第1038話、勉強するメイドたち


 アーリィー・ヴェリラルドは少々ご機嫌斜めだった。

 魔法文明時代に戻ることになるジンに同行して手伝いたかったのに、きっぱり断られてしまったからだ。


「ボクだって力になりたいのに」


 別に魔法文明時代に観光気分で行きたいと言っているわけではない。ジンが行って、命懸けの戦いに挑むというなら、その側で共に戦いたいというだけなのだ。


 ――二度と帰ってこないとか、嫌だよボクは。


 アーリィーは心配なのだ、ジンのことが。


「ま、ボクのことを心配してくれているんだろうけどさ」


 お互い様なのは、彼女もまた理解していた。だから機嫌が少し悪くても、本格的に怒ったりはしない。

 そのままお茶を飲もうと休憩室へ行けば先客がいた。

 メイド服姿の美少女たち。サキリスとエリー――エリザベート・クレマユーである。


「アーリィー様」


 立ち上がる二人に、アーリィーは手を振った。


「そのまま。……勉強会かい?」

「はい」


 彼女たちの机に広げられていたのは、ウィリディス軍兵器についての本や資料だ。ウィリディスに合流して日が浅いエリーは、これらの兵器についての猛勉強中である。

 ジンの役に立ちたい、という一心でやってきた彼女には、アーリィーも通じるところがあって応援している。


 シェイプシフターメイドにお茶をお願いして、アーリィーは彼女たちのテーブルに向かう。


「急に資料が増えたでしょ?」


 ジンが魔法文明時代に行って帰ってきたことで、アポリト文明時代の兵器の資料が格段に充実した結果となった。それに関係して魔神機・魔人機関係の情報量が増え、そちらはまだアーリィーも確認しきれていない。

 この機会に、ボクも目を通しておこう――アーリィーは机の資料をざっと眺めつつ、席についた。……真面目な資料の中に、一冊だけ、何か良からぬ薄い本が混じっていたように見えたが、見なかったことにする。


「そういえば、エリーはもう魔人機の操縦バッチリなんだっけ?」

「おかげさまで、セア・フルトゥナは、私の手足も同然の仕上がりです」


 エリーが言えば、先輩兼指導役のサキリスも首肯した。


「わたくしもリダラ・ドゥブの慣熟を進めています。ウィリディス軍の魔神機戦力は希少ですので」

「二機しかないですからね」


 エリーは、そこで気づく。


「あ、ジン様が、もう一機持ち帰られたんでした」

「リダラ・ダーハだっけ。十二騎士筆頭の団長機の」


 アーリィーも、ジンが持ってきたダーハを思い出す。もっとも、彼は向こうで作ったオリジナル機体のタイラントのほうが気に入っているようだが。


「そういえば、エリーは魔神機のほうは動かせないの?」

「と、言いますと?」

「いや、ボク、リダラ・バーンを動かせるんだけど、役職柄、あまり乗れないというか……」


 アーリィーは苦笑いを浮かべる。航空戦隊の指揮官とか、艦長職とか、空中艦艇で指揮を執る機会のほうが多いのである。本当はパイロットとして戦闘機や魔神機で戦いたい、というのもあるのだが。


「もしエリーに魔神機適性があるなら、バーンを譲ろうかなって」


 サキリスとエリー。ジンに仕えるメイド騎士。黒と白の双璧みたいで格好いいのでは、と思ったり。


「アーリィー様がよろしいのであれば、一度試してみます」


 エリーは頭を下げた。思ったより乗り気のようだった。

 さて、それはともかくとして。


「アポリト軍関係の情報が増えて、その対策もまた一気に進んだね」

「そうですね。何より魔人機の発祥の地、ですし」


 サキリスは資料のひとつを手に取った。


「さらに確度の高い情報を得られたのはよいことです」


 アーリィーも頷く。


「色々解析が進むよね。大収穫だったよ」


 さらに魔人機による対艦装備案とその試作モデルの設計案など、ジンが持ち帰った情報は、今後の戦いに大きく影響するだろう。


「魔人機による対艦戦……」

「どうしたの、エリー?」


 難しい顔をした令嬢メイドに、アーリィーは小首をかしげる。連合国出身の魔術師でもあるエリーは、上目遣いになった。


「魔人機は、敵の魔人機やゴーレムなどを相手にするものと思っていましたから。対艦戦と言うと、空中を行く戦艦を相手にするということですよね……?」

「……そうなるだろうね」


 戦艦を、というよりは、より小型の巡洋艦とか護衛艦を相手にするのだろうと、アーリィーは思っている。


「そう、それです!」


 突然、エリーは大声を上げた。紅茶を飲みかけたアーリィーは、思わず手を止めた。


「な、なに?」

「恥ずかしながら、私、空中艦のことがよくわからないのです」


 エリーは両目を伏せた。


「戦艦とか重巡洋艦とか駆逐艦とか……。大きさとか装備については、一通り目を通しておりますし、その型とか覚えましたが、どうにも表面をなぞっているだけで、理解しているとは言い難いのです」

「空中艦艇自体、ここ一年で登場した兵器だからね」


 アーリィーは苦笑した。

 いち早くそれらを揃えたのは、ディグラートル大帝国だ。ジンは古代機械文明時代の兵器を発掘し、それを元に現在のウィリディス軍の軍艦を整備した。

 大帝国でさえ、急激に発展したそれらに組織や装備を短い間に改訂している。誕生したばかりの兵器は、めざましい急激進化を遂げたのだ。


 当然、武装についても初めてならば、その艦種に至っても、まったく未知のものだ。ジンはそれを機械文明の資料から読み解き、すぐに用いてみせた。


「まさに、ご主人様が賢者たる所以ですね!」


 サキリスがそう評した。


「わたくしたち凡人には、理解が追いつかないことを、平然と理解していまいますから」

「まあ、ジン様ですからね。当然です!」


 エリーもうれしそうに同意した。ジンのことが褒められると自然と顔が綻んでしまうのはアーリィーも同じだった。


 ――そっか、やっぱり理解が追いつかないところもあるんだ……。


 新しい空中艦が作られ、それをウィリディスで運用していくにあたって、アーリィーは勉強をしている。

 空中艦のみならず、兵器と乗り物とくれば、真っ先に操縦したり動かしたりしている。アーリィーは自覚していなかったが、ウィリディス軍関係者で、全部の兵器に触っているのは彼女が唯一だったりする。

 エリーは、小さく苦笑した。


「魔人機は、まだ人の形をしているので、わかりやすいのですが……。船のこととなると」

「そうなんだ。……あ、じゃあ軍艦を、人でたとえてみようか」


 アーリィーは、悩めるエリーにそう提案した。

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