第1100話、喪失には報復を


 突撃戦艦『長門』と『陸奥』が撃沈された。

 俺は、ステルス空母『タブシャ』で、詳細な報告を受けた。大帝国の新型と思われる戦艦級の追撃を受けた突撃部隊は、突撃戦艦2隻を迎撃に向かわせたが、返り討ちにあったらしい。

 敵第四艦隊空母群をポータル誘導した二番機のリムネ・フラウラ組も戻っていたから、こちらの戦艦2隻の喪失に驚いていた。


「まさか、攻撃力に秀でたトサ級2隻を相手に、無傷の新型なんて……」


 リムネの言葉に、ベルさんは首を傾けた。


「大帝国野郎もただではやられないってことだろうな」

「……」


 俺は喪失した『長門』『陸奥』を思い、胸の奥がざわついた。やはり旧海軍艦艇の名前を流用したのがいけなかったのか。海軍好きな心情としては、ちと悲しい。


「とはいえ、こちらはそれより多くの敵を沈めたからなぁ」


 ベルさんが言ったが、まさにそれだ。

 土佐級突撃戦艦4隻は、敵戦艦群の大半を撃沈するという武勲ぶくんを立てている。しかし、まったく無傷で戦いを切り抜けられるとは、さすがの俺も思っていない。


「だが、この新型にはお礼参りが必要だと思うね」


 うちの戦艦を沈めて、調子に乗られても困る。実際、土佐級と戦って無傷、という性能の敵艦を放置しておくことはできん。

『長門』『陸奥』の交戦状況は、観測ポッドにより記録済み。俺たちは、戦闘の様子を再生し、検証に当たった。


「40.6センチ砲を弾き返すシールドか」


 ベルさんが唸った。


「ナガトとムツといやぁ、前方への集中砲火はウィリディス一だろ? それに耐えるなんて、なんつー防御シールドを持っているんだよ」

「いや、あれは結界水晶だよ」


 うっすらと敵戦艦を覆っている防御シールドを見ながら俺は指摘した。ベルさんはまゆを吊り上げた。


「結界水晶って、エルフの里の結界か」

「こちらも、キング・エマン級戦艦や新艦で装備させていたんだがな。……どうやら敵さんも同じことを考えた奴がいたということだな」


 こちらの突撃戦艦が砲撃している時は、敵艦も反撃していない。それは結界水晶防御は外側だけではなく、内側からも作用するので撃っても意味がないからだ。

 そして自分が発砲する時だけ、結界を解除している、と。


「じゃあ、その攻撃のタイミングじゃないと、こちらも仕掛けられないってこと?」


 じっと見ていたフラウラが言った。リムネは腕を組んで難しい顔になる。


「でも、それだと敵も撃ってくるタイミングだから、相打ちになってしまうのではないかしら?」

「よしんば相打ちに持ち込んだとしても、相応の攻撃力がないと敵を倒せないぜ? 何せあっちは戦艦だ」


 ベルさんは言った。フラウラが俺に視線を寄越した。


「お父さん……」

「対策はある」


 俺の発言に、ベルさんが片方の眉を吊り上げる。


「あるのか」

「こっちでも使っているものは、敵も使う可能性があるって考える主義でね」


 結界水晶防御を採用する時、敵が同じく結界水晶防御を使っていたらどう突破しよう、と考えてある。

 答えは、魔法文明時代にすでにあった。何故か兵器として採用されなかったのは、敵対者が結界水晶防御を使わなかったからだろう。


「いわゆる、こんなこともあろうかと、作っておいた特製ミサイルがある。これを使えばあの敵戦艦も結界ごと沈められると思う」


 撃沈の手段は問題ない。あとは、どうやって敵戦艦にそれを叩き込むか、だが。


「現状、数が限られているから、無駄撃ちはしたくない」


 陽動で、敵戦艦の注意を引くものを出したい。しかし、囮艦も沈められることを前提ぜんていにしたくはない。

 犠牲を出して勝つのは簡単だが、出さずに勝つのが理想。しかしそれが難しいときたもんだ。

 ……いや、案外、そうでもないか。


 俺はさっそく、使用できる兵力を検索し、敵新型戦艦への速やかなる報復の準備を整えていった。



  ・  ・  ・



「それでは、クローウン艦長、後は任せる」

「はっ、将軍閣下もお気をつけて」


 大帝国シェード遊撃隊、特型バトルクルーザー『ラガード』。シェード将軍と参謀長のオノールは連絡艇に乗り込んだ。

 艦長の見送りを受け、将軍らを載せた連絡艇は、『ラガード』から離れた。


「……しかし、エルフの里攻撃軍の半数を、たどり着く前に失ってしまうとは」


 オノール参謀長は沈痛な表情を浮かべた。


「敵の行動は、こちらの想像を遥かに超えていました」

「戦闘空域のかなり手前……誰もが攻撃を想定していなかった空域で襲われた」


 シェードは椅子に腰掛けたまま、目を閉じる。


「さすがは、神出鬼没の魔術師と呼ばれたジン・アミウールだ」

「それなのですが、将軍。あの攻撃は本当にジン・アミウールなのですか?」


 当然の疑問だった。何故なら大帝国の人間にとって、かの英雄魔術師の死は一年近くも前の話である。


「皇帝陛下は、あの魔術師の生存を認めている。それに、ジン・アミウールだと思えば、一連の攻撃も合点がいく」


 大帝国にとっては悪夢だろうが――シェードは静かに息をついた。


「さて、ヒュース中将は、どう出るか……」


 第二艦隊司令長官であるヒュース提督は、今回のエルフの里攻撃における海軍の総指揮官である。

 しかし、手駒であり、攻撃軍の半身である第四艦隊が全滅した今、選択を迫られている。

 皇帝陛下の命令に従い、エルフの里を攻撃するか。半減した戦力では、攻略は無理と判断し、撤退するか。


「これまでの相手なら、第二艦隊単独での攻略も可能だった」

「しかし相手は、エルフだけでなく、得体の知れないシーパング。場合によってはヴェリラルド王国も出張ってくる可能性があります」

「実際にはもう来ている。第四艦隊はそれにやられた」

「そうでした……」


 オノールは頷いた。


「果たして、第二艦隊だけで攻略できるのか」

「……」

「それを話し合うための招集でありますが」


 シェードらを乗せた連絡艇は、第二艦隊の旗艦へと向かっている。ヒュース提督は、敵艦隊に一矢報いたシェードに、参考意見を求めてくるかもしれない。


 ――いや、それはないか。


 何故なら、ヒュースはガチガチの貴族派。つまり、シェードのことを好ましく思っていない派閥だからだ。

 ただ、今後の対応をどうするかの話し合いは行われるだろう。主な戦隊指揮官を招集するのは間違いないのだから。

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