第1031話、帰還
ノイ・アーベントのフードコートの端。俺は、魔法文明時代より転移して戻ってきた。深夜帯ということで人はほどんといなかったのだが、突然の転移で複数人が現れれば、ベルさんとて驚くわけで。
いったい何人がこっちへ来た?
俺は、転移の光が消えて、その正体がわかるのを固唾を呑んで見守った。……八、九人か。
渡したのは、子供たち十五人に女帝クローンであるヴァリサ、そしてリムネとディーシーだ。
そのうち半分くらいがこっちへ飛んできたというのか。……俺がいなくなってから、どれだけヤバかったんだ。
気分が沈む。ここに来たということは、向こうの世界で死の寸前にまで追い詰められていたということだ。危機からの緊急脱出装置として使えと説明して渡したからね。
レウがいた。サントン、ロン、リュト、プリム、フラウラ……あれは、イリスか? 最年少だった彼女が少し成長したような。子供たちは、ほぼ戦闘服かパイロットスーツ姿だ。皆、戦場で戦っていたのだ。
リムネがいて、そしてヴァリサ――高価な女帝用戦闘制服をまとった彼女もこちらへ転移した。
「団長様」
俺に気づいたリムネが優雅に一礼した。この中で唯一、転移の指輪の効果を知り、離脱する予定だった彼女が一番冷静だった。
「父さん……?」
「ふぇっ、父さん!?」
子供たちが俺に気づいた。レウが信じられないという顔をして、イリスが「おとうさーん!」と泣き出して、こちらへ駆け込んできた。そのまま抱きしめてやるが、長くは続かなかった。
え、お前生きて――とリュトがプリムを指さして、フラウラもレウの姿に驚いていたりと、子供たちの間でも混乱が広がる。飛ばされた時間が、それぞれ異なっているせいだろう。
しかし、それより――
「ロン!」
腹から血を流し、倒れ込んでいる子がいた。どうやら負傷し、さらなる敵の追撃から逃れるために転移を使った子もいたようだ。
俺は抱きつくイリスを抱えたまま、苦痛に顔を歪める少年ロンに駆け寄り、治癒魔法を試みる。周りの子たちも重傷の兄弟に気づき、駆けつける。
ロンの傷はひどかった。内臓をやられ、これ以上の治癒魔法はむしろ瀕死の彼には厳しい。ストレージからエルフの里特製の精霊の秘薬を出して、ロンに使う。
これで大丈夫なはずだ。ロンの呼吸が整ってくるのを見守り、悲壮な表情を浮かべていた兄弟姉妹たちが落ち着きを取り戻していく。
俺はロンを改めて見つめ、以前より成長しているのを実感した。当時十三歳だった彼も、十五、六歳くらいかな、背が伸びていた。
他の子も数年くらい歳を重ねているような。しかしレウは、言って一、二年くらいで、プリムは、あの時とほとんど変わっていない。……俺がいなくなって、一番最初に死にかけたのがこの娘だったかもしれない。
「……何が何だか」
後ろでベルさんの声がした。この状況がどうなっているのか、俺でさえ時系列の把握ができてないのに、部外者である大魔王様がわかるはずもない。
「ジン……」
また別の声。ヴァリサが、ひとり棒立ちで俺を見下ろしている。
「……わたくし、死後の世界にきてしまったのですね。……っ」
そこで感極まったのか、言葉を詰まらせるヴァリサ。アディスホーラー浮遊島から途中退場したので、その後のことはさっぱりな俺だ。
どういう反応をしたら正解かわからないままの俺に、ゆっくりと歩み寄ったヴァリサは抱きついた。
泣き出す女帝クローンの彼女を優しく抱きしめてあげれば、周囲の子供たちもすすり泣いたり、お互いに抱きしめあったりしていた。
俺も混乱していたが、この中で一番困惑しているのは、事情説明さえされていないベルさんだったと思う。
そして、もうひとつ気になっていることがある。転移者の中に、ディーシーはいなかった。
・ ・ ・
キャスリング地下基地に移動しつつ、リムネを除く転移してきた八人は、それぞれの時系列の整理を始めた。
全員、転移したタイミングがバラバラだから、兄弟姉妹の順番が変わるという、普通では有り得ない現象に見舞われていた。
俺はヴァリサや子供たちの状況も知りたかったが、早くアーリィーに会いたかったのも事実だった。
キャスリング地下基地にアーリィーを呼び、それと子供たちにこの時代のことを説明してもらうためにアレティも呼んだ。おそらく彼女が、この混沌とした状況を整理しつつ、子供たちに現状を把握させられるだろう。
子供たちの確認作業をざっと聞いたところ、一番最初に死んだことになっていたのは、プリム。最後はヴァリサだったようだ。
そして薄々感じていたが、どうやら転移も間に合わず死んでしまった子もいたようだ。
戦闘により死亡したと思われた者の中で、この転移で現れなかったのは、ディア、メラン、アリシャの三人。それぞれが魔人機で敵と応戦中に未帰還ないし、戦死判定だったという。
……転移する余裕もなかったか。
一緒に過ごした月日は短くても、自分の子供のように見守ってきた。別れはわかっていても、全員無事でいて欲しいと思っていた。だが避けられないものもある。
ここにはいないが、他の子たちは魔法文明時代を生き残ってほしい。
さて、俺がいなくなってからの話だ。
アディスホーラー攻略作戦は、闇の勢力側の新型の投入による討伐艦隊は窮地に追い込まれた。
だがそこに外周艦隊と合流したヴァリサ率いる逃亡艦隊が参戦したことで、アディスホーラーの闇の勢力は殲滅された。闇の勢力は本拠と主力を失い、討伐艦隊はヴァリサ艦隊と合同した。
司令官オープス大将は、タルギア大公が闇の勢力と繋がっていたことを暴露。大公派将兵たちも多くの犠牲を強いられた直後だけに、主人に裏切られたと感じて女帝派に寝返ったのだ。
オープス大将自体、俺の残したシェイプシフターだったから、ディーシーと共同して、うまく女帝派に取り入ったらしい。
そのディーシーは、以後もヴァリサらと行動を共にしたようだ。反乱軍として、アポリト本土を掌握したタルギア大公の勢力と戦ったという。
子供たちの証言によれば、ディーシーは反乱軍の屋台骨として活躍し、誰も死の光景は見ていない。それどころか、俺と共にアポリト本土攻略戦に参加したとさえ言われた。
……まあ、その俺というのは、またあの時代に飛んだだろう時の俺なんだろうけどね。
キャスリング地下基地に到着。基地では、アーリィーがサキリスやダスカ氏らと共に待っていた。
金髪ヒスイ色の彼女の姿を見た時、俺は我を忘れ駆け寄っていた。そして言葉を紡ぐ前にアーリィーの体を強く抱きしめていた。
ただいま、アーリィー。
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