第1026話、カノナスという男


 討伐軍旗艦、戦艦『ハイレシス』。司令長官オープス大将の元に、闇の勢力の本拠地より通信が入った。


『繰り返す、何故我らを攻撃するのか? 貴官らは外周艦隊を殲滅せんめつ後、アポリト本島へ帰投するよう大公より命令が下されていたはずだ』


 オープス大将の後ろで、参謀長と幕僚たちがざわめく。カノナスと名乗る闇の勢力の指揮官は告げた。


『ただちに交戦をやめ、後退せよ。これ以上の同士討ちは望まぬ』


 ふん――オープスは司令官席の肘掛けに肘をついた。


「カノナスとやら、貴殿が何を言っているのか、私にはさっぱりわからんな」

『なぁに……?』


 モニターの向こうから聞こえる声に、怒気が混じった。だがオープスは意に介さない。


「貴殿の口ぶりでは、闇の勢力と大公閣下が協力下にあるように聞こえるが?」

『まさしく。我々、闇の勢力は大公の指揮下にある』


 なんと!――幕僚たちが驚愕した。これまで敵と思っていた闇の勢力が、タルギア大公のコントロール下にあったなど信じられないのも無理はない。


 そう、無理はないのだ――オープスは鼻で笑った。


「この悪魔め! 我らが大公の名を出し、あまつさえ友軍であるだと!? そのような策略にこちらが乗ると思ったか! 馬鹿めッ!」


 討伐軍司令長官は席を立ち、モニターのカノナスを指さした。


「我らが大公閣下を貶めた罪、万死に値する! 討伐軍、全将兵に伝えぃ! 闇の勢力を残らず殲滅せんめつせよ!」


 通信を切れ、とオープスが言えば、通信士はキビキビと従った。幕僚たちの顔も自然と引き締まっていた。


「この期に及んで、我らを揺さぶろうとは……」

「どこまで卑劣な奴らよ」

「さすがです、長官」


 参謀長の賞賛を受け、オープスは席に腰を下ろした。


「通信を送ってかく乱しようとは、敵は追い詰められている証拠だ。敵の戦力はどうなっておるか?」

「ハッ、すでに半数を撃破。残りは本艦隊の正面にて集結中です!


 報告によれば、敵は移動はしても攻撃はしてきていないようだ。識別コードが友軍なら、本当は敵だとしても攻撃できない仕様なのか。


「カノナスとやらが通信してきたのも、案外、反撃手段がないからではないか?」


 幕僚たちが、今だ反撃してこない敵の行動をそう考察した。


 それならば討伐軍にとっては好都合だ。このまま無抵抗な闇の勢力を叩くだけである。長く続いた戦争に決着がつく――兵たちは確信し、兵器を操作し、敵を倒していった。



  ・  ・  ・



 アディスホーラー浮遊島その中枢。闇の勢力の指揮官であるカノナスは、苦り切った表情を浮かべていた。


「裏切った! 大公は裏切った!」


 今年、五十になる男は、元々は魔術師だった。タルギア大公に見いだされて、闇の勢力の親玉『カノナス』の名を受け継いだ。

 彼は、大公の指示で闇の勢力を動かす一方で、不老不死の研究を行っていた。むしろこちらが本命であり、その研究のためなら、あらゆる行動が許された。


 アポリト本島にいては、上司やら政治やら倫理やらが邪魔する行為でさえ、カノナスの意思ひとつでどうとでもなった。


 誰の良心を痛めることもなく、思うがままに研究できる環境に『カノナス』は喜んだ。アディスホーラーの要塞研究所にこもり、様々な種族を研究。時にバラし、人体の構造を調べ、時に他の生物を合成して新たな生物を作り上げた。それが闇の勢力の魔物たちであり、不老不死の研究のひとつとして、吸血鬼たちが存在する。

 強化した吸血鬼たちは、不老不死の研究の産物なのだ。


「我らが大いなる父よ……」


 カノナスを前に上級吸血鬼たちが跪いた。灰色肌であることを除けば、人間そのものといった姿の彼ら。上級だけあって、貴族服を連想させる軍服をまとっている。

 その外見は二十代から三十代であり、そのほとんどが美形揃いだった。


「下等な人間どもが、ここに踏み込もうとしております。いかが対処いたしますか?」

「対処? ……フン、対処だと」


 カノナスは不機嫌そのものだった。


「知れたこと。皆殺しにせよ! 先に裏切ったのは大公だっ!」

「御意!」


 上級吸血鬼たちは一礼すると、踵を返して司令室を去った。少なくとも、上級吸血鬼は空中クジラのように、識別コードで無力化されることはない。

 また島にいる魔獣たちの中には、識別コードを感知できない種類もいるので、島の外よりは戦力が整っていた。


 一矢報いるどころか、返り討ちにさえできるかもしれない。

 防衛については、吸血鬼たちに任せて、カノナスは司令室を出た。


「ようやく、サンプルが完成したところだったのに……」


 自身の研究所へと移動するカノナス。その通路は機械的内装から洞窟的な岩肌が剥き出したものへと変わる。


「よもや、大公が裏切るとは! 不老不死の試薬、欲しくないのか、あの男は!」


 怒りが、ふつふつと込み上げてくる。浮遊島の岩盤を掘り進めたような地下空洞に研究所があった。生物の標本のほか、薬液で満たされた小プールが複数存在する。


「せめて、確実に不老不死となるか確かめたかったが……」


 試薬が安全かどうか、きちんと不老不死になるのか確かめる必要がある。問題は、その時間が充分にとれなかったこと。

 ここ最近、タルギア大公は薬の完成を催促していて、カノナスをうんざりさせていた。


 大公がやがて老人たちを裏切って、アポリト帝国を掌握するつもりなのは知っていた。カノナスもそのために闇の勢力を動かし、今回の外周艦隊の壊滅をもって、本島の武力制圧をかける――そういう手はずだった。


 だが、結果、裏切られたのは自分たち闇の勢力のほうだった。研究以外のことにさほど関心のないカノナスは、何故タルギアが心変わりしたのかは理解できない。

 何の説明もないまま、討たれようとしている。段取りが違うし、現状についても正直どうしてこうなったのか、さっぱりわからなかった。


 だが現実に討伐軍は、闇の勢力に牙を剥き、アディスホーラーを攻め落とそうしている。

 不老不死を諦めたのか? わからない。


 とにかく、これからどうするか考えないといけない。討伐軍を撃退できればよし。できなかった場合は、何とか研究成果を持って脱出しなくてはならない。

 どちらに転んでもいいように準備をしておかねば――カノナスは、ひとり研究資料の整理をはじめた。


 なお、表では、空中クジラ以下、空中戦力が駆逐されつつあり、浮遊島に討伐軍が上陸しようと近づきあった。

 そして吸血鬼を中心とする戦力が、遅まきながら反撃を開始した。

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