第1042話、ディーシーの秘密基地


 俺の操縦するトロヴァオン戦闘攻撃機は、ディーシーの寄越したファルケ戦闘機の誘導に従い、その秘密基地へと向かった。

 地上を見渡せば、どこまでも広がる荒野。多数の魔獣らが徘徊はいかいし、人類のいない太古の世界に来てしまったような錯覚さっかくを覚える。


 アディスホーラー戦後の世界は、世界規模のダンジョンスタンピードにより、人類の大半が死滅し、獣たちの世界と化していた。

 そんな中で、わずかに残った人類は反乱軍を形成し、吸血鬼に支配された新生アポリト帝国軍と戦っている。


「何もないぞ」


 黒猫姿のベルさんが地上を見下ろした。


「こんなところに基地なんてあるのか?」

「あるんだろうよ」


 おそらく地下に。

 そう思っていたら、地上に動きがあった。秘密基地の名にふさわしく、地表の一部が開き、隠されていたゲートが姿を表したのだ。


『トロヴァオン1』


 ディーシーの魔力通信に乗せた声が届いた。


『そちらのナビを誘導する。操縦をナビに委ねろ』

「了解した。ナビ、任せる」

『了解』


 機体を制御するコアシステム『ナビ』が応えた。俺は操縦桿から手を離し、降下していくトロヴァオンのコクピットから外の景色を眺める。

 日が傾き、地平線に消えつつある中、紫のグラデーションに染まった空にはところどころ星が瞬いていた。


 トロヴァオンはゲートから地下の空間へ。自然の岩盤から空洞に視界は変わり、そこには近未来の基地が広がっていた。


「数千年前の過去なのに、近未来とはこれいかに」

「何だって?」

「何でもないよ、ベルさん」


 機体が着陸パッドに誘導される。そこに兵士の姿があったが、ウィリディス軍のシェイプシフター兵の格好をしていた。他に人の気配を探るが、見えるのはシェイプシフター兵ばかり。


「案外、大勢いるじゃないか」


 ベルさんが鼻をならす。俺は首を横に振った。


「連れてったシェイプシフターは最初は一ダースもいなかったんだがね。ディーシーが増やしたんだろう」

「しかし、ここは本当に反乱軍の基地か?」


 トロヴァオンが着陸する。キャノピーを開けば、ベルさんが淵によじ登った。


「トロヴァオン、ファルケ、タロンにイール……ウィリディス軍の基地だって言ったほうが信じられるぜ?」

「うむ……」


 魔法文明時代の人間が見当たらないのも俺は気になっていた。そもそも、この誘導された基地の場所、転移してきた子供たちやヴァリサも言っていなかった。

 ひょっとして、この基地、反乱軍も知らない基地だったり?


「……その答えは、彼女に聞くのがいいだろう」


 シェイプシフター兵が梯子をかけてくれたので、俺はそれを足場にトロヴァオンから降りた。

 浮遊車が一台、こちらにやってくる。運転しているのはシェイプシフター兵で、その助手席に黒髪美少女――ディーシーが乗っていた。

 停車した浮遊車からディーシーが降りると、俺に近づきながら手を広げた。


「久しぶりだな、我が主よ」


 その姿勢はハグして、に見えたので、俺はダンジョンコアの擬人化少女を抱きしめてやった。……少し見ないうちに、人間らしさに磨きがかかったかな?


「数日ぶり、と言ったら信じるか?」

「こちらは三年待たされたのだがな。ベルさんも元気そうで何よりだ」

「オレ様からしたら、まだ一週間程度だけどな」


 黒猫ベルさんが俺の肩に乗ってそう言った。ディーシーは微笑した。


「まあ。無事でよかったよ主。アディスホーラーでは、もともとその予定だったとはいえ、何も言わずに離脱しおって。我も少し、心配したぞ」

「少し、ね」

「最初から離脱は予定通りだったからな。あれから島から撤退するのは面倒だったのだぞ?」


 ねたように口を尖らせるディーシー。


「そうそれだ。お前、なんで転移しなかったんだよ?」


 予定では、ディーシーも元の時代に戻るはずだった。俺と一緒にいなかった時に備え、転移の指輪も持っていたから、できなかったとは言わせない。


「うーん、まあ離脱してもよかったんだがな」


 ディーシーは小首をかしげてみせた。


「どうせ主も戻ってくるだろうから、それまで反乱軍を見守ってやろうと思ってな」


 それに――と、彼女は目を光らせた。


「せっかく手元にダンジョンコアがあったのでな。老人どもがワールドコア・プロジェクトなどというものをやっていたのだ。それをこっちでも真似てみようと思ってな」


 それがこの基地だ、とディーシーは大きく手を広げた。


「我の中にあるウィリディス軍の兵器を作っている。各戦闘機は反乱軍でも用いられている。それにな――」


 ディーシーは空間の奥を指し示した。


「艦艇用のドックも作った。そこでテラ・フィディリティア――ウィリディス仕様艦艇も建造している。いつか遠い未来で、戦力が必要になった時のためにな」


 ここと同規模の秘密拠点を複数カ所、この世界で建造したという。アポリト本島の秘密研究所から俺が持ち出した、ダンジョンコアが各基地で稼働している。


「さて、主よ。今の反乱軍の様子を話してもよいが、主たちの時代の話も聞かせてくれ」

「答え合わせだな」

「うむ、我は未来がどうなっているのかまだ知らないのでな」


 新生アポリト帝国軍と雌雄しゆうを決する戦いが近づいているという。俺にとっても不可避である決戦である以上、今ある情報と照らし合わせ、どう行動するのが正しいかを見定めていく必要がある。

 移動しよう、とディーシーは作戦室へと俺たちを導く。


「ディーシー」

「何だ、主?」

「俺は元の時代に戻って、まだ一週間しか経っていない」

「とんぼ返りだな、そっちは」


 皮肉げなディーシー。俺は口元を笑みの形に歪めた。


「その一週間の間に、君が帰ってきていないから、俺もずいぶん心配していたんだ」


 君の三年には負けるけどね。


「改めて言わせてくれ。無事でよかった」


 また、よろしく頼む。

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