のテリトリーだろうに、攻撃はなし。待ち伏せを警戒していただけに、第帝国兵たちは拍子抜けしていた。

 聞こえてくるのは、自機が地面を踏みしめる鉄の足音、味方の魔人機が歩く音。

 嵐の前の静けさか。それともこの連続する地鳴りのような足音に恐れをなしたか。


 進軍が順調過ぎて、大帝国兵は森を進む。天を仰げば、青々とした古代樹の緑。この天然の屋根が、空中の船や航空機による爆撃をはばんでくれる。

 大帝国軍が森へと分け入っていく中、それを静かに見守る目があった。

 それらは武器を携え、侵略者に対し牙を剥く時を待っていた。



  ・  ・  ・



 俺は、旗艦『ディアマンテ』を離れ、エルフ軍浮遊島ギルロンドへとポータル移動をした。

 そこにはエルフ軍の指揮官のほか、ウィリディスからの派遣将校がいて、さらにディーシーとディーツー、二人のダンジョンコア女性がいた。


あるじよ。大層な活躍だったな」


 ディーシーが悪戯っ子のような顔で言った。俺は、会釈してきたエルフ軍の幹部らに、同じく会釈を返すと、世界樹を中心にした古代樹の森の戦術マップを見下ろした。


「空の上では勝てたが、地上兵力の侵入を許してしまった」

「なに、敵も必死ということだろうさ」


 ディーシーは俺の隣で、同じくマップを見下ろす。


「連中は世界樹の手前まで上陸船団で移動し、結界水晶を船で突破してから兵を降ろすつもりだったはずだ」


 何せ世界樹を中心としたエルフの里は、結界水晶によって侵入者を防ぐ。これを突破するには魔法文明時代の艦船が採用している特殊金属が必要だ。

 それがなければ、いかに陸軍が大挙して押し寄せようと里に侵入できない。


「つまり、普通に考えたら、結界の遥か手前で戦力を地上に降ろした時点で、奴らのエルフの里攻略は失敗したも同然だった」


 ――そう、だった、だ。


「にもかかわらず、上陸し里を目指すということは、地上戦力でも結界を突破する装備をしているということになるだろうな」


 俺は頷いた。


「だから、結界にたどり着く前に、攻撃を開始する」


 古代樹の森は、すでにエルフ軍のテリトリーである。


「前衛は魔人機、敵歩兵はその後方だ」


 ディーシーが言った。それは先にベルさんから聞いていた。


「例のモンスターメイカーを抱えている奴も後ろだ。大方、結界を抜けた後にモンスターを大量にばらまいて、エルフを皆殺しにしようとしているのだろうな」

「大帝国の亜人差別主義者なら、そうするだろうな」


 今、彼らがモンスターメイカーを使わないのは、結界を抜けられないのと、一度出すと場がカオスなことになってコントロールが難しいからだろうな。

 逆に、エルフの里への攻撃の際は、捨て駒として前面に押し出して、エルフの戦力を消耗させるつもりだろう。


「魔人機と歩兵を離れて移動させるとは……敵さんは森での戦いがわかってないな」


 俺は顎に手を当てる。視界が悪い場所に、大型兵器だけ歩かせるとどうなるか、高い授業料を払ってもらうとするか。


「ディーツー」

「了解した。地上部隊に通達。攻撃を開始」


 ウィリディス・エルフ軍が、帝国地上部隊に牙を剥く!



  ・  ・  ・



 まず先制したのは、ウィリディス軍シェイプシフター兵団の潜伏部隊と、エルフの遊撃歩兵部隊だった。


 地面や古代樹にへばりつき、擬態ぎたいしていたシェイプシフター兵が魔破鋼弾頭のロケットランチャーを、近距離から敵魔人機へ発射した。

 膝関節を後ろから砕かれ、転倒するドゥエルタイプ魔人機。陸戦に特化した重厚なボディの機体も、膝を砕かれては立っていられない。


『なんだ? 敵襲!?』


 僚機が倒れ、ドゥエルを操縦するパイロットは周囲をにらむ。うっすらと煙の跡が見え、そこに何かあると注視した瞬間、別方向から飛来したロケット弾が機体を揺さぶった。


 木の裏や、地面のくぼみなどに、遮蔽しゃへいし潜伏していたシェイプシフター兵は、敵魔人機の死角を突いて攻撃を見舞う。

 本来、防御障壁を持ち、射撃武器を弾く魔人機である。しかし、その障壁を抜ける魔破鋼の武器を直撃されれば、無事では済まない。


『くそっ、どこから――!? うわっ!?』

『周りは敵だらけ……わぁーっ!?』


 隠れるところは、そこら中にある。しかも地形に影響されないシェイプシフター兵は、時に古代樹に張り付いて、上からの射撃するなど、敵魔人機部隊を翻弄ほんろうした。


『こんな……。アリのような歩兵に、魔人機が負けるだとぉ……!』


 魔人機パイロットたちは、何故自分たちがやられているのか理解できないまま、次々に機体を行動不能にさせられた。


 もし、この時、歩兵部隊がそばで随伴ずいはんしていたなら、シェイプシフター兵の待ち伏せに対応、最初の一撃はまだしも、その後の連続襲撃は防げただろう。

 歩兵が、潜伏している敵兵をあぶり出し、あるいは展開することで、以後の奇襲をやりにくくさせることができたはずだ。


 だが現実には、巨大な魔人機と、歩兵部隊は分けられていた。援護するはずの歩兵をつけなかったがために、魔人機やゴーレムといった敵兵を蹂躙じゅうりんする兵器は、潜伏兵に一方的に叩かれることになった。

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