第1060話、魔力消失装置のスイッチ


 改造クルーザー『グラウクス』艦内を進むイオン。損傷した艦内の至る所から、吸血鬼兵が入り込んでいて、それが進路に立ちふさがる。


「邪魔ぁー!」


 ライトニングバレットの引き金を引く。魔石の魔力を攻撃魔法に変換して光弾を撃ち出す魔法銃は、現れた吸血鬼兵をはちの巣に変えて、撃ち倒した。


「急がなくちゃいけない時に……!」


 先ほどからずっと艦内を駆けているせいか、息が上がりつつある。体力作りは趣味みたいなところがあって、持久力には自信があるイオンだが、戦闘のプレッシャーは彼女の体力の消耗を早めた。


 ――助けてくれぇ……!


 弱々しい声が聞こえた。だが直後に、吸血鬼兵と思われる噛みつきの音が聞こえ、声の主がやられてしまったのを本能的に察してしまう。


「ごめん……!」


 今は急がなくてはならない。表の戦場は劣勢そのもの。早く魔力消失装置が作動しないと反乱軍は全滅してしまう。

 本当ならとっくの昔に発動していなければならない装置が動いていない。


 動力であり、姉妹であるアレティの身に何かあったのかもしれない。それか、装置が壊れているかもしれない……。

 嫌な想像にイオンは冷たい汗をかく。不時着の衝撃で装置が壊れていたら、お手上げだ。イオンにはそれを修理する術はないし、仮にできるとしても、果たして間に合うのか、という問題もある。


 この通路を右に曲がれば――

 吸血鬼兵が飛び出してきた。刹那、ライトニングバレットを叩き込む。


「違った! 左だ」


 ゾロゾロと右の通路から吸血鬼兵が押し寄せてくる。――これはさすがにマズい!


 二体を撃ち倒した時、三体目が眼前に迫っていた。飛び退くも、遅かった。勢いよく押し倒され、吸血鬼兵が腐臭ふしゅうと共に吼えた。

 迫る噛みつき! とっさに左腕でガード。しかし吸血鬼兵に噛まれた。でも――


「んなくそっ!」


 右手のライトニングバレットをぶつけて吸血鬼兵の頭を殴る。何度も叩きつけ、吸血鬼兵の血しぶきが飛んだが、なおも食いついて離れない。密着状態からの膝蹴りやら、イオンが暴れたら、吸血鬼兵が彼女の左腕を噛んだまま離れた。


「そいつはくれてやるよ!」


 イオンは叫んだ。左腕をちぎられた……わけではなく、元々彼女の手足は、義手、義足だ。

 ライトニングバレットをその吸血鬼兵に向けようとした時、敵がくわえた義手がもぞっと動き出して形を変えた。


 シェイプシフター義手は、そのまま吸血鬼兵の頭をマスクのように張り付くと、次の瞬間、自爆した。頭部を失い、吸血鬼兵の体が崩れ落ちる。


「ありがとう、父さんの義手」


 見れば、先ほどまで吸血鬼兵が現れていた通路が『壁が生えて』塞がっていた。何故そうなったかわからないが、敵が来れなくなって安堵する。

 左腕を失ったが、さほどショックを受けることなく先を急ぐ。――なくなった義手は、またお父さんにもらうから。



  ・  ・  ・



「間に合ったか?」

「ああ、何とか間に合った」


 俺の確認に、ディーシーが答えた。

 グラウクス艦内に侵入した敵兵。大きな侵入口は、シェイプシフター兵が迎撃しているが、隙間をぬって入ってきた吸血鬼兵が厄介だった。

 俺はディーシーに艦内をダンジョンテリトリー化させて、即席のダンジョンを形成させた。


 イオンに襲いかかり、さらに後続の敵兵が通ってきた通路を、ディーシーが閉鎖。艦内をテリトリー化させた時点で、イオンの誘導はほぼ成功したと言える。


「邪魔な障害物は排除する。イオンが最短で、魔力消失装置の部屋に行けるようにな」


 ディーシーは、イオンの位置を把握し、それに迫る敵を、ガーディアンモンスターやシェイプシフター兵を転送して阻止、あるいは封鎖した。


「かわいそうに。あの子は左手をなくしている」

「……イオンって、腕はシェイプシフター義手じゃなかったか?」


 俺が突っ込めば、ディーシーは、キッと睨んできた。


「主の代わりに、我が面倒をみてきた娘だぞ。義手だろうと腕は腕だろうが」


 この時代での三年間のことを言っているのだろう。


「お前、すっかりお母さんだな」


 前々から人間らしく振る舞うが、それに磨きがかかっているようで、俺も嬉しい。

 ディーシーが艦内を掌握しょうあくしたので、俺たちの周りにも敵の姿はない。……いよいよ、終わりが見えてきたか。


「モニターはできるか、ディーシー?」

「ああ、魔力消失装置のある室内も、監視のアイボールを送りこんだ。……と、ちょうど、イオンが到着したぞ」


 ホログラフィック状に艦内マップと、魔力消失装置の部屋の映像を投影するディーシー。


「装置は無事そうだな……」


 室内には、技術者らしき姿の人間が倒れていた。俺がディーシーを見ると、彼女は首を横に振った。


「そいつは死んでいる。反応がない」


 イオンが、技術者の死体を警戒しながら、その脇を抜ける。吸血鬼兵になっていないか気にしたのだろう。おそらく、彼女はこの状況にとても緊張している。

 魔力消失装置に取り付くイオン。カプセルがあって、そこにはアレティが眠っている。


『動力は生きているのに……』


 イオンの声を、監視のアイボールが拾った。


『なんで作動していないの……!?』

「なんでだ……?」

「消失機能のスイッチがオフだからだろう」


 ディーシーが冷静に言った。


「上陸するまで、魔力消失装置を発動させるわけにはいかないからな。おそらく、不時着の衝撃で、スイッチを入れる担当者が死んだせいだ」


 倒れている死体がそれか。堅牢な作りのヘビークルーザーだが、艦内のズタボロ具合を見るに、墜落のショックは相当大きかったのだろう。


「イオン、気づけよ……スイッチだ。スイッチを入れろ……」


 俺が念ずるように注目していると、ホログラフィックのイオンがふと、天井を見上げた。そして慌てたように端末へと手を伸ばす。


「そか、俺、念話を飛ばせばよかったんだ……」


 いちおう死んだふうを装っていたから、声をかけるというのを失念していた。だがどうやら無意識のうちに念話を飛ばしたようで、イオンはそれに気づいたようだった。……たぶん、幽霊の声みたいだっただろうな。


 そう、念話だ念話。


『ベルさん、魔力消失装置が発動する! 離脱りだつしろ!』

『……やっとか。じゃ、オレは先に行くぜ。元の時代で会おうぜ!』


 外で奮戦しているベルさんへの通達完了。その時、イオンが魔力消失装置の発動スイッチを入れた。


『こちら、イオン。残っている反乱軍全員へ! 魔力消失装置、発動です!』


 通信機に呼びかけるイオン。傍らでは魔力消失装置が光を発し、駆動音が木霊こだまする。


 そして闇が広がった。

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