第1113話、古代樹の森攻防戦・初日


 古代樹の森は大きい。

 魔人機ですら、小人に見えるスケール感である。地面から生えている草で、しゃがめば人の姿など簡単に隠れることができる。


 ウィリディス軍のシェイプシフター兵は、筒のような形をした武器――ロケットランチャーを抱えて、森の中を駆けてきた。

 ドゥエルタイプの魔人機やカリッグといった量産機が、潜伏していたシェイプシフター兵に死角をつかれて倒れていく。


 フォグはシェイプシフター兵である。彼はシェイプシフター歩兵大隊の指揮官であり、前線にあってはロケットランチャーを担いで走った。


右翼うよくに回り込め! 地形を活かせ!』


 全高5メートルを超える魔人機は、人間から見れば巨人だ。その巨人が、森にひそんでいる伏兵を探して、キョロキョロと頭を動かしている。

 バスーン、とロケットの飛翔音が聞こえ、また一機の敵魔人機が頭を吹っ飛ばされて倒れる。


 しかし、大帝国魔人機も黙ってはいない。ロケット弾が飛翔した際にかすかに残った白煙の跡をたどり、ドゥエル・ヴァッフェが戦斧を振り下ろした。

 魔人機サイズの巨大な鉄の斧は地面を割り、振動を起こす。大地にこするつけるようにスライドさせれば、土砂が巻き込まれて飛び散った。だがシェイプシフター兵らは、それらをかいくぐり、疾走する。


 そして別のシェイプシフター兵が、ドゥエル・ヴァッフェにロケットランチャーを叩き込んで、ひざを砕いて地面に倒した。


『フォグ隊長! 敵歩兵、接近!」


 味方兵が指し示した。

 森の一角から、大帝国の鉄兜、鎧をまとった兵の一団が駆けてくる。

 フォグは兜の奥の目をこらす。……槍兵のほか、盾を持った者が前列に見える。戦陣を切る魔人機・ゴーレム部隊が戦闘となったから、歩兵も突撃を敢行したようだ。


 きちんと隊列を組んではいない。だがまとめて前進する姿は、さながら海岸線に押し寄せる波のようだった。


『よし、撤退!』


 フォグが指示を発した。


『次の待ち伏せ地点まで後退!』


 魔力通信機により、潜伏・奇襲を仕掛けていたシェイプシフター兵が素早く後方へと走った。隊列を組まない分、非常に足が速い。


「ウワアアアァ――」


 大帝国兵の蛮声が、古代樹の森に轟いた。数で押そうという密集戦法。見た目と声のインパクトは、対峙した敵陣営の士気をくじく。

 だが、進撃する大帝国歩兵に、第二の手が迫った。

 飛来する矢。そして爆発。爆風が帝国兵を吹き飛ばす!


「敵の魔法か!?」

「敵襲ーっ!」


 見えない敵からの攻撃。爆発が連続し、飛んできた矢に貫かれて、士官や兵が倒れていく。

 木の高い場所、茂みの裏などに潜んでいたのはエルフ射手である。


「我らの森だ! 帰れ、人間っ!!」


 得意の弓を使い、矢は大帝国兵を一人、また一人と射殺していく。中には爆発魔法付きの矢も含まれ、攻撃魔法よろしく敵集団のあいだに炸裂、まとめて打ち倒した。


「落ち着けぇー! 敵は少数だァー!」


 歩兵の指揮官は声を大にして叫ぶ。


「敵は隠れて攻撃する程度の数しかおらぬ! 損害に構わず前進! エルフを皆殺しにしろー! おわっ――」


 喉を矢に貫かれ、指揮官が倒れる。

 古代樹の高所に張り付いているエルフからは、大帝国兵の配置や動きがよく見えた。指揮官と見れば狙撃し、密集地点には爆弾矢を撃ち込む。


 だが帝国兵の動きは止まらない。何より数で圧倒しているのを彼らは熟知していたからだ。

 確かに撃たれているが、味方が全員殺される前に、敵を全員殺せるだろうという思いがある。であるならば、数を頼りに進み、エルフを狩り出すだけだ。


 その時、地面に潜伏していた人型戦闘鎧――エルフ仕様パワードスーツ部隊が突如現れ、大帝国兵に襲いかかった。

 ウィリディス式パワードスーツ、ヴィジランティをベースにエルフ用に調整された『ホワイトガード』が、対ゴーレム用ハンマーや大型魔獣用長剣を手に、敵歩兵をなぎ倒す。


 怪力のオーガ相手でも一対一で殴り合えるように作られたホワイトガードのパワーは、大帝国兵を甲冑ごと引き裂き、大型盾すらへこませ、潰した。

 これらパワードスーツを撃退するはずのゴーレムや魔人機が手薄になったところでの強襲だ。その剛力に巻き込まれればミンチになるのが目に見えているため、大帝国兵らの足が止まり、むしろ下がろうとする。


 だが後続が前進しようとしている中で、前が止まればどうなるか。押し合い、身動きがとれなくなったところを、稲を刈るがごとく、ホワイトガードが大暴れする。

 エルフの思わぬ反撃は、大帝国のフェール陸軍中将を苛立たせた。


「そんな魔人機の出来損ないに何を手間取っておる! 魔人機はどうした? さっさと蹴散けちらしてこい!」


 将軍の命令に、中衛の魔人機中隊が前へと出る。

 全高5から6メートルある魔人機に対して、パワードスーツはその半分程度の大きさだ。純粋な力比べではどうしても劣る。

 大地を踏みしめ走ってくるドゥエル・ヴァッフェら陸軍魔人機を見やり、エルフ・パワードスーツ隊は後退を開始する。


 だが行きがけの駄賃とばかりに、携帯していた対魔人機ロケットランチャーを使って、一機でもドゥエルタイプを撃破しようとするエルフたち。

 前進が止まる歩兵に代わって、魔人機部隊が一気に前線へと躍り出る。


『敵は逃げ腰だ! 追え追えっ!』


 魔人機隊指揮官の鼻息も荒い。


 だがその時、地面から煙幕弾が打ち上がり、周囲にどす黒い煙を吐き出した。それが複数、まるで黒いカーテンのように広がる。


 大帝国魔人機はその中を突っ切り、煙の壁を抜け出した。だがその瞬間、飛来したロケット弾が襲いかかり、頭部や足などを吹き飛ばされた。


『対魔人機、撃退ゾーンへようこそ』


 シェイプシフターリーダー・フォグは、部隊と共に第二陣地へ後退していた。歩兵と切り離されて、またも先行する魔人機部隊に向けて攻撃を開始した。



  ・  ・  ・



 エルフ軍浮遊島ギルロンド司令部。

 俺は前線の報告と、観測員から送られてくる魔力映像を見て、戦況の把握に務めていた。

 森に入った大帝国軍は、いまのところエルフ・ウィリディス軍の待ち伏せエリアにて、順調にその戦力を削られていた。


「一度に全部を相手しようとするな。敵に打撃を与えたら後退しろ」


 とかく陸上の戦闘というのは長引くものだ。平原で大群同士がぶつかるのだって数時間や半日、あるいはそれ以上かかることもある。

 本格衝突ではなく、奇襲の繰り返しでは、そうそう決着がつくものではない。


『大帝国軍、進撃を停止!』


 通信士が前線からの通信を報告した。ディーシーが口元に笑みを浮かべた。


「どうやら、敵さんは今日はここでお開きにするつもりのようだな」

「想定通りだよ、初日の成果としては悪くない」


 ここまでは予想範囲内。だが油断はできない。

 何せ敵には、魔神機という一騎当千になりかねない強敵が残っているのだから。

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