第1061話、魔力が消えた日


『魔力消失装置、発動です!』


 その声は、もはや残りわずかだった反乱軍将兵の耳に届いた。

 トロヴァオン戦闘機を駆るパイロット、ゲイルにも、魔人機セア・ラヴァ改で、最後まで奮戦していたリノンの耳にも。


 大破、鎮座していた反乱軍旗艦『アンドレイヤー』のメギス艦長や、その旗艦の甲板で光の魔神機セア・アイトリアーを操っていた女帝ヴァリサも、その声は確かに届いた。

 脚を失い、動けなくなったリダラ・バーンのディニ・アグノスと、その機体を必死に守っていたリダラ・ドゥブのエリシャにも確かに。


「装置が発動した……!」


 待ちに待った言葉。絶望の中に、待ち続けた希望の言葉。


『グラウクス』から闇が広がり、その衝撃波が瞬く間に浮遊島に広がっていく。それに触れた途端、新生アポリト帝国軍のブラックバット戦闘機がバタバタと墜落しはじめ、四脚戦車は擱座かくざしていく。ナイトなどの魔人機も、悶えるように振動した後に倒れた。


「ついに……」


 セア・アイトリアーのコクピットで、ほぼ魔力を限界まで酷使こくししたヴァリサは、拡散していく闇のショックウェーブを見やり、安堵した。


「これで、終わるのですね……」

『陛下ッ!』


 親衛隊パイロットの怒号じみた声。見れば、アポリト帝国の魔人機デビルが槍を手に肉薄していた。


『反逆者、覚悟ぉぉぉーっ!』


 ――やられる!?


 魔力消失が届く寸前の出来事。おそらく自分は助からない。セア・アイトリアーは、機体の魔力を消耗しつくし、もはや障壁を張る力も残っていなかった。


 ――わたくしも、ここで……。


 ふと、ジンの顔がよぎった。これは走馬灯の一種か。自然と彼からもらった指輪に触れた途端、光に包まれ――セア・アイトリアーのコクピットを槍が貫いた。



  ・  ・  ・



 闇の空間が、魔力を消していく。

 新生アポリト帝国軍の兵器は、ことごとく行動不能に陥った。


 彼らの兵器は、外部から魔力を取り入れて燃料としているため、機体に燃料タンクが存在しない。

 世界が魔力で満たされている限り、無限に稼働ができる魔法文明兵器。しかし外部からの魔力吸収ができなければ、途端にスクラップと化す。


 中の吸血鬼操縦士も、魔力を吸って生きている。魔力の消失は、彼らにとって酸素を奪われ窒息するのと同義だ。コクピットでもがき、ハッチを開けても活動に必要な魔力を得られず、絶命していった。

 それは、バシレウス・ブリコラカス城でも同様だ。拡大した魔力消失空間は、いまや島全体を覆っていた。


 皇帝タルギアもまた、玉座の間で悶え苦しんでいた。警護や側近も次々と倒れ、死屍累々ししるいるいの有様だった。


「……よもや、このような……世界の王なんだぞ……!」


 あと一歩で反乱軍は殲滅せんめつされ、世界の頂点になるところだったのに。

 息ができない。体中から血液を抜かれているような感覚。体を構成する魔力が奪われていく。


「認め、ぬ……このような……最期――」


 新生アポリト帝国皇帝は、吸血鬼化による不老不死を手に入れた。


 だが、真に不死ではなかったことを、死の寸前に思い知らされることになる。根こそぎ魔力が抜け、タルギアだったものは、灰と化した。

 吸血鬼の死体は、いずれも灰となって消えていった。吸血鬼軍である新生アポリト帝国は、ここについえたのだった。



  ・  ・  ・



「航空隊の離脱りだつを急げ。操舵手、本艦もアポリトの空域から離脱する!」


 アンバル改級軽巡洋艦『ネフリティス』で、ディーツーは指示を出していた。

 魔力消失装置の発動により、その影響下に入った敵兵器は完全に機能を停止しつつある。吸血鬼たちも魔力消失空間の中、次々に死滅。

 反乱軍は土壇場どたんばで作戦を成功させた。多くの犠牲の末に、新生アポリト帝国を打倒、勝利を得たのだ。


「ここからは魔力消費を押さえつつ、電力も使うぞ。戦いは終わっても、我々にはまだ仕事が残っているのだからな!」


 シェイプシフター兵たちに告げつつ、ディーツーは、幽霊空母群の空母『プネヴマ』のディースリーとコンタクトを取る。


『こちらの観測では、魔力消失空間の領域の拡大が止まっていない。アポリト浮遊島だけでない。どこまで広がるかわからない』

『クルーザーの不時着で、装置に異常が出ているか……? それとも技術者の見積もりが甘かったのか』


 ディースリーは魔力念話を返した。


『ひょっとしたら、ディーシーの予見通り、世界全体に魔力消失空間が広がるかもしれないな』

『ずっとそのまま、ということはないだろう』


 だが世界から一時的にとはいえ魔力が消えれば、文明はリセットされる。

 ディーツーは、艦長席のコンソールを操作する。


『想定、ケースCだな。まあ、世界全体に広がるようなら、吸血鬼がアポリト浮遊島の外にいたとしても滅びてくれるだろう』

『だが問題があるな』

『ああ、浮遊島が地上に落下する可能性がある』


 ディーツーは顔をしかめた。


『浮遊石の効果で浮いたままかもしれんが、島全体に作用していた魔法効果が発動しなくなった今、何かのきっかけでバランスが崩れて墜落する可能性も否定できない』

『では、我らで各島を分離させるしかないな』


 歴史の通りに――ディースリーの言葉に、ディーツーは不敵な笑みを浮かべた。


『ディーシーから知らされた歴史に従ってな。まさか、我らがそれを担うことになるとは』


 ダンジョンコアコピー同士の会話の中、『ネフリティス』の通信士が振り返った。


『艦長、シズネ1が反転許可を求めています。「生存者の救助に向かいたい」です』

「よくもまあ、アレも生き残ったものだ」


 最後まで残ったシズネ級ミサイル艇。その搭乗員は白エルフが大半である。


「救助は任せる。貴艦が動けなくなる前までに生存者を基地まで送り届けよ、とな」


 通信士が応じて、ただちに最後まで『ネフリティス』に随伴ずいはんしていたシズネ艇が、アポリト浮遊島へ反転していく。魔力消失空間内のため、タンクが空になればあれも動けなくなる。


「さて、本艦もアポリト浮遊島に引き返そう。ただし、目的は本島の中枢だ」


 この時代でやるべき最後の仕事をこなすために。



  ・  ・  ・



 魔力消失空間の広がり、吸血鬼たちの消滅。戦いは終わった。

 俺は、それを確かめ、ディーシーに頷いた。


「じゃ、帰るか」

「そうだな。あとは、ディーツーたちが何とかするだろう」


 そう言いつつ、ディーシーはふと寂しそうな顔になる。


「短くも長い三年だった。生き残った子供たちに、最後に挨拶あいさつもできないのが心残りではあるが」

「そうだな。子供たちと、生き残った人類に幸あれ」


 俺とディーシーは元の時代へと転移した。魔法文明の終焉しゅうえんと共に。

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