第1065話、エルフ重鎮会議


 大変なことになった。


 ニムから聞かされた現代のエルフたちの過去。人間によって作られたという事実だけでも衝撃なのに、俺というエルフの救済の英雄――自分で言ってて恥ずかしいが、過去と現代双方に関わっている。


 地下構造体の中に行く前に、カレン女王は、エルフ重鎮たちに説明が必要ではないかと言った。

 このまま現代エルフからは部外者と思われている俺たちが、世界樹地下で作業なんて始めたら、混乱と反発を生むのは予想できる。


 これに対して、エルダーエルフことニムは、俺たちウィリディス勢の行動のしやすさを考えて、エルフの重鎮らを招集しての説明会を開くことに同意した。

 この場にディーシーも呼びながら、地下構造体の内部探索の準備をする俺だったが、エルフ重鎮を集めた会議に同席を求められてしまった。


 ディーシーと一緒にやってきたベルさんも巻き込んで、俺は会議に出席した。


 指導者であるカレン女王が、エルダーエルフのニムと共に会議場に現れれば、前回の覚醒の際にエルダーエルフと面会している長老エルフたちがひれ伏した。

 比較的若いエルフたち――それでも数百歳レベルなのだが、それらも、初めて見るエルダーエルフに感激しているようだった。


 なお、ニムから精霊様であるとディーシーが紹介されると、さらに驚きが広がった。といっても、正直どう反応していいかわからない者が大半だったが。


 目の前の女性が『神様』です、と言われても「はい?」としか言いようがないもんな。


 いざ、会談が始まると、エルフたちの動揺は凄まじかった。

 無理もない。ある程度、予測していたとはいえ、半信半疑の者が大半であり、すべてを受け入れたエルフ重鎮らは少数だった。


 里を救った事実がある俺たちはともかく、その他の人間を毛嫌いしているエルフも少なくない現代の風潮からすると、到底、受け入れがたい真実である。


「その反発こそ、過去の、創造した魔法文明時代の人間に捨てられたことの証明よ」


 よせばいいのにディーシーさんが発言した。

 人間不信、現在の森に引きこもるエルフという行動そのものが、過去の事件あってのものだと指摘したのだ。


「ま、いいんじゃねえの」


 会議とあって人の姿をしているベルさんが、机に肘をついて言った。


「信じる信じないは、てめえで決めればいい。ただ、女王やエルダーが言ったこと、それはここにいるエルフたちに嘘をつかないと決めた上でのことだってことだけは、理解してやれよ」

「……」


 ざわついていた会議場が静かになった。それぞれが考えを巡らし始める中、重鎮のひとりが挙手した。


「恐れながら、女王陛下。このエルフ創世の真実について、我々はどうすればよいのでしょうか?」

「どう、とは?」

「エルフの民に知らせますか? 我々ですらこのザマです。動揺と混乱が里を包むでしょう」

「それを、あなた方と話していきたいとわたくしは思っております」


 りんとした口調でカレン女王は言った。


「この真実を、すべてのエルフが知るべきか、無理に知らせずともよいのか……」

「私は、このままでよいと思う」


 エルダーエルフこと、ニムが発言した。


「正直に言えば、この事実をすべての民が知らずとよいと考える。ただ私が皆を集めて話したのは今後のことがあるからだ。里に迫る危機について」


 ディグラートル大帝国――アポリト文明の生き残りであるクルフが征服に動いている。


「私は、あの時代の生き残りとして、精霊様から、ジン様が脅威きょういと戦うための力を渡すこと、そしてエルフの里を守る力を、子孫たちに与えることを使命として生きてきた。私は、その使命を果たしたい」


 要約すると、エルフの里の地下にあるディーシーの、いやディーツーか。彼女の置き土産を俺たちに渡すことを認めろ、ということだ。

 エルフ様の土地だから、本来なら所有権についてはエルフ側にあるが、誰のために残したか、それをはっきりさせようとしているのだ。


「そうですな。ジン様には、我らエルフは救われた」


 エルフのひとりが言えば、その隣のエルフも頷いた。


「ふむ、今のエルフも、ジン様なくば滅びていたことは知っている。過去がどうあれ、里全体を救ってもらった恩があるのは間違いない」


 賛同の空気が会議場に広がるのを感じた。あからさまな反対意見はでなかった。

 ベルさんが、俺を小突いた。


「日頃の行いかな」

「まあ、貸しは作ったからね」


 話し合いはまとまった。エルフの過去については、ここにいる重鎮らの中に留め、民には知らせない。ただし多くの民から開示を求められることがあれば、その時は改めて検討する、と決まった。


 俺たちにとって肝心な、世界樹地下の構造体については、ウィリディス、エルフ双方で分配するとなった。


 最長老であるエルダーエルフが、分配について裁量権を持つとなったので、少なくとも俺たちに不利になることはないだろう。

 ……むしろニムさん、俺に贔屓ひいきしません?



  ・  ・  ・



 かつては、入り方がわからなかった地下構造体だが、アポリト浮遊島での経験からどこから入るかわかってしまう。

 一時は世界樹に穴を開けようぜ、なんて思ったこともあったのだが……。


 今回、俺たちウィリディス勢の他、ニム、カレン女王とその護衛のエルフ親衛隊が同行した。

 とある古代樹の下に秘密の抜け穴があり、そこへ地下区画へ繋がる入り口があった。


 初見では壁に見えるそれは重厚なゲートであり、車両が余裕で通れるほどの幅があった。ニム、ディーシーの先導でゲートが開かれれば、そこは構造体の中であり、内部の地下都市や施設に行くための道路が敷かれている。


 近くの端末を操作すると、機械類が動き出して、自動で照明が点灯した。空飛ぶ絨毯じゅうたんならぬ、浮遊する板を乗り物として、俺たちは構造体内部を道なりに進んでいく。


 すぐに開けた都市エリアに到着し、魔法文明時代の天上人たちの都市がお目見えとなった。カレン女王らエルフたちは、その近未来的な都市に唖然あぜんとしている。


「ここは、非常時のシェルターとして、ディーツー様が整備されました」


 浮遊ボートに同乗しているニムが言った。俺は問う。


「人は住んでいるのか?」

「かつては管理者を置いていたのですが、さてどうなったか。私は里のほうで、長き眠りにつきましたが……。ただ、ディーツー様がここでのすべてを取り仕切ることになっていましたから、彼女はまだいるはずです」

「そうか……」


 この近代的都市を、管理者以外は住まなかったというのか。……まあ、白エルフたちにとって、アポリト人はいい感情を抱いていなかっただろうからな。そういう因縁の場所には、住みたくなかったのかもしれないな。

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