第1033話、状況把握


 アリエス浮遊島医療区画。

 診断を終えたリムネ・ベティオンが、俺に笑みを浮かべた。オリエンタルな雰囲気をまとう美少女である。俺は彼女に、未来の嫁であるアーリィーを紹介した。


「お話はお伺いしております、奥様。リムネ・ベティオン、ジン様に命を救われた者です。どうぞよろしくお願いいたします」

「よろしく、リムネさん。……それで体のほうは?」


 過度な実験と投薬の結果、寿命を削ってしまっているリムネ。あと半年の命ということで、あの時代にいても未来がないのでこちらの時代に招いた。

 旗艦コア――銀髪美女軍人姿であるディアマンテがカルテを手に報告する。


「彼女の体ですが、寿命についてはある程度伸ばすことが可能です。劣化崩壊の兆候が見られる内臓器官も、クローニングを利用した新しいものと交換すれば、延命としては充分でしょう」

「……ボクにはちんぷんかんぷんな話だ」


 苦笑するアーリィー。新しいものと交換と聞いて、俺は質問した。


「それって、子宮を新造して移植することも可能だったり?」

「可能です。彼女の取り除かれた子宮の代わりにあるのは、人工の魔力増幅器官ですが、これを交換すれば、魔法制御能力は落ちますが――」


 すっと、ディアマンテがリムネを見た。


「子供も作れるようになります」

「まあ!」

「それは凄い!」


 リムネ、そしてアーリィーが驚き、歓声を上げた。しかしディアマンテは事務的に話を進める。


「人間として元の状態に戻りますが、魔力に関する能力が大幅に落ちます。シェイプシフターから受け取った資料から、魔人機はともかく、魔神機は操れなくなります」


 人を超えている力か、あるいは寿命と子供か、どちらかしか選べないということだ。

 魔神機を操れるほどの魔力を失うのは、彼女のこれまでの存在理由を捨て去ることになる。……とはいえ。


「魔神機に乗れることが人生のすべてじゃない」


 俺はリムネを見やる。


「どういう道を選ぶのかは、自分で選べばいい」

「わたくしは、団長……ジン様のお役に立ちたく思います」

「そうか。魔神機に乗れるほどの魔力がなくても、役には立てる。じっくり考えるといい」


 俺が言えば、「はい」とリムネは頭を下げた。ディアマンテは口を開いた。


「ひとまず、延命の処置を徐々に始めたほうがよいでしょう。もうすでに兆候が見られますから」

「よろしく頼む。じゃあ、リムネ。お大事に」


 ディアマンテに任せて、俺たちは退席する。

 続いて訪れたのは、ロンの病室。こちらに転移した時、重傷だった彼も、精霊の秘薬の効果でもうすっかり回復したようだった。

 緑髪の少年ロンは、16歳くらいの外見に成長していた。童顔だが、身長が急激に伸びて、長身のレウに匹敵する。


「やあ、父さん。お見舞いに来てくれたのかい?」

「元気そうで何よりだ」

「さっきまでリュトとサントンが来ていたんだ。色々話を聞いた」


 ロン曰く、死んだと思っていた兄弟姉妹たちの顔ばかりで自分は死んだのだと思ったらしい。彼の転移は、子供たちの中でも後ろのほうだった。


「正直、まだピンと来ないよ」


 寂しそうにロンは言った。


「あの時代から数千年も後の時代だなんて。それで……死んだと思ってた皆がいて……でも――」


 ポロポロと涙がこぼれる。


「でも、やっぱり死んだ兄弟もいて……」

「今はゆっくり休め」


 俺は、まだ状況を受け入れ切れないロンの背中を叩いた。


「兄弟たちとも、じっくり話せばいい」



  ・  ・  ・



 病院を後にして、ヴァリサや他の子供たちの様子も見る。

 ヴァリサはダスカ氏がついて、魔法文明時代の様子をじっくりお話している。


 子供たちには、先にこの時代で覚醒したアレティが会って、事情説明をしている。アレティ自身、転移でいえば最後のほうだったロンやヴァリサがいた頃もあの時代にいたため、記憶のすり合わせ事態は割とスムーズだった。

 ただ転移時期が早かったプリム、イリス、レウは、成長している他の兄弟姉妹同様、お姉さんしているアレティの姿に困惑していたようだが。


 さて、それで俺がいなくなった後のこともだいぶ明らかになってきた。アレティが俺のもとに詳細な報告を上げたが、中にはショッキングな話も含まれていて、俺も驚かされることになる。


「タルギア大公が、吸血鬼になった……?」

「アポリト本島は吸血鬼たちに占領されました」


 討伐艦隊がアディスホーラー浮遊島を攻略している頃、闇の勢力から派遣された別動隊がアポリト本島に到着。タルギア大公の手引きで島に入った闇の勢力軍は、本島のアポリト軍を襲撃し、住民を吸血鬼化させたのだと言う。


「タルギア大公は自ら吸血鬼化し、新生アポリト帝国を建国しました。彼は残った人類の隷属か絶滅を宣言。アポリト残存軍はヴァリサ陛下の軍と合流して、反乱軍となり、戦いました」


 ……これは、元からそうだったのかな? それとも、俺が介入した結果変わったわけじゃないよな?

 転移の杖を使う前に、もっと詳細にアレティから話を聞いておけばよかった。そうすれば歴史が変わったのかそのままだったのかわかったものを!


 まあ、少なくとも後年の人類側に影響は出ていないようではあるが。地図が変わっていることも、国の名前や俺の知る範囲の知人の名前が変わったり消えているということもない。


「そしてアポリト大帝国と反乱軍の争い以外に、世界は多数のモンスターによって埋め尽くされるほどの大発生に遭遇。大半の人類はそこで滅びました」


 モンスターの大発生。たとえるなら、ダンジョンスタンピードが世界規模で発生したのだ。

 これを聞いて、俺は、貴族院の老人たちが進めていた多数のダンジョンコアを作り、世界にばらまいていたのを思い出した。


 ワールドコア・プロジェクト――世界管理計画の名のもとに、世界中のダンジョンコアが一斉にモンスターを吐き出した。

 普通に考えれば、人類を死滅させるような大発生が起きるとは考えにくい。発生がタルギア大公がアポリト本島を掌握した時期と重なるらしいので、これは老人たちが最後の抵抗でやらかしたのではないかと推測する。


 タルギアに制圧されるのをよしとしない老人たちが、彼の支配するつもりの世界を滅ぼすことで、嫌がらせをしたのではないか。……それで滅ぼされる地上人も迷惑な話だが。

 ただ、それが現代の人類に影響が出ていないところからすると、人類が激減したのも歴史の通りのようだった。


 しかし、混沌としているなぁ。これにもう一度、あの時代に戻ることになるが、はてさて、介入のタイミングはいつだろうか。

 これはヴァリサや、転移してきた子供たちの証言を……いや、普通にアレティに聞けばいいのかな。

 俺が不在の間に、ディーシーがどう動いているかが鍵になりそうだ。

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