第1064話、エルダーエルフとは、あの人でした


「エルダーエルフ。遥かな昔より存在する、我らエルフの祖です」


 カレン女王に導かれ、俺は女王の間の奥にあった秘密の扉をくぐった。その先には魔法陣があった。


「ジン様の話を、疑うつもりはないのですが、やはりあまりに大きすぎて、わたくしの判断が追いつきません」

「わかります」

「我らエルフが、人間によって作られた人工物だなんて……今のエルフたちに話しても受け入れられないでしょう」


 だろうな。俺だって、逆に人間がエルフによって作られた動物、家畜だなんて言われたら、信じないだろうし。

 それにしても、エルダーエルフとは……。初めて聞いた。アポリト帝国との戦いの間では一度も聞いたことがない単語だ。


 どういうことだろう。少し考えてみよう。パッと浮かんだのは、神聖アポリト帝国と反乱軍の決戦の後、それより前に生まれた――つまり作られたエルフと、以後、エルフ同士が交わって直接生まれたエルフを分けて言った言葉。


 魔法文明がなくなった後、それ以後のエルフたちは、人間やほかの種族と同様の方法で子孫を作ったはずだ。

 ……単に、エルフの最年長者をエルダーと呼んでいるだけかもしれない。エルダーって年長者とか、そういう意味だったはずだ。単に深く考え過ぎただけかも。


 魔法陣に乗り、転移する。ついた先は、エルフの宝物庫で見たような人工建造物の中だった。機械の扉を見ると、どうにもエルフらしさが足りない。

 カレン女王が扉の前に立つと、自動ドアよろしく扉が左右にスライドして開いた。


「こちらです、ジン様」


 カレン女王が中へと誘う。外と違ってエルフらしい、木のレリーフがあり、どこからか流れてくる水の立てる音が、一種のリラクゼーションとなっていた。


 奥には、どこかで見たようなカプセル付きの装置があった。……そう、そのどこかとは、魔法文明時代の魔力消失空間発生装置。アレティが収容されていたカプセルにとてもよく似ていた。


「こちらに、いにしえのエルダーエルフが眠っておられます」

「……!」


 俺は、そのカプセルの透明のケースの中を見て、驚いた。ぶっちゃけ、心臓が一瞬止まった。……嘘だろ。


「ニム……」


 女王が端末たんまつを操作し、カプセルから音が鳴る。そしてゆっくりとカプセルが開いた。


 ゆったりとした緑の服をまとう、短髪の美女エルフは、かつて魔法文明時代に俺に仕えたニムだった。


「エルダー様……」


 眠る彼女に、そっと声をかけるカレン女王。


「――私を目覚めさせるとは、何かありましたか?」


 目を伏せたまま、ニムは言った。やや硬質な声音は彼女らしいといえばらしいが、寝起きのせいか。


「それとも、また千年が経ちましたか……?」


 そっとまぶたを開くニム。まず女王を見て、次に俺に気づき――固まった。


「ご主人様……?」


 何度かまばたきを繰り返しながら、ニムは俺を見つめる。俺も戸惑ってる。まさかこの時代で彼女に会うことになるなんて!


「やあ」

「ジン様!」


 ニムは素早くカプセルから出ると、一瞬よろめいたものの、すぐに立て直し、俺の前に膝をついた。


「ジン様! またこうしてお会いすることが叶うとは! ディーツー様のおっしゃる通りでした!」

「ああー、うん。久しぶり。また会えてうれしいよ」


 俺の中じゃ、アポリト本島攻略はつい先日で、ニムに会って間もないのだが。まあ、彼女にとっては、数千年ごしだもんな。……いや、このカプセルで眠っていた期間を考えると、実はそれほどでもないかもしれない。


 見た目はほぼ変わらず……そういえばエルフだから、歳をとろうが外見はあまり変わらないんだっけか。


 うん、俺もまだ若干混乱してる。そしてカレン女王は、展開についていけず棒立ち状態だ。


「あの、エルダー様。……ジン様をご存じなのですか?」

「知っているも何も、私がお仕えした魔法文明最高の英雄であり、我ら白エルフの繁栄はこのお方なくしてありえなかった!」


 やめろよ、英雄とか持ち上げるのは。俺はどうにも居心地が悪い。表情はたぶん苦笑で固定されてると思う。


「ん、君が、今のエルフの女王か?」

「はい、エルダー様。お初にお目にかかります。現在のエルフを統べる者、名をカレンと申します」


 恭しく、膝をついて頭を下げるエルフの女王陛下。女王さえひざまずくエルダーエルフという存在。

 まあ、魔法文明時代からの生き残りであると考えれば、現代のエルフの直接の先祖でもあるわけで、そうもなるか。


「カレンの名を受け継いだか……。なるほど彼女の面影があるな。エルフの初代女王であるカレンは、こちらのジン・アミウール様に私と共にお仕えした」


 ……あ、やっぱり、あのカレン、女王になったのか。


 似てるな、と思ってつけたら、今のカレン女王の御先祖さまだったらしい。あれー、そうすると、俺、女王ネームの名付け親になるのか?


 そこからは、ニムによる白エルフに関係した俺の活躍ぶりと、エルフの里の誕生にまつわる話が語られることとなった。


 俺が、アポリト帝国から白エルフを救済しなければ、白エルフは滅ぼされていたこと。ディーシーとその後を引き継いだディーシーコピーことディーツー、精霊信仰の発端などなど。


 元々、俺が話したアポリト帝国と白エルフの関係が本当かどうかを、エルダーエルフに確認するつもりだったから、当のカレンとしてはありがたい話だったが――


「ジン様は、このエルフの里の危機を二度もお救いいただきました!」

「なんと! ジン様は、エルフの子孫たちをも救ってくださっていたのですか!?」


 里を襲ったオーク襲撃、青エルフ襲撃を撃退した俺の活躍を、現女王に逆に吹き込まれ、ニムが驚いた。やめろやめろー、俺を照れ殺す気かよっ。


「やはり、ジン様はこの世界の神々が遣わした使徒様! いや、人間が我らエルフを作ったのだから創造主……つまり神!」

「飛躍し過ぎだ! 作ったのは俺じゃないぞ」

「ではせめて守護神に――」

「やっぱ神じゃないか!?」


 思わず女王にさえ素で突っ込みを入れてしまった。しかし――とニムは真面目くさって言った。


「我らエルフが信仰する精霊様を従えているのですから、あなた様は、人間で言うところの神に等しい存在ではありませんか?」

「真顔で言うのやめて」


 落差が激しくて俺も調子が狂う。数千年の時を超えて俺に再会できて、堅物なニムもまたテンションがおかしなことになっているようだ。

 だが、そのニムもようやく落ち着いてきた。


「ディーツー様のご予言に従い、あなた様と再びお会いでき、恐悦至極に存じます。しかし、同時に近い将来、この里に脅威が迫っているだろうことも伺っております」


 ディーシーのコピーは、きちんとニムに現代で起こることを予言として残していたわけだ。


「地下の封印を開く時が、いよいよ来たのですね」

「……ああ、そうだな」


 封印云々うんぬんは知らないが、世界樹地下の旧アポリト帝国施設を開きにきたのは間違っていない。

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