第1071話、仕事ではありません、遊びですよ


 クレニエール侯爵との魔力電話の後、俺は、うちの航空騎士であるマルカスの実家、ラッセ・ヴァリエール伯爵と、さらにノルト・ハーウェンのヴェルガー伯爵と相次いで連絡をとった。

 いずれも近況報告と雑談であり、特に急を要する内容ではなかった。最後は『戦勝会でお会いしましょう』で終わった。


 次に、ノイ・アーベントを任せているパルツィ氏に電話。町は拡大の一途を辿たどっており、その規模は王都レベルになりつつあるとのことだった。

 人工ダンジョンコア『ガーネット』のサポートがなければ、とても賄いきれなかったと、パルツィ氏は言った。


 機械文明時代の都市管理コアであるグラナテ、そのコピーであるガーネットは本領を発揮して、都市の運営・管理を行っているようだ。


「王都で、ズィーゲン会戦の戦勝会が開かれる」

『聞き及んでおります。貴族の方々が、ノイ・アーベントから減りましたからね』


 どこか安堵するようにパルツィ氏は笑った。


『もっとも、貴族の奥様やご令嬢方は、ノイ・アーベントのお菓子や宿泊施設に夢中のようですが』


 貴族専用のホテルとか、現代的味付けのされたノイ・アーベントでの食事。もう実家に帰りたくないという貴族の娘たちも少なくないと聞いている。

 別荘を建てたい貴族もいるらしいが、いちおう俺の領地だ。お伺いを立てねば、いくら金を積んでも難しいこともある。


 俺に会おうとする貴族たちも、ひょっとしたら何割かそうした家族からの要望もあったりしてな。


「今回の戦勝会の後、車やパワードスーツの注文がなお増えるかもしれない」

『かも、ではなく、増えるでしょうね、ええ』


 元王都商業ギルドのサブマスターであるパルツィ氏は認めた。


『そちらの部門の増産施設も順次拡大、整いつつありますから、注文には応えられると思います』

「それを聞いて安心した」


 なにぶん、俺としては大帝国戦に集中したい。一線級の軍備ではないところ、貴族たちの要望や民間需要じゅようなどは、どうしてもお任せになってしまう。


「忙しいだろうが、君も無理をしないように」

『恐悦至極に存じます……と、あなたも休んでくださいね、侯爵様』


 冗談めかした後、パルツィ氏は俺の望む気さくな調子で言った。


『戦勝会なんで、そうも言ってられないでしょうが。……着ていく服あります?』

「アーリィーが手配してくれている。ウィリディス式じゃいかんかね?」

『その格好で出るお仲間を増やした後のほうがいいと思いますよ』


 現状、お勧めしない、というアドバイスを頂戴した。


「急な報告案件はないな? それなら、君の助言に従い、俺は休むよ」

『緊急案件はないと思います。見ておいて欲しいレポートはありますが、それはいつも目を通していらっしゃるでしょうし……』

「なら結構」


 お疲れさまと、互いに通話を終える。

 さて、用事を思いつかないうちに休むとしよう。


 といっても、働いている皆の仕事を増やすこともないので、インドアな趣味に時間を使うことにする。



  ・  ・  ・



 アリエス浮遊島司令部にある、俺の執務室兼、休憩室。

 何だか職場感バリバリであるが、大帝国との戦況を確認、必要な指示を出した後、プライベートなお時間を過ごした。

 趣味のひとつであるお絵描きだ。


「主の言うお絵描きとは、ずいぶんと物騒なのだな」


 休憩室のソファーで読書しているディーシーがそんなことを言った。おやつの魔力生成ドーナツを食べながら、優雅ゆうがなティータイムを過ごしていらっしゃる。

 俺はと言うと、データパッドを利用して、書き書き。


「……君がいけないんだぞ。あんなに色々面白ギミックを持ち帰ってくれたんだからな」


 題して、『超戦艦計画(案)』。スーパーバトルシッププラン。


 魔法文明時代の三年間のディーシーの経験、その後のディーツーによる新技術開発がもたらしたもの。それらを取り入れて、新兵器の開発案を描いているのだ。


「新しい技術があるとね、それを投入したくなるものなのさ」


 むしろ利用しないほうがおかしい。


「兵器の開発とは日進月歩。敵がいる現状、追いつけ追い越せは当たり前。現状に満足していては、いつ足をすくわれるかわからない」


 レシプロ機関の空中艦艇を使っていた大帝国が、魔法文明時代の艦艇を使うようになり、その性能は飛躍的にアップした。

 こちらも機械文明時代――テラ・フィデリティアの技術で大帝国を凌駕しているが、双方のレベル差は縮まってきている。


 魔法文明時代を生き延びたクルフが、大帝国の皇帝をやっている以上、まだまだ隠し球もあると考えたほうがいい。

 あの男は、常に敵の反応を見て、それ以上のものを出してくる傾向がある。艦艇だって、ウィリディスのドレッドノート級や大和級を超える戦艦が出てきてもおかしくないのだ。


「仕事熱心なことだ」

「……今はお絵描きの段階だよ」


 俺は想像を働かせて、遊んでいるのだ。断じて、仕事をしているのではない。……結果的に仕事で役に立つかもしれない、という話であっても。


「趣味と実益を兼ねる、というやつか」


 ディーシーは本を読むのをやめて、俺のところまでやってきた。


「どれどれ……ほほう、ベースはディアマンテ級か」

「ドレッドノート級だと、やや小さいかなと思って」


 それでも両者の長さは、二十メートルくらいしか差がないけど。


「上から見た図だと、コサンタ級ヘビークルーザーのようだな。船体中央が左右に張り出してシールドがついている」

「魔法文明のコサンタ級って、割と面白い形していると思う」


 ポータル運用機動巡洋艦である『ユニコーン』にも、艦載機運用の能力を持たせるために似たような張り出しがあるが、シールド状構造物がついているために、コサンタ級っぽく見えたのだろう。


「戦闘機を載せる戦艦か? イセ級とは違うんだな」


 ウィリディス軍には、戦艦の艦体の後部に空母をひっつけたような伊勢級戦艦が存在する。

 だが俺が線を引いている戦艦案は、それよりユニコーン級機動巡洋艦に近い。


「しかし主よ。これだけでは、ただの戦艦だろう? どの辺りが『スーパーバトルシップ』なのだ?」

「ふふ、そこは君たちが、獲得した新技術を惜しげもなく投入するんだよ」


 俺は、積み込む予定のその技術の一覧を表示させた。

 結界水晶式防御――エルフの里にあった、あらゆる攻撃や侵入を阻止する結界防御。

 多重高性能ステルス――ディーシーが魔法文明時代に作ったステルス空母で採用、そして運用した肉眼視認、魔力探知を吸収する新式ステルス機能。


「消える戦艦か!」

「それだけじゃないぞ」


 ディーシーないし、そのコピーコアが運用することを前提にした空間転移機能。要するに魔法的ワープを自艦のほか、艦隊や艦載機などにも使用できる。

 なお、ウィリディス空母で採用している艦載機のポータル移動ももちろん盛り込む。


「ちなみに、このポータルシステムを搭載した新型偵察機も考えている。この新型偵察機を艦載機として運用することが、この戦艦のキモだったりする」


 驚いているディーシーに、俺はニヤリとした。驚くのは、まだ早いぜ。

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