第1043話、生きている者、死んだ者


 秘密基地γ(ガンマ)。その作戦室で俺とベルさんは、ディーシーとこの時代の現状の細部を確認する。

 転移する前に予習はしていたが、その中でどの部分が重要かピックアップするのだ。


 その中で、新たにわかったこともある。アレティ、ヴァリサらの情報ともあわせて判明している人物たちの生死も。

 子供たちの生死については、事前の情報とほぼ変わらず。ただし、レウ、サントン、リュト、プリム、フラウラ、イリスは転移して無事であることをディーシーに教えてあげた。


「そうか。それはよかった」


 転移組の中で、ロンがまだこの時間軸では生存していた。彼が転移するのは最終決戦の時だろう。

 ディア、メラン、アリシャはこちらでも向こうの時間軸でも確認されない以上、戦死で確定か。


 まだ転移していないロンを含め、リノン、イオン、パルナ、クロウがこの時代で生きている。

 それ以外の俺の知人たち――アミウール戦隊で共に戦った者たち。戦艦『エスピス』艦長のメギスは生存。彼は、いま女帝ヴァリサの旗艦『アントレイヤー』の艦長を勤めている。


 ブルは、この時代で戦う俺に化けたシェイプシフター兵と共に反乱軍の一員として戦ったが、およそ一年前のとある戦闘で未帰還。そのまま戦死と認定された。

 吸血鬼に占領されたアポリト本島にいたお袋さんには、結局会えなかったのだろう。そもそもアポリト本島の住民がどうなったか、現状わかっていない。


 リムネを除く魔神機パイロットたち――彼女たちも、今はいない。

 風の魔神機のグレーニャ・エル、土の魔神機のグレーニャ・ハルは戦闘中、行方不明。前後の目撃例から、敵に捕獲されたようだと言う。


 火の魔神機を駆ったペトラ・ストノスは、帝国軍との戦いの中、壮絶な戦死を遂げた。友軍の撤退を援護し、自爆と共に敵追撃部隊を全滅させたらしい。

 自らの命を犠牲にしてでも仲間を救った勇敢な行動は、反乱軍でも伝説となり、ペトラの名は勲章の名前となって今も残っているという。


 ……友情に厚い子だったもんな。俺は目頭が熱くなり、ペトラの死に改めて黙祷した。


 エルフは、反乱軍と共に帝国軍と戦っている。そんな中、俺付きのメイドだったカレンとニムが、白エルフたちの指導者グループに所属していた。

 彼女たちが指導者層にいるというのは、正直俺にとっては意外なのだが、その俺の元にいたというのが、かなり影響しているらしい。

 というのも白エルフの中では、俺は大英雄となっているからだ。


「で、その英雄様は、この三年間、何をやっていたんだ?」


 ベルさんが皮肉げに言った。ヴァリサらの話では、ひきこもったり戦ったりしていたらしいが――


「うむ、主の代理はシェイプシフターに務めさせた」


 ディーシーは苦笑した。


「だが、主の姿や普段は真似できても、その戦略、戦術の発想までは難しくて、ここまで隠し通すのは奇跡のようなものだったぞ」

「だろうな。ジンの頭のデキは『この世界の人間』じゃ真似できねえわな」


 何せ異世界出身だからね、と俺は心の中で呟く。


「ちょくちょく戦場に出したのだがな、まあ何度かやられたよ。ただ、どんな戦場でも生きて帰ってくるから、『不死身の英雄』なんて通り名が付けられた」


 代理のシェイプシフター兵はその都度、戦死しているんじゃないかそれは。まったく……。


「苦労したぞ、シェイプシフターは魔法的な才能がないから、タイラントで戦う時はコピーコアに魔法的操作を行わせて誤魔化したのだからな。またつまらぬ魔人機の製造スキルを身につけてしまったぞ」


 ディーシーさんはそう笑い飛ばした。俺は顎に手を当てた。


「へえ、タイラントを使っていたのか」

「ダーハは魔力が必要だからな。コアでも制御できるよう改造はできるが、それで能力が落ちてはしょうがない。それに仮にも魔神機だ。落とされたら替えがきかん」


 とりあえず、ここ三年近くのこの世界の俺のことはディーシーがかなり面倒を見て誤魔化してくれていた。苦労をかけたなぁ。


 話は反乱軍に移る。俺が独自行動を行うことが増えた――ということになっていたので女帝ヴァリサの下で軍を指揮したのは、元十二騎士のゴールティン、ディニ・アグノス、エリシャ・バルディアらと、旧軍の指揮官たちだった。


 この三年で、指揮官をはじめ、兵の数も減ったが、ゴールティンら三騎士は生存し、ディーシーやダンジョンコアが供給する兵器を駆って、反乱軍を支えている。……人員については、密かにシェイプシフター兵が穴埋めを行っていたりする。


「あの三騎士が踏ん張ってくれたから、反乱軍がこれまで生き残ってこれたと言える」


 ディーシーは淡々と告げた。


「我が兵器を供給してやったとはいえ、あいつらがいなければ、とうに反乱軍は壊滅していただろうな」

「この世界の人間もやるじゃないか」


 ベルさんの評価に俺も同意だ。戦況を聞けば聞くほど、よくぞ反乱軍が三年も残ったと思う。裏方で反乱軍の活動を支援をしてきたディーシーの視点から見ると、さらに実感が増す。

 だが同時に、ディーシーがいなければ、あの三騎士をもってしても鎮圧されていただろう。彼女がこの時代に残ったのは正解だったに違いない。これも運命力の因果だろうか。


「それで、次はアポリト帝国との最終決戦か」


 俺が振れば、ディーシーは頷いた。


「そうだ。ヴァリサは今回の戦いでケリをつけるつもりだ。兵器はともかく、人員が限界だ。この世界に残っている人間は、反乱軍に属している者以外、ほぼいないだろう」


 ワールドコア・プロジェクトの世界的スタンピードで大発生したモンスターが、地上人を壊滅させてしまった。

 この決戦で勝たねば、この世界の人類史はほぼ終わってしまう。俺たちがやることは、その人類存亡の戦いを手助けし、成功に導くことだ。


「幸い、吸血鬼どもを死滅させる新兵器を、反乱軍は作り上げた」

「例の魔力消失空間を発生させる装置だな?」


 俺が確認すれば、ディーシーは首肯した。


「やつら吸血鬼は、魔力がない空間では生きていけない。あれをアポリト本島で使用すれば、吸血鬼軍を全滅させることができる!」


 それは同時に、アポリト帝国の崩壊、魔法文明時代の終局が来る。


「アレティは……その準備は?」


 魔力消失空間を発生させる装置には、生体バッテリーとしてアレティが組み込まれる。別に何か機械を埋め込まれるとか、そういう処置はないが、歴史の通りなら、彼女はその装置の中で、数千年の時を眠り続けることになる。……そして未来で俺と出会うわけだ。


「ああ、彼女は同意した。世界を救うためにな」


 ディーシーに悲壮感はなかった。


「また未来で迎えに行くから、待っていろと言っておいた。……主も何か声をかけるか?」

「そうだな……」


 決戦前に一声あってもいいだろう。いやしかし、彼女の中じゃ、その頃の俺って消息不明とか言っていたような。記憶の齟齬もあったみたいだから、覚えてないかもしれない。


「それはそれとして、だ。ディーシー、ひとつ聞きたいことがある」

「何だ、主?」

「……クルフの話を聞きたい」


 未来のディグラートル大帝国皇帝。ヴァリサや転移した子供たちからは、ついにその名前を聞くことがなかった人物。

 アディスホーラー戦以後の、奴の足取りについて、俺はあの場にいたディーシーに問うた。

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