第1032話、懐かしき我が家


「おはよう、アーリィー」


 俺はベッドから起き上がる。俺たちの始まりの家であるウィリディス屋敷。その俺たちの部屋で、昨晩は深く愛し合った。

 そのアーリィーは、服に着替えていた。


「おはよう、ジン。でももうお昼になるけどね」

「寝坊したかな?」

「まあ、ね……」


 さすがのアーリィーも苦笑する。


「正直に言うと。少し乱暴だったよ?」

「男はベッドの上じゃ獣になるんだよ」

「それだけボクを愛していたってことは、文字通り痛いほどわかった」

「……ごめん」


 俺が詫びれば、アーリィーは笑った。


「ボクにとっては昨日ぶりだけど、ジンにとっては数カ月もボクに会えなかったんだもんね。仕方ないよ」

「君は女神だよ」


 彼女の寛大さに感謝。大げさだよ、と言いながらアーリィーは俺に近づいて、挨拶の頬キス。


「それだけ愛してもらってるってことだよね」

「もちろん。君は? 俺のこと好き?」

「愛してる」


 アーリィーは立ち上がった。


 魔法文明時代で過ごして、たまっていたものをすべて吐き出した。体のことだけでなく、心も、苦しみも寂しさも。生きているという実感、そしてこれからもアーリィーと生きていくという想いも。

 アーリィーは全部それを受け止めてくれた。感謝してもしきれない。


「ありがとう、アーリィー」

「どういたしまして。それより、早く服をきて。ご飯にしましょ。ボク、もうお腹ペコペコだよ」


 アーリィーは快活に笑みを浮かべた。……本当、俺にとっての女神様だよ。



  ・  ・  ・



 朝食という名のランチを食堂で摂る。

 帰ってきたんだという実感が改めて湧いてきた。サキリスやクロハに、エリーらメイドさんらを見て、懐かしさにほっこり。


 ご飯に味噌汁、鮎に似た魚グリの塩焼きと和食な料理に、心の底からホッとした。すっかり和食にも慣れたアーリィーと食事をしつつ、俺は魔法文明時代でのあらましを語った。

 同時にベルさん、そしてメイド組のサキリスとエリーも聞く。


 魔法文明時代のアポリト帝国と地上、闇の勢力との衝突。女帝派と大公派、貴族院の派閥争い。魔神機などの兵器類。その文明で出会ったヴァリサ女帝とそのクローン、女神巫女、十二騎士、そして魔術人形の子供たちなど……。

 食事が終わっても語り終わらず、食後のお茶をのんびりやりながら話を続けた。


「大変だったね」


 ひと通り説明が終わった後、アーリィーが労ってくれた。一方、ベルさんは――


「ちょっと信じられないような話だ。まあ、お前さんが言うんだ。本当なんだろうけどな」

「こっちじゃ、一日も経っていないんだもんな」


 俺が紅茶をすすれば、ベルさんは笑った。


「お前さんと同時に転移してきた連中を見てるからな。……なんだっけ、お父さんだっけか?」

「血は繋がっていないよ」

「繋がっていたら大問題だぜ。なあ、アーリィー嬢ちゃん?」

「どうして、そこでボクにふるかなぁ、ベルさん」


 アーリィーがねた顔になる。


「話聞いてたら、ボクも子供欲しくなってきたけどさ……」


 小声でゴニョゴニョとお姫様は言った。聞こえない音量のつもりなんだろうけど、俺とベルさんは、聞き逃していないからね。


「で、真面目な話、これからどうするんだ?」


 ベルさんが問うた。俺は皮肉る。


「どうって、これからのこと? それともアーリィーとの子作りのこと?」


 子作り、と聞いて赤面するアーリィー。サキリスとエリーも顔を赤くしている。ベルさんは鼻で笑う。


「前者だ。……後者も興味はあるがね」

「ふむ。今後については、一緒に転移してきたヴァリサと子供たちとの時系列の整理をする。ディーシーがまだ向こうの時代にいて、おそらく俺がまた向こうへ行くのを待っている」

「また戻るんだね」


 アーリィーの言葉に、俺も眉を下げる。


「ああ。そうしないと、歴史が変わってしまうからね」

「今のところ、その歴史ってやつは特に変わってねえようだがな」


 ベルさんが頷いた。


「まあ、初見の手探りの中で、お前さんはよくやったと思う」

「ありがとう、ベルさん。だが今後は、時代がわかっているんだ。たっぷり予習してから行くよ」


 そんな余裕があるのも、ざっと話を聞いた程度とはいえ、こちらに帰ってこなかったディーシーが現地の人たちと無事に行動していることがわかっているからだ。もし消息が掴めないような事態だったら、のんびりお茶をすすってはいられなかった。


 転移の杖が、魔法文明時代に飛ぶとわかっていたら、アレティからもっと予習して行ったのだが……。まあ、今さら言っても仕方がないが。


「魔法文明時代の記録はディーシーが持っているが、俺が持ち帰ったシェイプシフターから、ある程度は今の時点でも情報は共有できると思う」

「魔法文明の生きた情報だね」


 アーリィーはワクワクを隠さなかった。彼女は古代文明などにロマンを感じる人間である。


「ダスカ先生もきっと喜ぶだろうね」


 古代文明研究家でもある老魔術師さんは、きっとそうだろう。というより実際歓喜していた。俺は、家に帰る前にそれぞれ指示を出している。

 姿形の杖ことスフェラに、シェイプシフターからの情報の吸い出しを依頼し、艦隊コアであるディアマンテと魔法文明時代の資料の解析とまとめをさせている。


 そのディアマンテにも、俺が持ち帰った魔法文明時代のダンジョンコア三〇個を使えるように調整と、ディーシーが作った新鋭機タイラントから、ウィリディス兵器に利用できる技術を分析させている。


 さて、転移してきた者たちも、ひと休みして落ち着いた頃だろうから、それぞれ顔を合わせておこう。今後、彼、彼女らもこの時代で生きていくことになるわけだからね。

 俺は、アーリィーとベルさんを連れて、それぞれと面会の準備を進めた。

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