第1078話、孤立する少年
ディーツーが、T-A二号機の制御コアと交信を行ったおかげで、スムーズに事が運ぶ……と思っていたんだがな。
俺とベルさん、ディーシーにディーツー、シェイプシフター兵と共に、T-A二号機が
村人が集まり、何やら揉めている?
「よそ者が勝手なことを!」
「そういう言い方、駄目だよ!」
よそ者? 俺はベルさんと顔を見合わせる。俺たちのこと……ではなさそうだけど。
「なんで父さんや母さんを一緒に連れていってくれなかったんですか!?」
「おれたちだって逃げるので精一杯だったんだ!」
「母さんは、足が不自由だったのに!」
「うるせぇ! オレだってなあ、ジーナがな! ジーナが、吹き飛ばされて――」
かなり感情的なやりとりだ。村を襲われた時に、逃げ遅れた人や犠牲になった人が出て、その悲しみや怒りのままに声を荒げているようである。
「どうこう言うなら、お前がもっと早く巨人様を動かしていれば、うちのおっかさんが死ぬこともなかったんじゃないかっ!」
「そうだ、お前がグズグズしてるから!」
「ちょっと、それ無茶苦茶言ってるわよ!」
「お前、こいつを庇い立てするのか! こいつの親父はそもそもよそ者――」
「お前ェー!」
集団がさらに騒がしくなった。どうも、取っ組み合いの
できれば、こういう場面に介入したくはないのだが……。
「どうしよ?」
「ちょっと待つか?」
ベルさんが首を傾げる。ディーシーが嘆息した。
「どうでもいいが、さっさとT-Aを回収しよう」
「それがいい。コアには話をつけている」
ディーツーも肩をすくめた。
村人たちが取っ組み合いを止める――ということもなく、何故か少年が数人に殴られている。おいおい、こういう場合、止めるもんじゃねえの?
俺は指を鳴らす。魔法で音を増幅させ、轟音で騒動をやめさせる。村人たちは耳を押さえ、その場にうずくまった。
「この喧嘩は何事か!?」
俺は声を張り上げ、村人の視線を集める。……おっと、自己紹介しておこう。
「私はウィリディス侯爵、ジン・トキトモだ。騒ぎをやめろ」
「お、お貴族様――!」
村人たちが侯爵と聞いて、慌ててその場にひれ伏した。……貴族の影響力すげぇ。
ちなみに、ウィリディスの名前を出したが、たぶんここの人は誰ひとりウィリディスがどこか知らないはずである。
そもそもこの国の人間ですらないが、村人たちは貴族と知って反射的に反応したようである。
たぶん、どこの貴族なのかは彼らには
「代表者はいるかね?」
できるだけ穏やかに俺は心掛ける。あまり緊張され過ぎても困る。
村長がこの場にいなかったので、進み出た村人から話を聞く。
どうやら、村の守り神である鉄の巨人を、ヴィルという木こりの少年が動かして、侵略者と戦ったらしい。
……少年!
俺は、そのヴィルという少年を見る。
十二、三歳くらい。どこにでもいる普通の少年という感じだが……。村人たちと喧嘩をしたのは彼だったらしく、顔にアザとかできてる。治癒魔法をかけてあげよう。
俺たちウィリディス軍が駆けつけた後、ヴィル少年は生き残った村人と合流したが、両親が死んだことを聞かされ、感情的になり、先ほどの騒動になったらしい。村人たちも家族に死傷者が出ているから、売り言葉に買い言葉。プッツンしてしまったというのが真相のようだ。
「では、今回の状況について説明しよう」
俺は、この……オブリーオ村だっけ。それを襲った災厄について、かいつまんで説明した。
大帝国が、鉄の巨人を狙って襲ってきたこと。大陸侵略を狙う大帝国は、巨人を利用するつもりのこと。
「我々は、これを回収しにきたんだが……」
俺の言葉に、村人たちがざわめく。
「もっと早く来ていれば、村が襲われることもなかっただろう。すまなかったな」
T-A二号機を先に回収したら、村が襲われなかったかも、というのは推測で、関係なく攻撃された可能性はあったが。
「一度は撃退したが、ここに巨人があれば、また大帝国が大部隊を送り込んでくるだろう。そうなれば、君らも助かるまい」
「……」
不安げに視線を動かす村人たち。
「これをさっさと動かそうと思うが……よろしいか?」
一応、確認はとる。どのみち回収するつもりではあるが、平和的にやりたい。
「も、もちろんです。その、この巨人を持っていてください!」
「おい!」
代表として出た村人が言えば、同年代くらいの村人が口を挟んだ。
「いいのか? 村の守り神なのだぞ!?」
「お前も聞いていただろう? 大帝国が攻めてきたのはこの巨人のせいだって! だったら、ここに置いておいたら、おれたち皆殺しにされるぞ!」
守護神じゃなくて、疫病神だ――という言葉も上がる。……何気に、作ったほうとしては傷つくなぁ。
代表役の村人が平伏した。
「どうぞ、侯爵様! この巨人をこの村から出してくださいませ!」
大方の意見が、巨人撤去の方向で賛成のようだった。自分が詐欺師をやっているような気分になってきて、俺としては複雑。嘘は言っていないんだが。
「承知した。今、村のほうではウィリディスから救助物資を運び込ませている。怪我人がいるなら手当もしてもらえる」
「あっ、ありがとうございます! 侯爵様の御厚意、感謝いたします!」
村人一同が頭を下げた。
村人たちが村へと戻るのをよそに、俺はディーシーとディーツーへと視線を移す。
軍服姿で軍帽を被っているのはディーツー。軍帽なしで、背中からも偉そうな空気を感じるのがディーシーだ。
俺が近づくと、彼女らはT-Aを見上げたまま言った。
「話し合いは済んだのか、主よ?」
「うん、こいつを早く持っていってほしいってさ」
「案外、あっさり手放したものだな」
「それだけ今回の攻撃にショックを受けたんだろう」
村長がいないのと、まだ動揺が抜けていないのだろう。
「まあいい。……ディーツー」
「コアとリンクした。今、動かす」
ディーツーが手招きするように手を振ると、膝立ちだったT-A二号機が立ち上がった。
いきなり動き出したことで、村人が何人か驚いたが、もはや眼中にない。
いや、正確にはひとり――俺は、T-A二号機を動かしたというヴィル少年を眺める。
「彼は家族を失ったそうだ」
「へえ」
ディーシーは興味なさそうだった。ベルさんが俺を見上げる。
「あのガキを拾おうってのか?」
「話が早いね」
さすがは相棒。俺はしゃがむとベルさんの頭を撫でた。
「彼は、この村ではよそ者の息子という扱いで、正直あまりよろしくない。今回のことで、村人たちとの間にミゾを作ってしまったようだから……下手すると村から追放だ」
「かもな」
ベルさんは同意した。閉鎖的な環境にある場所にあればこそ、そこに住む人々の結束というか集団意識は強い。ひとたびその輪から外されると生きていくのは難しくなる。
「うちの子供たちと歳も同じくらいだ」
「だろうな」
それが何だ?という顔をするベルさん。……そうだな、何でもない。
俺はヴィル少年のもとへと行く。
ひとり、途方に暮れているという感じで、ヴィル少年は膝を抱えている。同い年くらいの少女がそばにいて、そんな彼を慰めている。
「取り込み中かな?」
「侯爵様」
少女がひざまずこうとしたので、俺は振って手で止める。
「そのままでいい。ヴィル少年、君、家族を失ったって?」
「……はい」
少年は俯いた。目元が赤い。この頃の年なら、もっと泣いてもいいと思うが、貴族を前に
「気の毒にな。これから、やっていけそうか?」
「……わかりません」
ヴィル少年は視線を地面に向けたままだった。
うん、わかるわけないよな。
「村の外に出るつもりなら、我がウィリディスへ来るといい。住むところも用意しよう。自立できるようになるまで食べ物も手配する」
どうだろうか?
俺が言えば、ヴィル少年はしかし立ち尽くしていた。
「すみません、その……僕、なんて答えたらいいのか……」
「そうか。そうだな。まだ頭が働かないか」
家族を失った現実感が、いまになって押し寄せているのかもしれない。あるいは悲しみで、考える余裕もないのかも。
何せ、彼はまだ子供だ。
「わかった。じゃあ、一緒にきなさい。帰りたくなったら、その時はここに帰してあげるから」
少なくとも、ここにいる大人で彼の味方をしてくれる者は少ないだろう。俺はそっと、ヴィル少年の肩を支えると、そのまま歩き出した。
「あ、あの……」
女の子が声をかけてきた。
「その……わたしも、一緒に行ってもいいですか? 侯爵様」
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