第1055話、沈黙の切り札


 反乱軍艦隊は、もはや風前の灯火だ。

 バシレウス・ブリコラカス城にある玉座に座り、戦況を眺めていたタルギアは勝利を確信した。


 もはや満足に戦える艦など、ごくわずかだ。残る戦艦は大きな損傷を受けて、もはや島からの脱出もままならないだろう。

 クルーザーは二隻、小型艦もあと四、五隻程度――と、また一隻が爆発した。よく頑張ったが、所詮はここまでだ。


「ふふ、フフフフ……」


 反乱軍との戦いも、今日で終わる。この世界は、とうとう一人の指導者の元に平定されたのだ。

 タルギアは、勝利の美酒に溺れかける。


 だが、まだ終わっていなかった。

 モニターの一部が拡大する。なんと、この城めがけて突進してくる魔人機の反応があるではないか!

 機体識別――タイラント!


「ジン・アミウールっ!!」


 タルギアは牙を剥き出した。――あの男は、ことごとく邪魔をする!

 皇帝であるタルギアを抹殺することで、一発逆転を狙う――ジン・アミウールの考えた手はそれだろう。


「だが無駄だ」


 一度は感情を露わにしたタルギアだが、ゆったりと玉座にもたれた。


「奴に逆転はない。わずか二機で、この守りを突破できるものか」


 バシレウス・ブリコラカス城、そして皇帝を守る忠実な吸血鬼の精鋭が大挙、待ち構えているのだ。



  ・  ・  ・



「――と、連中は親玉を守ろうと戦力を振り向けるはずだ」


 俺はタイラントを飛翔させつつ、中央島の旧帝国城を目指す。僚機につくのはベルさんのレアヴロード。

 それと、いつの間にかいたのか、シェイプシフター戦闘機が複数。


「敵の注意を分散させるには、これはいい手だと思う」

『自分自身を囮にするってか』


 ベルさんが笑った。


「あくまで、主役は魔力消失装置だからな。あれさえ発動すれば、チェックメイトだ」

『その魔力消失装置だが』


 ベルさんの声が心なしか曇る。


『アレはちゃんと動くのか? なんかクルーザーがヤバいことになってるみたいだが』

「歴史の上では、大丈夫のはずなんだがな」


 そう口にはしても、俺は口の中の渇きをおぼえる。

 本当に上手くいく? 歴史の上では反乱軍が勝利し、新生アポリト帝国は崩壊ほうかいする。だがここでの俺の行動が正しいのか、いまいち確信がない。

 クルーザー絡みで、何か俺がしないといけないことがあるのではないか? もしあったら、その時点で終わりだ。


「シェイプシフターを増援に送っておくか……」

『そうだな、主』


 ディーシーが俺の呟きに反応した。


『念には念を入れておこう。もしかしたら、それが正解かもしれん』

「頼む」

『任せろ』


 ディーシーが光る。おそらくシェイプシフターを改造クルーザー内に転送させているのだろう。


「さて、それじゃ、こっちも何とかしないとな」


 俺は正面に向き直る。新生アポリト軍のナイトタイプと、その派生型が空中を飛んで集団を形成している。

 ざっと百を超えて、さらに他の浮遊島からの増援が集まっている。

 敵の戦力を引きつけるという点では、充分役割を果たしている。


「早く発動してくれないかな」


 思わずぼやきが漏れた。

 まあ、それまではこのわずかな数で、敵の大群を引っき回してやろうじゃないか。燃えるね、こいつは。



  ・  ・  ・



 改造クルーザー『グラウクス』の周囲の敵は減る様子もなく、時間と共に増大していた。ケローネ戦車やナイトとの交戦は、反乱軍魔人機部隊は互角以上に渡り合ったが、消耗は避けられなかった。

 とくに射撃武器の弾切れ、魔力切れは深刻で、それにより戦車の砲撃の餌食えじきになる機体が相次いだ。


「まだか……」


 ゴールティンは焦燥にかられる。レアヴロードを駆り、シールドビットを展開。盾としてだけでなく魔法砲が仕込まれたビットは、迫っていたナイト三機を瞬く間にバラバラにした。


「イオン、艦内はどうなっている!?」

『……死体だらけです』


 魔力通信機から少女の声が返ってくる。


『墜落の衝撃で、対ショック姿勢を取れなかったようです……。誰か!? 誰かいませんか!?』


 通信機の向こうで呼びかける声がしたが、沈黙しか返ってこない。


「とりあえず、魔力消失装置に向かってくれ。最悪、装置さえ動けば、乗員は後回しでもいい」

『了解』


 イオンは答えた。

 その瞬間、レアヴロードに衝撃が走った。気を抜いたわけではない。だが敵の一撃が肩装甲を砕いた。


「くそっ!」


 正面からナイトが槍を手に突っ込んでくる。ゴールティンは盾をぶつけて、ナイトをいなすと、プラズマブレードで切り裂いた。


 ――かすり傷だが、右腕の挙動がおかしい……。


 被弾の衝撃だろう。装甲のおかげで腕を失うことはなかったが、酷使すればその分、脱落もありうる。


「少しも減らんなァ!!」


 ゴールティンは吼える。レアヴロードもいい機体だが、こんなことならジンからダーハを借りればよかったと、少々後悔した。


『敵たぁぁいちょぉぉきぃぃー!!』


 外部スピーカーをオンにしているのか、敵機からイカれた声が聞こえてきた。

 ナイトではない。似てはいるが、腕が肥大化しているそれは上級吸血鬼のカスタムタイプ、通称『デビル』だった。


『しにさらせぇぇぇー!』

「うるさい!」


 元十二騎士団長を舐めるな――レアヴロードはプラズマブレードを手に、デビルと正面から激突した。

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