第1034話、子供たちの未来


 再び、魔法文明時代に戻る。そのために徹底的に情報を洗い出し検討する。

 今度は間違いなく正解を引きつつ、歴史の通りに乗せていく。俺が介入した上で歴史が紡がれているので、戻らないことが歴史の改変となってしまう。

 間違えがあってはいけない。


 さて、俺は魔術人形の子供たちやヴァリサ、リムネを転移させた。リムネを除けば、元の時代で死の一歩手前に追い詰められ、転移しなければそのまま死んでいただろう者たちだ。

 あの時代で子孫ができる、なんて機会のないままの転移だから、彼、彼女が消えたところで――転移しなければどのみち死んでいた――後生への影響はほぼない。


 ただ、ふと思うことはある。

 この時代で子供たちを受け入れ、育てることで、未来に変化を与えているのではないか、と。過去の子供たちが現代の人間と結婚したら、その人間が本来結婚したり、子供を作はずだった相手を奪ってしまうのではないか……? 結果、本来存在したはずの一族が消えたりしないだろうか。


 ……たがそれを認めてしまうと、今を生きている俺たちも、実は結婚の有無、その相手など決まっていて、人間の人生とは当人が知らないだけで決まったレールの上を走るだけのものとなってしまう。

 運命の出会い、ではなく、その出会いは確定であり、たとえばフラれたり、結ばれたり、事故や病気で最愛の人を亡くしたり、自身が取り返しのつかない失敗や、あるいは成功もすべて決まっていた、ということになる。


 未来は決まっている。だがその未来がわからないから、人は努力したり、あがいたりする。

 未来が決まっているから勉強しても無意味、ではなく、勉強した事実こそ未来であり、しなかったことも未来。その先に成功した、あるいは失敗したというのも未来なのだ。


 つまり、過去から転移した者たちは、この時代のイレギュラーではなく、その時代で結ばれたり、何か偉業を成し遂げたりすることもまた、未来、正史と言える。

 消える一族などなく、過去の人間が現代の人間と家族を形成するのも、歴史にとって必然なのだ。


 ……と、いささか妄想じみているが、そう考えることでそれ以上の考察は放棄した。それが間違っているのか、正しいのかなど、誰にもわからないのだから。

 ただ、未来が決まっている、という考えは、個人的には面白くも何ともない説だと思う。


 ともあれ、俺は、転移させてきた子供たちの今後の面倒を見る必要がある。死を回避したらおしまい、というのは無責任過ぎるからな。

 最終的にどの道を選択するかは、それぞれ自分たちで決めてもらう。俺は強制はしたくない。色々な可能性を見せて、やりたいことをやってもらう。


 やりたいことが見つからないなら……その時は見つかるまで面倒を見てやろう。


「興味深い説ですね」


 俺の説を聞いたダスカ氏は、そう評した。


「すると、私に妻ができないのも確定した未来だと?」

「今まで居なかったからって、これからもそうとは限らないぜ、先生」


 ここから出会いがあるかもしれない――そう言ったら、ダスカ氏は笑った。


「ジン君の説はともかく、ヴァリサ女帝陛下から聞けたアポリト文明の話は実に興味深いものでした。魔法文明の研究が一挙に進みます」

「それはよかった」


 ダスカ氏は興奮気味だが、俺は逆に冷めていた。


「現代に来た過去の女帝陛下は、どう扱うべきだろうか?」

「王族には敬意を持って接しなければいけません」


 ダスカ氏は言った。


「ですが、その国がもはや存在しないのでは……。客人として持てなすことはできますが、身分をどうするかは、国によって変わると思います」


 亡国に敬意を表するか、それとも国も身分もないと一般人扱いをするか。まあ、俺のところにいる間は後者はないがね。


「彼女次第ということだな」

「そうなりますね。彼女、女帝陛下の複製なのでしょう? 存在しない国の王を名乗ることに意味があるかどうか」


 俺とダスカ氏は、アリエス浮遊島の軍事区画の貴賓室へ。そこにはゆったりとした魔術師ローブ姿のヴァリサがいた。


「あぁ、ジン。そしてダスカ先生、こんにちは」

「はい、こんにちは」


 ダスカ氏が鷹揚に応じる。俺は席を勧め、今後の打ち合わせをする。また過去に戻ること、反乱軍のアポリト本島攻略戦に参加するまでの俺の行動について、ヴァリサの視点からどうだったかを確認する。

 ……彼女から見た俺は、相変わらず多忙で外に出て戦ったり、調査に出かけたりと基地などにいる時間は少なかったそうだ。


 おそらくディーシーが手配したシェイプシフターが、俺に化けて演じていたんだろうと推測する。わざと多忙なフリをして、周囲と接触を少なくしたんだろうな。


 あと、戦闘でやられたように見えて、生きて帰ってくるところから『不死身』の通り名がついたとか何とか……。

 で、その不死身さんも、アポリト最終決戦でやられた、と思ったらしい。――たぶん、最終決戦のはフリだと思うけどな。

 その辺りのすり合わせののち、俺はヴァリサにこれからのことを切り出した。


「君は、どう生きたい?」

「……わたくしはアポリト攻略戦の最中、反乱軍艦隊の旗艦で、おそらく死んでいた」


 ヴァリサの美しい顔立ちに物憂げな影がよぎる。


「わたくしは最後まで女帝を演じた。もはやアポリトは存在せず、あれから数千年も後の時代にいる。わたくしの役目は終わった。……そうでしょう?」

「その通り」


 俺が頷くと、ヴァリサは自嘲した。


「もし戦いが終わったら、わたくしは生き残った人類の王として導いていく存在を演じなければならない……そう思っていました」


 けれど――天井を見上げるヴァリサ。


「もう、将来の行く末を案じ、指導者であり続ける必要もなくなったのね!」


 何か吹っ切れたように、ヴァリサは視線を俺に向けた。


「わたくし、自由よね? 何をしてもいいのよね!?」

「法に抵触しない限りは」


 何をやっても、というのはさすがに無理だ。


「わたくし、世界を見て回りたかった」


 あー、そういえば、彼女、アポリト本島にいた頃は帝国城にほぼ缶詰だったもんな。


「時代は違えど、やはりわたくしは、世界を見てみたい」

「わかった」


 それくらいなら、俺の権限でできないことはない。

 何せこっちは、ヴァリサが王族になりたいと言ったとしても、架空国家シーパングの元首に据えることだってできるくらいだ。

 世界を回りたいというささやかな願いは叶えてやれる。


「あと、できれば……あなたが一緒だと嬉しいのだけれど」


 小さな声で照れたような顔を見せるヴァリサ。

 いやはや、信頼されるのは嬉しい。しかし、今はディグラートル大帝国と戦争状態にあって、俺も中々多忙だ。他の国々は安全とは言い切れないが、乗り物と護衛を用意するくらいは容易い。それ以上は要相談だな。


 ……ディグラートルか。

 ふと、大帝国から思い出したが、あの御仁にも、一声かけておくべきかもしれない。おかげで愉快な体験をすることができた。

 魔法文明時代に故郷があるという大帝国皇帝陛下にも。

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