第1066話、数千年の時を超えて


 数千年前の世界樹遺跡の中で、一番綺麗で保存状態がとてもよかった。きちんと管理している者が残っていたからだろう。


 エルフの里の地下構造体の中の都市は、今から人が住んでも問題なさそうに見えた。……もっとも、ほぼ無人であると思うと、見た目はよくても寂しさを感じずにはいられない。


 ニムの先導に従い、俺たちは、都市中央から工場区画へと到着した。

 ちなみに、先頭の浮遊ボートには、俺、ベルさん、アーリィー、ディーシー、ダスカ氏、ニム、カレン女王とエルフの護衛二名が乗り、後続にはウィリディスとエルフ、それぞれ人員が搭乗していた。


「あ」


 アーリィーが、右手方向を見て声を上げた。


「あれ、アンバル級!」


 艦艇用ドックがあって、そこにはアンバル級によく似たライトクルーザーが置かれていた。ディーシーが淡々と言った。


「『ネフリティス』だな。アポリト浮遊島最終決戦でも、奮闘した巡洋艦だ」


 撃沈されていく反乱軍艦艇にあって、最後まで奮戦した艦艇である。主砲が20.3センチヘビープラズマカノンに換装されており、火力は重巡クラスに強化されている。

 現在、ウィリディス軍が保有するアンバル級の中でも最強の艦と言える。

 ニムが口を開いた。


「あの戦いで残ったのは『ネフリティス』とシズネ級ミサイル艇が一隻のみでした。シズネ級のほうは、脱出用にとエルフの里の外にある宝物庫のほうへ移しましたが……」

「宝物庫にあったシズネ級!」


 それって――俺が振り返れば、ダスカ氏が頷いた。


「エルフから譲り受けたシズネ1ですね。いま、ウィリディス軍で使用している」

「なんとまあ……」


 エルフの宝物庫で入手し、修理をしたシズネ艇が、あのアポリト本島の最終決戦を生き延びた艦だったとは……!

 ディーシーが口を開く。


「そういえば、あれはエルフたちが操艦していたんだったな。知らず知らずのうちに、ウィリディス軍に復帰していたんだな」

「すごい偶然だね!」


 アーリィーが声を弾ませた。


 ウィリディス軍で再生されたシズネ1は、旧キャスリング領のアンバンサー残党との戦いにおいて、敵母艦に必殺のミサイルを叩き込み撃沈した殊勲艦だ。


「あの時代でも、そして現代でも活躍したんだなぁ。……ああいうのを武勲ぶくん艦と言うんだな」


 小兵ながら、活躍したというのはロマンだ。

 工場区画にある中央塔施設に到着する。ニムが言うには、ここにディーツーが眠っているらしい。


「……と、すでにお目覚めのようだがな」


 ディーシーが視線を向ければ、反乱軍軍服をまとったディーシー――ディーツーが待っていた。


「ようやくお出ましか。9901年ぶりと言っておこうか」

「あの決戦からそれだけの時間が経ったのか?」


 俺が言えば、後ろでダスカ氏がメモを取っている。数千年前と思われた魔法文明時代、その終焉しゅうえんの年からの日時が、いま明かされた。


「カウンターではそうなっているな。……壊れてなければ、の話だが」


 口元に皮肉げな笑みを浮かべるディーツー。そういうとこ、さすがディーシーのコピーだ。


「主殿と、ディーシーがやってきたということは、今はかの大帝国と戦争の最中ということだな?」


 そう確認するディーツーに、オリジナルであるディーシーも微笑びしょうで答えた。


「ああ、お前が用意していたものを、使わせてもらうぞ」

「そのために、私はいるのだ。色々用意した、せいぜい使ってやってくれ」


 こちらへ――とディーツーが施設の奥へと手を向けた。

 どれ、ディーシーと、そのコピーがたくわえ、用意していた品を見に行こう。ダンジョンコアから美女型の姿をとっている二人に、俺たちは続いた。


「ああして見ると、本当によく似ているよね」


 アーリィーが俺にささやく。


「コピーコアだからね」


 サフィロやグラナテほか、機械文明時代のコアたちも、いまは複数が存在している。魔法文明時代のコアであるディーシーも同じようにやっているところからして、機械文明時代のコアをベースに作られたんだろうな、と想像する。


 さて、施設の工場で、最初にお出迎えしてくれたのは――


「これは……セア・アイトリアー?」


 光の魔神機――女帝専用機として、反乱軍の旗印ともなった白き機体があった。

 ディーツーが口を開いた。


「あの戦いの後、元アポリト騎士たちがどうしても、と言うので回収した。最終決戦で女帝が名誉の戦死を遂げたから、生き残った人間たちにとって希望の象徴だったのだろう」

「使えるのか?」

「ああ、修理と保存は完璧だ。……出撃前に、ディーシーからヴァリサ女帝陛下が未来に転移するという話を聞いていたからな」


 そのディーシーに話したのは俺だ。そこからコピーたちに話がいったのだろう。

 そこでディーツーが思い出したように、ポンと手を叩いた。


「そうそう、主殿。後でヴァリサ陛下や、魔法人形の子供たちを集めてくれないか?」

「?」


 俺が首を傾げると、ディーツーは微笑んだ。


「決戦の後、生き残った者たちの一部に君らの生存の話をしたんだ。そうしたら、どうしてもメッセージを残したい、と言うものでね――」

「メッセージ……!」


 それは――俺は思わず声を上げた。決戦の最終局面、魔力消失空間発生装置の稼働を見届けて退場した俺たち。その後のことはわからずにいたが……。


「見るか?」

「もちろんだ!」



  ・  ・  ・



 ポータルを使って、急遽、ヴァリサとレウ、アレティら魔法人形として育てられた子供たちを呼んだ。


 工場見学に行った他の面々をよそに、俺はディーツーに連れられて執務室にやってきた。間もなく、子供たち――レウ、サントン、ロン、リュト、プリム、フラウラ、イリス、アレティと、ヴァリサが合流した。

 ディーツーは、大切に保存していたとおぼしき本――アルバムを広げた。


 まず一枚目には、子供を抱いているリノンと俺の知らない男、そしてイオンとパルナ、クロウが写っていた。


「これ誰?」


 見知らぬ男をレウが指させば、最終決戦に参加して途中転移離脱したロンが口を開いた。


「ゲイルって戦闘機パイロットだよ。リノン姉とデキてた」

「こいつがゲイルか!」


 決戦前にリノンが言っていた男の顔を初めて見た俺。

 そうか、そいつもあの決戦を生き延びたのか。それでめでたくリノンと結婚して、子供を……。


 おかしいな。目元が熱いや……。


 生き残ったんだな、皆。俺は思わず口元に手を当てる。見れば、子供たちも、二度と会えない兄弟姉妹の姿に涙ぐんでいた。

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