第1080話、聞くだけでは信じられないこと


 機動巡洋艦『ユニコーン』はアリエス浮遊島軍港に帰港した。

 回収されたT-Aは、すぐさま陸戦兵器用の基地に運び込まれ、点検と整備を受ける。

 今後どう扱っていくかは、エルフの里で回収した一号機も含めて、考えていこうと思う。


 俺は、ウィリディス軍と諜報部に、ディーシーの置き土産である各秘密拠点の確認とその確保を命じている。

 幽霊空母を始め、各種魔人機や航空機は、ウィリディス軍の兵力を一挙に倍増させる。この確認任務には、新たにディーツーを充てた。


 今回の件も含め、大帝国が遺産探しに躍起やっきになっているようなので、早々に手をつけておきたい。

 さて、オブリーオ村で拾ったヴィルとリオの今後について考えないとな。


 レウたち魔法人形の子たちと先に話させることで、ウィリディスでの環境や今後のことを考える余裕を二人に与えるつもりだったが……。まさかベール君が先に声をかけていたとは。

 ドラグーン中隊のパイロットをやっている元エツィオーグの彼は、ユニコーン航空隊に属しているので、当然ながらこの艦で会う可能性はあったわけだ。

 個室に呼び出して、ヴィルとリオの面談をする俺。


「……ノイ・アーベントという町に住めるよう手配もできる。獣人や亜人が大丈夫というなら、リバティ村という静かな場所も選べる」


 ポイント・エーデも集落があるが、あそこは冒険者の拠点だから、無関係な人間には少々住みづらいだろう。


「あの、侯爵様」

「何だね、ヴィル君」


 十三歳だという少年は言った。


「僕も、帝国と戦えますか? T-Aに乗って」


 おや、T-Aのパイロットに志願か? 俺はじっと、ヴィルを見つめる。


「大帝国と戦うのか? 家族の仇討ちか」

「……」


 ヴィルは俯いた。


「帝国……大帝国は、悪い奴らなんですよね? 母さんと、父さんと……村の人たちをいっぱい殺したんですよね」


 渦巻くのは喪失そうしつに対する怒りか。子供といえど、復讐心は芽生えるものだ。

 この少年も戦いに身を投じようとするのか。


 しかし、T-Aを寄越せとは、大きく出たものだ。彼は、まだそれしか知らないからだろうが、果たしてあれを子供に預けていいものかどうか。

 ……駄目だろう。普通に考えたら。


 マギアブラスターのような絶大な武器を、思春期真っ盛りな子供に託すのは無理がある。精神的に未成熟。ちょっとした感情の暴発で周囲を破壊してしまう可能性もある。

 とはいえ、それを言ったらエツィオーグや魔法人形の少年少女にも同じことが言える。


 あの子供たちは大人に軍人として戦う術を叩き込まれた。特殊な環境もあって、兵器への適合が高い。ただの子供と感情のスイッチが違うが、かと言って、不安定な年頃なのは変わらず、注意が必要だ。


「意志は尊重するが、適性は見ないといけない。人には向き不向きがあるからね」


 そう言葉をにごしておく。問題ないとなれば、その時は、委ねてもいいかもしれないが。


「リオ、君はどうする? 軍以外にも仕事は用意できるが」

「わたしは、ヴィルと一緒にいれれば……」


 そう言ったリオは苦笑した。


「でも、戦いとかは、さっぱりなのですが」

「武器をとって戦うだけが軍ではないからね。たとえば料理したり、物を運んだり、掃除したりというのも不可欠な仕事である」


 当面、軍属扱いになるかな。


「承知した。極力、希望に沿うように手配しよう」


 ということで、今回の件は、以後ディアマンテや人事部門に相談だな。



  ・  ・  ・



 王都で開かれるズィーゲン会戦の祝勝会開催に、新たな動きがあった。


「貴族たちに航空艦隊を披露ひろうしたい」


 そう、エマン王が発言した。ウィリディス屋敷で、俺はアーリィー、ベルさん、そしてエマン王とランチを摂っていた。


「ズィーゲン会戦では、航空艦隊が大帝国の艦隊を撃滅げきめつした。ほとんどの貴族は、話には聞いているが、空を飛ぶ艦というのを見たことがない」

「そうですね」


 思い起こせば、ズィーゲン会戦に北方軍に参加した貴族、ノルテ海艦隊のヴェルガー伯爵、アンバンサーとの戦いに従軍した王国軍とクレニエール侯爵とその軍くらいか。飛行できる艦艇を見たり、戦っているのを見たのは。


「一応『ディアマンテ』を呼び寄せて、王都の上を航空隊が飛行するくらいは予定されていたんだけどね」


 アーリィーが言った。それは俺も聞いている。

 機械文明テラ・フィデリティア製の巡洋戦艦は、先のズィーゲン会戦でも旗艦を務めた。これにマルカスらトロヴァオン戦闘攻撃機の中隊を参加させて航空機のお披露目ひろめをする――という感じだ。


 が、ここにきてエマン王は『艦隊』を出したいとおっしゃる。


「理由を挙げれば、一部の諸侯が大帝国に対する脅威きょういを感じている」


 北の大帝国。東の連合国への大侵攻。その強大なる力の噂は、遠く西方諸国にも鳴り響いている。

 もし俺たちウィリディス軍がいなければ、このヴェリラルド王国とて正面から戦おうなどとはエマン王は考えなかっただろう。


「これから連合国や西方諸国……正確には隣国のリヴィエルだな。これらと共に大帝国と戦っていくのだ。国内の意志は統一しておきたい。内側から足をとられてはかなわんからな」


 エマン王は、大帝国とやりあうつもりでいる。これは俺の考えと一致する。味方に足をすくわれては困るというのも同じだ。


「そのために、国内の貴族たちにヴェリラルド王国は大帝国と戦える戦力がある、と確信させる必要がある、ということですね」

「その通りだ、ジン」


 エマン王が頷けば、ベルさんが皮肉げに言った。


「ズィーゲン会戦で、ジャルジー率いる北方軍が大帝国をやっつけたのにな」

「そう。勝ったのだが、本当かどうか疑っている者もいるようだ」


 勝利と発表したが、実際は嘘でした、ってな。大本営だいほんえい発表。

 アーリィーは苦笑した。


「でも、航空艦も航空機も戦車も見たことがない貴族からしたら、あの大帝国と戦えるなんて話、信じられないのも無理ないよ」

「それを黙らせるために、ガツンと皆の目に刻みつけてやる必要があるわけだ」


 俺はパシンと拳を手のひらに打ち合わせてみせる。

 無駄に現代兵器を見せびらかしたいわけではないが、国が内部分裂を起こすことのほうが面倒だ。エマン王の考えに、俺も賛同させてもらおう。


「では、祝勝会と同時に観艦式かんかんしきを挙行するという方向で」

「カンカンシキ……?」


 エマン王とアーリィーがキョトンとした。初めてのワードだったのだろう。

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