第1070話、公的行事とか苦手なのよ


 第二次ズィーゲン平原での会戦の勝利を祝う会が、王都で開催される。

 魔法文明時代で半年以上過ごした俺にとっては、そういえばそんな話もあったなレベルであるが。


 懐かしいな……と他人事で済めばよかったのだが、座っていただけとはいえ艦隊司令長官を務めたジャルジー共々、俺も表彰される側として参加することになっている。


 国中の主な貴族が集められる。これまで、さんざん貴族たちの集まりをエスケープしていた俺だが、いよいよ年貢の納め時ということだな。

 乗り物がほぼ馬車ということもあって、貴族たちが集まるのは時間がかかる。とはいえ、もうかなりの数が王都入りをしているという。


「ボクらの屋敷が王都になくてよかったね」


 そう言ったのはアーリィーだ。


「でなければ、きっとジンを訪ねて、連日貴族たちがやってきただろうね」


 祝勝会はまだだが、会戦の結果とその情報はすでに貴族たちの耳に届いている。ジャルジー万歳、となっているはずだが、俺とウィリディス軍のこともそれなりに知られているはずである。


「それでなくても、ノイ・アーベントで販売している車と建設マシーンは、貴族たちがこぞって買い求めていたからね。……皆、君の顔を見たくてウズウズしているよ」

「皮肉をどうも。俺の顔なら、武術大会の後に見ただろうに」


 俺は苦笑する。

 冒険者向けの魔法車から始まった車関係も、いまや商人、貴族たちが求める人気商品となっている。

 同時に、パワードスーツから装甲などを取り外した簡易な作業マシーンも売れ行きが大変伸びていた。


 当初は、ノイ・アーベントで建設土木などに運用していたのだが、それを目の当たりした貴族たちから、購入したいと強い要望がきたのだ。

 ノイ・アーベントを任せているパルツィ氏も、この要望を断り切れず、俺に泣きついてきたので、了承した。


 そんなわけで貴族たちが、こぞって簡易パワードスーツを購入していったが……。真面目に建設に使っている者は少数だった。

 以前、王都で魔法甲冑というパワードスーツもどきを採用していたのを知っていた貴族たちは、この建設マシーンこと簡易パワードスーツを、独自に戦闘用に改造したのだ。


 腹心とも言える騎士たちに与えられた簡易パワードスーツは、ドワーフに作らせた特注の剣やハンマー、鎧じみた装甲をつけて、戦力として誇示された。

 まあ、魔人機と比べたら、玩具みたいなものだが。


「でもいいの? 作業用を軍事転用されちゃって」


 アーリィーが不安げな顔をしたので、俺は彼女の頬に触れる。


「ズィーゲン平原でのことがおおやけになるんだ。この流れは止められないし、大帝国との戦いに備えて、貴族たちの軍備も変わる。その足場作りのきっかけと思えば、まんざら悪い話じゃないさ」


 もっとも、普及ふきゅうすればそれだけ悪事に転用された時の反動は大きいだろうが。


 ただ、何事もバランスだ。俺のウィリディスや王族が、強くなれば貴族たちも警戒する。それが度を超すと、危険とみなされ排除はいじょされることもある。

 適度に『力』をバラまくことは、拮抗きっこうを生み出す。これは貴族に関わらず、国にも言える。


 対大帝国同盟である隣国のリヴィエルやエルフに艦艇や兵器を輸出しているのも、ヴェリラルド王国ひとり勝ちからの、強国排除を避けるためでもある。

 兵器を配って仲良くしましょ、は皮肉ではあるが、大帝国という脅威、そしてそれがなくなった後にこちらが脅威と見なされないためにも、必要なことである。


「要するに、使い方だろう」


 道具や機械というのは、そういうものだ。すべては使う側の問題であり、道具そのものに罪はない。


「さて、祝勝会で俺のやることは?」

「お父様やジャルジーと話しながら、専門的な質問に答える。あとは、諸侯への挨拶あいさつくらいだね。クレニエール侯爵や他の侯爵には必ずしておかないと駄目。他は……たぶん向こうからやってくるからそのつもりで」

「同格の先輩には俺から、それより下の貴族たちには来た人に対応ね。了解」


 これでも俺、この国じゃ侯爵なんだよね。国王ら王族、ジャルジー公爵が上にいて、次の数人の侯爵に、俺もいるわけだ。


「覚悟したほうがいいよ。君はレアものだし、ジャルジーと同じくらい長い列ができるかも」

憂鬱ゆううつになってきた」


 元の世界でも社交界とは無関係な生活だったからな。冠婚葬祭も、どちらかと言えば苦手だ。


「それで、何か手伝えることはあるかい?」

「今はゆっくり休んでて。ジンはここのところ大変だったでしょう?」


 魔法文明時代に行って、歴史に影響する最終決戦に参加したり、帰ったら帰ったでエルフの里で、女王と会談したり……。

 俺は苦笑する。


「忙しいのは割といつものことだけどね」

「それが当たり前になると、ついていく方が皆休めなくなるからね」


 アーリィーは後ろに回り込むと、俺の肩を揉んだ。


「ウィリディス軍や大帝国対策で忙しいのはわかるけれども、休養も大事だよ」


 そこでアーリィーは、俺の耳元でささやいた。


「少なくとも、ボクはどこかの英雄魔術師にそう教わった」

「はて、殊勝なことを言う英雄魔術師だな、そいつは。顔が見てみたい」

「鏡なら洗面所にあるよ」

「……そんな疲れた顔をしてる?」


 周囲からも疲労が見えているのに、本人が気づいていないのはマズいのではないか? 過労でポックリいってしまう人間って、そういうところかもしれない。


「そうなる前に休ませるのが、ボクの役目だと思っているよ」

「……君はいいお嫁さんになるな」


 俺が言えば、アーリィーは肩揉みをやめて、「そ、そう?」と顔をそらした。照れちゃって、可愛い。

 戦勝会の準備や手配などは、アーリィーが引き受けてくれたので、俺はお言葉に甘えて、のんびり自分のために時間を使おう。


 ……とはいえ、気になることを後でやるのは、のんびりの敵なので、思いついた範囲でこなしていくことにする。


 最初にしたことは、王国東部を預かる侯爵であるクレニエール侯に、魔力式通信機をつかって電話した。

 貴族らは王都に招集をかけられているのだが、飛行する乗り物をウィリディスから購入している彼は、前日出発しても間に合うというので、まだ自領にいた。

 俺が「忙しければかけ直す」と交換手に言ったら、すぐにクレニエール侯は出た。


 東部戦線――敵性国ノベルシオンの様子、東領の開拓の進捗しんちょくなどを情報交換しつつ雑談。エルフ産の紅茶の輸入の話をした後、クレニエール侯爵は思い出したように言った。


『娘の婚約が正式に発表される。ジャルジー公との結婚式もさほど遠くないだろう』


 クレニエール侯の娘というと、エクリーンさんである。

 彼女が、とうとうジャルジーと結婚! 正式な婚約に備えて、すでに同居生活をしていたが、これはめでたい話だ。

 しかし最初にそれを知らされるのが、いつも顔を合わせているエマン王や、ジャルジーではないというのが何とも……。


 それにしても、エクリーンさん、か。

 あの人とは魔法騎士学校の同期ということになっているのだが、つい忘れてしまう。俺のほうが確実に年上なはずなんだけど、つい先輩と言ってしまいそうな雰囲気があるんだよな、あの人。


 しかしエクリーンさんとジャルジーが結婚となると……。俺とアーリィーのほうでも、何かしらプレッシャーをかけられるのではないか……?

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