第1049話、出撃準備


 反乱軍秘密拠点では、慌ただしく出撃の準備が整えられていた。

 艦隊各艦は出港準備に追われ、損傷がある艦はギリギリまで応急修理が進められている。


 反乱軍の主力戦闘機となっているのは、ウィリディス各戦闘機。小型シェイプシフター戦闘機であるTF-1ファルケは、シェイプシフター兵、あるいは有人仕様に改造された機体に白エルフパイロットが乗り込む。灰色にグリーンの配色されたファルケが、エルフ機か。


 艦上爆撃機のタロン、同攻撃機のイールには、ありったけのミサイル、爆弾が搭載される。

 パイロットや人材が枯渇しかけている反乱軍だが、こと武器に関しては精霊様ことディーシーが魔力生成で量産しているので、目一杯の物資を用意して積むことができるのだ。

 トロヴァオン戦闘攻撃機に旧アポリト軍のパイロットや白エルフパイロットが搭乗。整備員たちが最後の機体チェックを行っている。


 格納庫では、それらパイロットを見送る基地スタッフのほか、その家族がいて、端で情熱的な抱擁ほうようや接吻を交わしたりしている者もいた。


「ジン様、またお会いできて嬉しく思います」


 そう言ったのは、かつて俺に仕えたエルフ、ニムだった。彼女はエルフ魔人機中隊のリーダーを務めている。


「そんなに会ってなかったかな?」


 すっとぼけるように俺は返した。実際のところ、この時代の三年間は代役がいただけで、俺自身はいなかった。だからどういう対応が正解か、わからないところもあるわけだ。

 ニムは、そっと俺に近づく。耳打ちするような距離で。


「ここ三年は、あなた様の代理がジン・アミウールを演じていらっしゃるのは知っています」

「……ディーシーがそう言ったのか?」

「わかりますよ。代役は、あなた様のような魔力を持っていませんから」


 以前は事務的な言動で、あまり感情を出さなかったニムが、柔和な笑みを浮かべた。かつては人間に仕えるだけだったエルフも、人間らしい感情や振る舞いに慣れてきたのかもしれない。


「最後の戦いかもしれない今回、こうして戻ってきてくださり、私は嬉しく思います」


 いい女になったな、と俺は思った。この場で彼女を抱きしめたい衝動がこみ上げたが……。まあ、すぐ元の世界に戻るから、自重した。

 それにしても、ニムにもバレてるとか。ディニにもバレていたし、もっと知られているんじゃないか? とんだピエロだわ。


「生き残れよ。幸運を」


 エルフ関係の生き残りの情報はまるでない俺だ。アレティにしろ、ヴァリサにしろ、アポリト攻略戦の決着までいなかったから、その後どうなったのかわからないんだよな。


「我々エルフ戦隊が、ジン様をお守りします。では――」


 ニムが敬礼して、離れた。俺も自分の機体のほうへ歩き出す。


「おうおう、熱いねぇ」


 ベルナルドこと、ベルさんが部外者を決め込んでニヤニヤしている。


「お前を守るとさ」

「ここでの三年は、守られていたかもしれないな……」


 ニムの後ろ姿を見て思う。もうひとり、エルフメイドだったカレンはこの場にいない。エルフの集落のほうで、非戦闘員らを指導しているという。……元の時代のカレン女王は、マジで彼女の子孫だったりしてな。


「どうする? 最後かもしれないんだろ? 抱いてきたらどうだ?」

「時々、あんたの覗き趣味が悪趣味だと思うこともあるよ」


 俺が皮肉れば、ベルさんは「言ってろ」と笑い飛ばした。


「ところで、あんたにはそういうのはないのかい、ゴールティンさんよ?」


 ベルさんが、魔人機の駐機スペースへと行く途中のゴールティンを呼び止めた。


「ん、何だ、ベルナルド殿?」

「殿はよせ、ゴールティン」


 ベルさんが言う。


「あんたには、恋人や奥さんはいるのかい?」


 割とズバズバ聞くベルさん。新参ゆえにこういう質問を聞けるのはいい。


「いた、と言うべきかな」


 ゴールティンは淡々と答えた。


「三年前、妻はアポリト本島にいた」


 今は吸血鬼に支配されたかつての故郷。そこにいた住民の安否は不明だが、その生存については絶望視されている。


「だが、私は騎士だ。アポリト最強の守護者、十二騎士だった男だ。使命は果たす!」


 激しく燃え上がる闘志。ゴールティンの気合いは、俺にも伝わった。


 視線を転ずれば、ディニとエリシャが、それぞれ魔神機操縦者用のスーツをまといやってきた。


「本当に最後の戦い、なのよね……」

「ん? エリシャ、緊張してる?」

「してない! いえ……少しは、緊張してるわ」


 黒騎士は難しい顔になった。どこか表情が強ばっているね。ディニは微笑した。


「難しく考えることはないよ。ここまで生き残ってきたじゃないか」

「そうだけど……」

「それに、これが本当に最後だなんて、ちょっと気が早いよ」


 ディニは真面目ぶった。


「新生アポリト帝国を打倒して吸血鬼を滅ぼしても、残った人たちを守る騎士は必要だ。僕たちの戦いは、まだまだ続くんだよ」

「そう……それもそうね」


 エリシャは自身の頬を軽く叩いた。緊張をほぐそうとしているようだ。……そういう仕草の彼女を見るのは、俺としては新鮮だった。


「大丈夫だよ、エリシャ。君は僕が守るよ。今回も、そしてこれからも、ずっと――ね」

「……!? それって――」


 エリシャの言葉は遮られた。ディニが彼女に近づき、その唇を奪ったのだ。


 わぉ、大胆――呆気にとられる俺に、ベルさんが「人前でイチャつきやがって」と小声で言った。

 俺はとっさにゴールティンを見た。


「……あの二人、デキてたの?」

「さあ、私も知らん」


 肩をすくめるゴールティンだが、すぐに俺を手招きした。


「あまり恋人たちの邪魔をするものじゃない」

「そうだな」


 フラグには関わらないようにしよう。


 魔人機駐機場を進む。ゴールティンの機体は、俺から見て完全に初見だった。その頭部シルエットは、俺のタイラントに似ている。名を『レアヴロード』という反乱軍のオリジナル機だ。

 ディーシーが設計に携わった機体で、従来の魔人機に比べて魔法戦もこなせるという。


 でもカラーリングは、リダラ・ダーハなんだよな。タイラントヘッドのリダラみたいな機体だ。なお、ディーシーさん曰く、タイラントの兄弟機らしい。遠隔攻撃ユニットとシールドユニット付きで、戦い方はダーハと同じようにやれるという。

 部隊の要。白騎士、黒騎士、両魔神機と共に反乱軍を支えてきた猛者の機体だ。


「マジで要だ」

「ジン?」


 俺の呟きに、ゴールティンは首をかしげた。これだけは言っておかないといけない、と俺は彼を指さした。


「今回の戦いは激戦なのは間違いない。あんたは生き残れよ。残り少ない人類の未来のために」

「お、おう。……しかし、それはジンも――」

「いいな? 死ぬな。以上だ」


 困惑するゴールティンをよそに、俺は愛機タイラントへと乗り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る