第1036話、アポリト浮遊島の分離の謎
最後まで戦いましょう、とクルフ・ディグラートルは言った。
かつて、英雄魔術師ジン・アミウールは連合国と共に帝国本国に攻め込み、その戦いは最終局面を迎えつつあった。
だがその矢先、その英雄、つまり俺は連合国の裏切りで戦線を離脱した。俺との邂逅を待ちわびていたクルフは、その楽しみを奪われたのだ。
……なるほどね。その後の連合国への再三の侵攻、情け容赦ない占領地政策など、楽しみを奪ってくれた連合国への復讐だったのだろう。
それにしても、一人の男の退屈から始まった大戦争など冗談ではない。どれだけの人間が死に、傷ついたか。そしてそれはまだ増え続けていく運命にある。
ヴェリラルド王国の友人たちも、今後、命を落とす者が出るだろう。これまで知り合った人間がどれだけ犠牲になるか想像したくもない。
俺は、ひとまず『今は殺せない皇帝』のことは後回しにし、魔法文明時代に再度戻った時のための詳細を詰める作業を進めた。
反乱軍がどこで、どう戦い、吸血鬼軍と化した新生アポリト帝国にどう立ち向かったのか。それぞれの行動、俺が不活発な頃にあったこと。
ゴールティンやアグノスら、かつての女帝派の者たちや、カレン、ニムのエルフコンビ。アポリトの誇る魔神機とその操縦者たちのこと――
そしてアポリト攻略戦の最中、各島が分離し、のちの時代に世界にバラバラに落ちたのか。また魔力消失装置が使われた理由と、それの動力にアレティが使われた理由もまた、重要な要素だ。
ヴァリサや子供たちの証言を集めた結果、魔力消失装置は、魔法文明を終わらせた一方で、新生アポリト帝国打破に欠かせないものだったことが判明する。
「つまりだ。吸血鬼たちは、その体の構成の大部分を魔力が占めているらしい」
俺は、ベルさんとアーリィーに告げた。
「魔力消失装置によって、アポリト本島からは魔力が失われた。吸血鬼にとっては魔力はその存在に欠かせない」
人間にとっての水分と同じだ。体の構成する魔力が失われれば吸血鬼は、重症化した脱水症状同様、その命を奪われる。
「なるほど。あの魔力消失空間はそういうことだったのか」
ベルさんがニヤリをした。
「確かに、浮遊島全体に作用すれば、吸血鬼どもと直接戦わなくても全滅させられるだろうな」
まともに戦えば、常人のそれを上回る身体能力を持つ吸血鬼に苦戦は免れない。
「さらに言えば、アポリト軍の兵器も外部からの魔力の取り入れができなければ、途端に行動できなくなる」
魔力消失空間に、魔法文明兵器が活動できない――これは数で劣る反乱軍としても利用しない手はないだろう。吸血鬼も叩けて一石二鳥。
もっとも、魔力消失空間で戦えないのは反乱軍も同じだが、そちらには俺やディーシーがいる。予備の魔力タンクを搭載するなどの対策は可能だ。魔力消失空間でも多少は戦えたことだろう。
「そして重要なのは、ワールドコア・プロジェクト……。世界にバラまかれたダンジョンコアのコントロールを切り離すことができるということだ」
老人たちは嫌がらせのためにモンスター・スタンピードを起こさせ、地上の人類の大半を死滅させたが、アポリト本島にそのコア群を制御するシステムがあった。タルギアがそれを掌握したが、いつまでもそのままにしておくわけにはいかない。
魔力消失空間の発生で、そのコントロールを断ち切り、世界中のコアを管理下からはずして休眠する状態にする――はずだった。
「まあ、その後、長い年月の間に、これらコアは独自に進化して現代に至っているみたいだけどな」
俺は肩をすくめる。休眠したコアがある一方、魔力が再び戻った世界で独自に活動を再開したコアもある。数千年の間に、何かきっかけがあったのかもしれないが、それを知る術は今のところない。
アーリィーが口を開いた。
「じゃ、島が分離した理由は?」
現代において、かつてのアポリト浮遊島は、本島が行方不明。八つの島が分離して、世界に散っている。これを巡って、俺たちウィリディス軍とディグラートル大帝国の間で争奪戦が繰り広げられている。
「これについては、はっきりした理由がわからない」
最後に転移したヴァリサも、その時点ではまだアポリト本島と八つの島は繋がっていたと証言していた。最終決戦と思われる場では、まだ島は完全体だったのだ。
「推測だが、魔力消失空間が展開した時、死にかけの吸血鬼が悪足掻きで島を分離させたんじゃないかって説」
魔力消失空間の効果範囲から逃れようとしたというオチ。が、分離させたが逃れられなかった。
「もうひとつの説は、アポリト攻略戦後、生き残った人類の誰かが、強大な力を持つ浮遊島を解体したというもの」
再利用されないように。……むしろこちらのほうが可能性があるかもしれない。世界の広い範囲に散らばったこと、ゲルリャ遺跡の地図としてその場所が残されていたことも。
少なくとも、俺が干渉した後の出来事のようだから、そこは問題ないだろう。
俺があの時代に戻ってすることは、反乱軍に合流し、新生アポリト帝国を打倒。魔力消失装置による魔法文明のリセットと、それに連動して吸血鬼の死滅と、ワールドコア・プロジェクトのシステム分断と言ったところだ。
「俺が介入するのは、アポリト攻略戦の直前あたりから、だろうな」
「現地時間で三年後か」
ベルさんが鼻をならす。
「さて、いつ頃、転移の杖を使って飛ばせばいいんだ?」
「わからん。前回行った時とオパロコアの転移した時期を照らし合わせれば、計算はできるかもしれないが……」
「でも、その二回だけじゃ、確かな計算はできないんじゃない?」
アーリィーが小首をかしげた。うちの嫁は可愛い。
「転移の杖の時間軸がランダムの可能性もあるよね?」
「二回だけでは……そうか、向こうで十五年経ってたのは、こっちの時間経過と関係ない可能性もあるってことか」
それは考えなかったな。俺は眉に触れる。
「……こりゃ、近いうちに試したほうがいいな」
計算したつもりで、攻略戦後なんかに出たらアウトだ。転移の杖での調整が、今のところどうイジっていいかわからない以上、早いうちに試しておくべきだろう。
たぶん、それで歴史が変わるような失敗は避けられると思う。
「今度はオレ様も行こうか?」
ベルさんが言った。
「魔法文明時代の一大決戦と聞いたらな」
「そりゃ頼もしいが……。ベルさんが参戦か――」
俺は顎に手を当てて考え込む。
「いいのかな。ベルさんが介入したか、ヴァリサたちに聞いておかないとな」
歴史の改変事項ではないか? ん?
「というかあの時代、ベルさん、あの場にいなかっただけで生きていたんじゃなかったか? 同じ時間に、場所は違えど同じ存在がいるって、大丈夫なのか?」
あれは出会ってはいけないとかいう話だったか? 場所が違えば問題ないのか? 悩む俺に、アーリィーが挙手した。
「ボクも行きたい」
「それはダメ」
俺はきっぱりと言った。そもそもアーリィー、君、自力で転移魔法を使えないでしょ。転移の指輪があるが、あれだって、実はどこかでバグがある可能性があるのだ。
指輪を渡した子供たち、三人の未生還者。転移の指輪を使う間もなかったと思われるが、実際、本当にそうなのかは誰もわからない。本当は使ったが、転移できなかったとか、そういう可能性もゼロではないのだ。
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