第1076話、巨人の目覚め
オブリーオ村。ケーネンワルト国の国境近く、エルラ大森林にほど近い小さな村だ。
隣国パルシャがディグラートル大帝国によって占領され、次はケーネンワルト国かと中央が騒がしい中、辺境の村であるオブリーオ村には戦乱の影はなかった。
……それまでは。
その日、大帝国の空中艦隊が
村には、魔獣を警戒する柵と見張り台があったが、そんなものが全高五メートルを超える巨人を前に何の役に立つことはなかった。
爆発。家が踏みつぶされ、人々は投げ出される。どうして襲われているのか、さっぱり理解できず、村人たちは逃げ回った。
大帝国親衛隊第三隊。コサンタ級重巡洋艦を旗艦とする五隻は、オブリーオ村の上空にあった。
「村の制圧は、間もなく完了します」
通信士からの報告に、隊司令であるエダル大佐は頷いた。
「このような辺境の制圧など造作もない」
ろくな防衛設備もない村など、魔人機一機でも充分ではないか。
「村人の動きは?」
「はっ、近くの山へと避難している模様です」
地上に降ろした陸戦型魔人機ドゥエル・ヴァッフェは、逃げる村人を追跡している。
「ふん、鉄の巨人伝説か……」
エダル大佐は鼻をならした。
「古代文明時代の遺産かもしれん、か。せめて情報部も確かな情報を送ってくればよいものを」
そうであったなら、わざわざ村を焼き払う必要もなかった。
偉大なる皇帝陛下が、かつて存在していたという文明の遺物発掘に注力されているのは、親衛隊のエダル大佐も理解している。今回の鉄の巨人伝説が本物であることを祈らずにはいられない。
「わざわざ出向いただけの価値があればよいのだがな」
エダル大佐は通信士に視線をやった。
「地上部隊に村人を追い立てさせろ。巨人伝説にすがる連中なら、逃げ込む先はそこだ」
鉄の巨人とやらを回収するためにやってきたのだ。手ぶらでは帰れない。
「司令! 地上部隊より緊急入電です!」
「!? 見つかったか?」
「は、その……未確認の人型が一機、村人が逃げ込んでいる山の中腹より出現しました!」
出現した、だと? ――エダル大佐は眉をひそめた。
「まさか、動いているのか?」
・ ・ ・
ずんぐりした巨人だと、ドゥエル・ヴァッフェに乗る大帝国パイロットは思った。
頭が大きいのか、短足のせいか。背が低く見えるが、横幅があって、さながらゴーレムのようだ。
「……思ったよりデカい!」
背が低く、というのは全体のバランスのせいだった。実際のところ、その巨人は、ドゥエル・ヴァッフェの二倍以上、大きかった。
『小隊長! どうしますか!?』
部下の操縦するドゥエル・ヴァッフェが集まってくる。それぞれハンドアックスやサンダーランスを手に、巨人を見守っている。
「回収するだけのはずだったが……」
まさか動くとは思っていなかった。まったくの予想外の事態に、部下たちも困惑する。
「アレを持って帰れという命令だが――」
どうしたものか、と隊長は迷う。破壊しろとは命じられていないが、果たして攻撃していいものかどうか。
村の守り神らしいから、その村の危機に動き出したとでもいうのか?
「様子を見る。とりあえず距離を詰めて、巨人を包囲しろ」
『了解!』
ドゥエル・ヴァッフェ、四機が巨人へと近づく。
すると、その巨人が一歩を踏み出した。ズシン、と、これまで聞いたことがない強い足音が聞こえた。
そして巨人の胴体や肩の一部がパカリと開いた。
「何だ?」
隊長は目を見はる中、巨人の全身から無数のミサイルが飛び出した。
「なぁにっ!?」
多数のミサイルがドゥエル・ヴァッフェを襲い、四機はたちまち爆発に巻き込まれた。とっさのことに回避する余裕もなかったが、仮に回避しても、おそらく
「……?」
隊長は思わず閉じていた目を開く。ドゥエル・ヴァッフェにダメージはなかった。防御障壁がミサイルの嵐をすべて防いだのだ。
「……脅かしやがって!」
一発、巨人にヴァッフェの巨斧を叩きつけてやる! モニターの視界が、爆発時に発生した煙が流れてクリアになった。
画面いっぱいに、巨人の姿が大写しになった。すぐそこまで迫っていたのだ。そして巨人の鉄拳が、障壁を突き破りドゥエル・ヴァッフェの胴体をぶち破った。
・ ・ ・
村の木こりの息子ヴィルは、T-Aの操縦席にいた。
オブリーオ村を大帝国親衛隊が襲った時、彼は友人たちと秘密の遊び場――鉄の巨人が安置されている地下神殿の近くにいた。
家族や幼なじみのリオがいる村が攻撃されている――ヴィルはどうすることもできない状況にしばし立ち尽くしたが、村の守り神である鉄の巨人のもとへ走った。
今こそ、村の危機! 助けてください、と
すると、巨人が動き出した。伝説は本当だったと思った瞬間、膝をついた巨人は胴体の一部を開き、さらに手を差し出した。
まるで『乗れ』と言わんばかりに。
ひょっとして村に案内しろ、ということか? そう考えたヴィルが巨人の手のひらに乗ると、そのまま胴体の穴の近くに手が動いた。
「中に入れ、と言っているの?」
巨人は答えないが、そのまま動こうともしないので、ヴィルは意を決して中に入った。
そして今に至る。初めての操縦席に座り、どこからともなく聞こえる女性の声に促されるまま、T-Aを動かしている。
大帝国のドゥエル・ヴァッフェ――村を襲った敵に対して、その声は告げた。
『クリエイトミサイルの一斉発射を目くらましに、敵機に肉薄。パンチを見舞え』
とても上から目線の女の声だった。まだ勝手のわからない操縦桿やペダルを扱いながら、ヴィルは、半ば自棄になっていた。
「お前たちが、悪いんだぞーっ!!」
敵魔人機の大きさは、ヴィルの動かすT-Aの半分もない。怖いことなどあるものかと内心叫びながら、T-Aは前に出る。
繰り出されたT-Aのパンチは、ドゥエル・ヴァッフェの胴体を吹っ飛ばし、その手足を残して、村の向こう側へと放物線を描いて飛んでいった。
一機撃墜。その威力に、ヴィルはしばし言葉を失う。
『呆けるな、少年。次が来るぞ』
まだ、ドゥエル機は三機が残っている。例の上からの声が響いた。
『ほら、我がロックオンしてやる。ボタンを押せ! ブーストパンチだ!』
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