第1029話、カノナスと対峙
面倒なことになったが、これはある意味チャンスだ。
闇の勢力の指揮官、カノナスなる人物の身柄を押さえにいくというのは。こいつを残しておいては、闇の勢力の根絶は困難ではないかと思う。
それにしても、大公は俺のことを信用し過ぎじゃないか? 特に親しくした覚えはないのに、こんな闇の勢力のボスの確保とか、機密事項に俺を関わらせて。
封緘命令書の件もそうだけどさ。……ひょっとして、俺、闇の勢力の仲間だと思われていたり? いや、まさかね……。
俺はリダラ・ダーハで、クルフのドゥエル・ボーゲンに続いて、アディスホーラー浮遊島内を進んでいた。
極秘任務だ、ということで俺とクルフの他に随伴するのはディーシーと従騎士のブルのみだった。
先導するのは、クルフのカスタム魔人機。秘密の通路から入ったためか、今のところ闇の勢力の迎撃はない。
表では制圧部隊が闇の勢力の魔物と激戦を繰り広げている。
魔人機でも余裕で通過できる通路を、素早く駆け抜ける。秘密の通路とクルフは称したが、アリエス浮遊島の軍施設とほぼ同じ作りなので、俺も迷うことはない。まるで慣れた道を進むようにグングン進む。……後ろでブルのカスタム・ドゥエルが遅れている。
「クルフ、少し速度が速い。後続と距離が開き始めている」
『……了解』
クルフ機が速度を緩めた。少し進んで別の通路に合流。右か左だが――
「右に行くと、基地司令部があるな」
アリエス浮遊島と構造が同じなら、アディスホーラーの司令部もそちらだろう。クルフが通信する。
『やはり、あなたはここから来たのですね。申し訳ありません、少し疑っていました』
「何のことだ?」
疑っていた? 封緘命令書を書き換え、今回の計画を滅茶苦茶にしたことか?
『カノナス殿の元に連れていっていい人物か、私は自信がなかったのですが、確信しました。あなたなら大丈夫だと』
……俺が闇の勢力の関係者だと思われていた説、あながち間違っていなかったかも。
「クルフ君、君はここには?」
『二度ほど。大公閣下の使者として』
秘密の通路とやらを知っているのも道理だな。タルギア大公と闇の勢力との間の連絡手段は、使者が担っていたと。
「ならば、カノナス殿との話は、君に任せていいな」
『承知しました』
プライベートチャンネルが切れた。
クルフのドゥエル・ボーゲンが左へと進む。司令部とは反対側だが、俺は指摘しなかった。実際にここに使者として来ていた者に従うまでだ。
さてさて、そのカノナスとやらに会ったら、俺はどう動くべきだろうか。クルフは大公の部下。俺がカノナスを討とうとすれば阻止ないし、反逆者として戦うことになるだろう。悪い奴じゃないから、クルフ君を殺すようなことはできればしたくないんだがな。
やがて、基地内にあって土が剥き出しになった洞窟のような通路に差し掛かる。
『では、降りましょう』
クルフが魔人機から降りた。俺は後続のディーシー機、ブル機を
「ちょっと行ってくる。見張っててくれ」
敵が来たら面倒だしな。……まあ、ここまで来て襲われることはないだろうが、俺がこれからしようとしていることを考えたら、敵が押し寄せてくるかもしれないからな。
俺もダーハを降りると、クルフに続いて、洞窟のような通路に足を踏み入れる。ただしドアは鋼鉄の自動ドア。どういうセンスなのかね、これ。
自動ドアの先にはしばらく洞窟が続いている。照明が等間隔で設置されていて、床部分にも金属の板がはめこまれている。
そしてどこかの研究所などで見た大型培養カプセルが並ぶ部屋に出る。何やら蛍光色の液体が満たされていて、見た感じはとても綺麗だった。かき氷屋のシロップを思い出した。
カプセル内には、化け物などの類いはなし。闇の勢力で魔物を使役しているから、そういう研究施設かと思ったが、そうではないかもしれない。
格子状の金属の床。その下にはプールがあって、これまた液体が満たされている。その上を歩くのはあまりいい気分はしない。いったい何の薬品だこれは? 触ったら溶けるとか、ヤバイやつだったらどうしよう?
俺の感想をよそに、クルフはそのまま歩き出した。突っ立ったままだと怪しまれるから、ついていく。ブーツが金属の格子床にこすれ音を立てる。
……ん? 人の気配。
「――よく来た、大公の使者よ」
降って湧いた男の声。クルフが立ち止まると頭を下げた。
「ご無沙汰しております、カノナス卿。ご無事で何よりです」
「無事? ああ、無事だとも!」
カノナス――その人物は、俺たちがいるところより高い上の階にいた。吹き抜けとなっているので、お互いにその姿が見える。
「裏切り者め」
そうカノナスが吐き捨てた時、格子状の床が真っ二つに割れた。
一瞬、体が宙に浮いた感覚。だが浮遊を実行する前に、床とさほど離れていなかった水面に足から落ちてしまった。
全身が水の中に。
視界が鮮やかな緑の蛍光色に染まる。とっさに、息を止めなきゃと思った時には、すでに液体が口の中に入っていた。甘ったるい味が喉を通り、ついで焼き付くようなヒリヒリが駆け巡る。
毒か!?
慌てて水面から飛び出す。濡れ鼠の俺が近くの縁に手をかけると、同じく落ちたクルフが顔を出して、反対側に手をかけた。
激しく咳き込む。口の中のヒリヒリ感が消えたが、今度は皮膚、水に触れた部分が小さな痺れを感じて、次いで濡れた服の下も同様にヒリついた。
「できたばかりの試薬なんだがね……」
上からカノナスの声が響いた。
「具合はどうかね? 力が漲ってくるか?」
「これは何の、つもりですか、カノナス卿!」
クルフが叫んだ。
試薬って何だ? ひょっとして、人間をモンスター化する薬とかじゃないよな? そのあまりに恐ろしい想像に、ゾッとする。
「なに、人類の永遠の夢だよ」
カノナスは笑った。
「『不老不死』、その試薬だ。なにぶん、人間には初めて使ったのだが……どうだ? 不老不死になったかね?」
え、何? 俺、不老不死になっちまったの?
信じられない思いで、薬液の満たされたプールから這い出る。水を吸ってパイロットスーツという名の戦闘服が重い。
「……これが不老不死?」
クルフはわけがわからないと、床に座り込みながらカノナスを見上げた。
「あぁ、信じられないだろうな。私も確信がない。だから、君たち……」
一度死んでくれ――その言葉と共に無数の槍が、俺とクルフに全方位から襲いかかった。
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