第1030話、不老不死

 

 全方位からの槍が飛来する。

 俺は魔法障壁を展開し、ギリギリ槍の弾いた。

 だがクルフはそうはいかず、無数の槍を受けてしまう。革の軽鎧程度のパイロットスーツに、飛来する槍を防ぐだけの防御力などあるはずもない。


 クルフは体に無数の穴が開き、串刺しにされた人形のようになって倒れた。顔は潰れ、腕や脇腹がえぐれ、血が吹き出すという、おぞましい死に方だった。

 ホラー映画もかくや、歩兵同士の戦争での無慈悲な死を思い起こさせる。


「ふむ……実験は失敗か?」


 上から見下ろすカノナスは、クルフだった肉塊を観察する。そして俺を見やり――


「魔法で防いでは効果が確認できないではないか!」

「ざっけんな!」


 頭にきた俺は怒鳴った。人を薬品のプールに突っ込んで、次は槍で串刺しとか、ふざけるんじゃないよ!

 ガンっ、と金属音がした。金属の格子状の床にぶつかったのは、先ほど飛来した槍。見ればクルフの体が動いていた。


 どうみても生きているとは思えない、顔の潰れたままのそれが、次第に再生し、元の姿へと戻った。


「……クルフ?」

「おお!」

「……団長?」


 クルフは、ベタベタと自分の顔に手を当て、穴の開いたパイロットスーツの、再生した体に触れる。


「私は、生きている……?」

「素晴らしい! 生きている! 甦ったのだ!」


 カノナスが歓喜した。


「人間にも効いたぞ! ……ああ、君? 体のほうはどうかね? 私の言葉がわかるかね? 何か異常は?」

「大丈夫ですよ。大丈夫ですが……カノナス卿!」


 クルフは声を張り上げた。


「これはいったいどういうことなのか! 説明してくれませんか!?」

「どうもこうもあるか! 不老不死だぞ、不老不死! ついに完成させたのだ! あぁ、いや、不死である可能性がわかっただけか。他にも何か殺す方法があるかもしれない。それに不老かもわからない」


 カノナスは、興奮した調子で降りてきた。……さっきこいつ、俺たちを見て裏切り者とか言ってなかったか?


「人体実験をしている余裕がなかったんだ! 君らは不老不死だ。だからそれが本当にそうなのか、色々実験するぞ! 何、痛いが死にはしないはずだ――」


 悲願を達成したかもしれないという興奮が、彼から正常な判断力を奪ってしまっているようだ。

 近くにまで寄ってきた彼は、俺の目には発狂中のマッドサイエンティスのソレに見えた。


「ハハハハッ! まずはどのように殺してやろうか。電気を流すか、マグマに放り込むか……あー、やることは山積みだな! あー、そうだ、君らが逃げないように――」


 振り返ったカノナスだったが、次の瞬間、その首が跳んでいた。俺は静かに息を吐いた。


「クルフ……?」

「卿は狂ってしまわれた」


 すっと手にした剣を鞘に戻したのはクルフ。彼が、闇の勢力の首領であるカノナスを殺害したのだ。


「……」


 それはいい。だが……俺はいいようのない不安に襲われた。悪寒、そして震えがこみ上げる。

 不老不死――それが本当なら、俺とクルフは死なない体になってしまったことになる。どのような傷も病気にも俺は死なず、老いることはない。

 不老不死とはそういうことだろう。


「なんてこった……」


 愕然となる。俺は死なない、いや、『死ねなくなった』のだ。

 子供の頃だったら、無敵のヒーローを連想して『凄ぇ!』と歓喜しただろう。だが大人になって、不老不死をテーマにした創作物にも触れてきて、そう単純には喜べなかった。


 むしろ、呪いだ。

 俺は、愛した人、そしてその子供たちが先立つのを見守る運命にあるのだ。周囲が老いて、死を迎えても、自分だけ取り残されてしまう恐怖。


 アーリィー……!


 会いたい。会って彼女を抱きしめたい。

 猛烈な寒気に体の震えが止まらない。怖い。寒い。冷たい。

 愛するアーリィー。彼女が老いて、俺を置いて消えてしまう恐怖。会えなくなる恐怖。会いたい。今、会いたい、すぐ会いたい、アーリィーに会いたい――


 帰る。


 ノイ・アーベントに。帰って、アーリィーに会ってそれから――


 遠き、元の時代。ノイ・アーベントのフードコートの一角が脳裏に焼き付く。

 そして、俺は転移した。


 元の時代へ。



  ・  ・  ・



「よう、早かったな」


 その声を聞いた時、俺は目頭が熱くなった。深夜のノイ・アーベント、そのフードコートの端で、人間形態のベルさんが向かいの席に座っている。


 彼の姿を見た時、それまでの不安がフッと消えた。

 アーリィーに会いたい気持ちは同じだが、切迫感はなくなった。まるですべてが夢だったかのように。

 不老不死で独りぽっち? いやいや、ここに自称、数千年生き続けている大魔王様がいるじゃないか……!


「久しぶり、ベルさん」

「つい、さっきぶりなんだがね、ジン」


 穏やかに笑いながら、グラスにワインを注ぐベルさん。


「どうだった? ディグラートルの故郷とやらは?」

「アーリィーに会いたい」

「は?」


 ベルさんの動きが止まった。その意味を問おうとするように口を開きかけた時、事態はさらに混沌と化した。

 ドン、と物音がして、一人、また一人と、俺たちの席の周りに光と共に転移してきたのだ。

 ベルさんが思わず席を立つ。


「何事だ!?」

「あー、待て、ベルさん。いいんだ。これは俺が連れてきた」


 心当たりはある。転移の指輪によって、魔法文明時代から、現代に転移してきたのだ。俺が帰るイメージを注ぎ込んだ、この場所、この時間に!

 転移の魔法が成功しているのがわかる一方、思ったより転移してくる人が多くて複雑な心境になる。


 同時に、とっさに戦場を投げ出して転移してしまったことが悔いとなる。

 どの道、転移する予定だったとはいえ、結果を見届ける前だ。闇の勢力がどうなったのか、あの後、クルフや残してきた者たちはどうなったのか気がかりばかりが残ってしまった……。

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